由莉は強さを求めました

「そうだ、えりかちゃん、もう一つ……約束しよ?」



「うん……」



「私ね……今少しやりたいことがあるんだ……いつかえりかちゃんにも見せるけど、まだえりかちゃんは目が覚めたばかりだし身体も大分弱ってる。だから、身体の調子が良くなるまではしっかり寝ていてほしいな。その間、私は部屋から出ちゃうけど、お昼になったら絶対に戻ってくる。それからはずっと一緒にいれるから……だめ、かな?」



 由莉が話している間、えりかは少し不安げな様子で由莉を見ていると震えた声で由莉に質問した。



「もどって……くる?」



「うん、絶対に戻ってくるよ」



 由莉の迷いない言葉を聞いたえりかの顔からは不安の色は消え、代わりに明るい信頼の色が新しく宿った。



「うんっ、わたしはここにいるから……ね?」



「ありがと、えりかちゃん。私……頑張るから」



 優しみを帯びながらも確固たる決意がこめられている、そんな言葉だった。


 _________________



 ___次の日



 由莉はいつも以上に早く起きて準備を済ますと、まだ寝ているえりかをそっと撫でると耳元で「行ってきます」と囁き、起こさないように部屋の外に出た。



 地下に行くと、昨日の出来事の一連の流れが阿久津を通してマスターに伝わっていたらしく既にそこには二人が立っていた。



 由莉は二人の前にいくと覚悟を決め、二人にあることを頼んだ。



「お願いします。私に__近接格闘を教えてください」



「……理由を聞こう」



「私は……もっと強くなりたいです。その為には狙撃の腕だけでは足りないと思いました。いざと言う時に近接戦が出来なかったら……その時死んじゃいます。そんなの嫌です……私はもっとマスターの力になりたいです。だから…………!」



 それに……お母さんを……殺すためにも。



 由莉の一点にまで凝縮された覚悟を見届けたマスターは頷くと由莉の目の前に立った。



「いいだろう。だが……近接戦は死を常に伴う。教えると言っても手加減出来ないかもしれない。それでも由莉はやるのか?」



「はい、やらせてください……いえ、やります」


 ____



 それから由莉はまず色んな銃の使い方を教わった。その場その場に応じた武器を使えるようにと由莉は時間の許す限り練習した。それに加え、阿久津からもナイフでの戦いも教えてもらう事になった。



「由莉さん、まずはこれを」



 そうやって渡されたのは刃渡り20cmはある黒色のナイフだった。由莉はその刃に手を触れようとしたその瞬間、阿久津に腕を勢いよく掴まれナイフを取り上げられた。由莉は腕の痛みよりも阿久津のその必死な様子に目を奪われた。



「気をつけてください。由莉さんの考えてる以上にこのナイフの切れ味はすごいんです」



 阿久津はそう言うと由莉に背を向け、近くにあった空のペットボトルを取って宙へ投げると、それが阿久津の側に来た時____



 黒の剣閃が空間を走った。



 ペットボトルは綺麗に真っ二つに裂けて地面に落ちていった。ペットボトルの切れ目も凄まじかったが……阿久津の本当の殺意を初めて見た由莉は顔が一気に青ざめた。



 漆黒より暗く、絶対零度よりも冷たい

 絶望という言葉そのものである殺意



 阿久津さんと命の奪い合いをすれば…………一瞬で殺される。



 今まで見たどんな殺意もこれには到底及ばない、そんな確信があり全身が震え上がった。

 すると、阿久津は肩の力を抜くとゆっくりと由莉の方へ振り返った。気づけばさっきまでの殺意もすっと消え失せていて、唖然とする由莉の手に阿久津はナイフを返した。



「……このように、プラスチックでもスパッと切れてしまいます。それが……人の肉や骨でも問題なく断ち切れます」



 由莉は自分の持っているナイフをマジマジとみた。光に照らされ、黒く短い剣身が輝いていた。

 これをひと振りするだけで……人が殺せるんだ……



 少し怖くなった由莉は貰っていたナイフケースにしまうとポケットの中に入れた。



「さて、由莉さん。人の弱点はどこか知ってますか?」



「えっと……眉間と心臓と……お腹ですか?」



「…………それは銃の場合です」



「あ、あれ……?違うんですか?」



 阿久津は若干笑いつつも、こういう場合は言葉より行動で起こした方が由莉さんも分かってくれるだろう。そう思うと、由莉には悪いと思いつつ、



「由莉さん今から少し怖い思いをさせますが、絶対に動かないでくださいね」



「は、はい……何を……っ!!」



 聞こうとした時には由莉の側に阿久津は一気に距離を詰めていた。そして、阿久津がもう一つ持っていたナイフを取り出し由莉に向かって突きだそうとしているのが見えた。



 ___殺される……っ



 そう思った由莉だったがそのナイフは由莉の目の直前で止まった。



「安心してください、鞘から抜いていませんし元から当てるつもりなんてこれきりもありませんよ」



「………こ、こわかったです」



 由莉は今まで詰まっていた息がやっとまともに出来たような気がした。そして、阿久津の今の行動の意味を悟った。



「……目が弱点、そういう事ですね?」



「流石ですね、その通りです。あとは……ここです」



 そう言うと、阿久津は鞘に入ったナイフを由莉の太もも、脇腹、首筋の順ににゆっくりと当てた。



「目は、銃で眉間を狙う理由と同じで、脳の幹部を破壊する為ですね。失敗しても片目は間違いなく潰せるので十分な成果が期待できます。そして、今、由莉さんに当てているここが大腿部だいたいぶ。ここには動脈、静脈、神経の3つが全て縦向きに通っています。次に脇腹、深く入れば数分で命を奪えます。首筋は多量出血、喉元を切れば呼吸困難に陥ります」



「そうなんですね……」



 由莉が納得すると阿久津は由莉にナイフを当てるのをやめて、少し離れた。



「この技術は、一朝一夕で身につくようなものじゃありませんので、毎日やっていきましょう。それと、一つだけこれを学ぶにあたって知っておいてほしい事があります」



「なんでしょうか……?」



 阿久津の冷静な声に由莉は気が引き締められたような気がして、決して逃さないようにと聞いた。



「【殺る時は一切の容赦なく殺れ】。近接戦で技量や力が均衡状態の時、殺されるのは先に躊躇った方です。殺されたくなかったら殺られる前に殺る。それを忘れないでください」



「……はい」



 阿久津の言葉には数多の死線を潜ってきたようなそんな何かが由莉には見えたような気がした。

 すると、2時になったら鳴るように前もってセットしたアラームが鳴り響いた。



「さて、今日はこれで終わりです。えりかさんでしたかね……?その子の所へ行ってあげてください」



「はいっ!阿久津さん、今日はありがとうございました!」



 元気に阿久津に挨拶した由莉は急いで階段を駆け上がると地下を出て自分の部屋にいるえりかの元へと向かった_____

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