マスターは阿久津に託しました

由莉が何も出来ない状態なので

前話、今話、次話くらいは

マスターか阿久津視点となります



 __________________



 「由莉、しっかりするんだ、由莉!」



 マスターが由莉を抱きかかえた頃には既に意識はなく、そこにあるのはまるで魂を失った抜け殻のような由莉の身体だけであった。目からは光の一切が失われ、体もぐったりしている。

 そんな由莉を見てマスターは自分の判断を悔やみ歯を食いしばった。あれをやらせたのは間違いだった……!確かに由莉には厳しい事をさせた。だがそれは由莉を死なせないためにやった事だった。なのに……



「それで由莉の心を壊してしまったら意味がないだろうが………っ!」



 恐らく由莉は……トラウマで自分の意志で引き金を……引けなくなってしまった。その激しいショックで今こうなっているのだろう……そして、この状態から回復することは……100%とは言いきれなかった。精神が壊れた人間は徐々に衰弱していき、回復したとしても恐らく、銃はもう撃てない……最悪の場合……

 いや、そんな事考えたくもない。由莉は絶対に助ける。けど、どうすればいいのか……マスターには分からなかった。

 また、大切な人を失うことになるのかもしれない……そんな事が頭をよぎり身体の至る所が凍りつくような感覚を覚えた。

 すると、ドアをぶちあけて階段を転がるようにして阿久津が駆け込んできた。



「マスター、由莉さんは……っ!」 



 阿久津はマスターに抱かれた由莉の姿を見て呆然とした。あんなに感情豊かだった由莉がこんな状態になっていることに……



「教えてください、マスター……何があったんですか」



 阿久津の切迫した声に押されてマスターはことの事情の全てを話した。阿久津は最後まで話を聞くと少し叱咤するような口調でマスターに話した。



「……マスターは由莉さんのこと分かっていません」



「なんだと?」



 阿久津のその言葉にマスターは若干の苛立ちを覚えた。だが、阿久津もこればかりは引くわけにはいかなかった。



「まだ分かりませんか?由莉さんはマスターの事が……大好きなんです。孤独だった自分の前に現れたたった一人の人。救われた側からしたらもうヒーローみたいなものですよ?そんな好きで好きで仕方ないマスターから嫌われる、見捨てられると言うことは……死と同義なんです」



 ___由莉さんと同じ経験をしたから。阿久津は由莉の気持ちが痛いほど分かるのだ。



「あんな経験をして……心がボロボロになって、壊れそうになって、そんな状態でも由莉さんは今日ここに来た、その理由が分かりますか?マスターに心配されたくなかったからですよ。大好きな親のためなら子供は何だってします。日は浅いかもしれませんが、由莉さんにとってマスターは既に親同然なんです」



 自分もそうだから__阿久津の言葉はさらに熱がこもっていった。



「それなのに……マスターの期待に応えようとしてもそれが出来ない……それがどれだけ辛い事か分かりますか?もうショックなんてもんじゃないです。それなのに……マスターはどうしましたか?悲しい顔をしていたかも?……すみません。無礼を承知で言わせてもらいます。罰は後で何だって受けます」



 阿久津は覚悟を決めた。こんなこと言えば殺されるかもしれない。それでも、由莉さんを救うためには__伝えないと行けないから。



「ふざけないでくださいよ!?由莉さんがその顔を見てどう思ったと思いますか?『マスターに見捨てられた……』私でもその状況ならそうとしか思えませんよ!?さっき言いましたよね?由莉さんにとってマスターから嫌われる、見捨てられるという事は死と同義だって。そして実際、由莉さんは……今、生死の淵にいます」



阿久津は感情のままをマスターにぶちまけ、自身も涙を目に滲ませていた。



「……やめろ」



「断言します。今のマスターのままだと……由莉さんは遅かれ早かれ、確実に命を落とします」



「やめろといったはずだ、阿久津!」



 マスターは溢れ出ん殺気を阿久津にぶつけた。死への恐怖からか肌がピリピリするのを感じる。でも、マスターに分かってもらうためにもここで引き下がる訳には行かなかった。



「……マスター!昨日、『己の力で愛する者を守れなかった』って言ってましたよね?でも、今とその頃は違います……近くにいる人くらい使ってくださいよ。一人で背負う必要はないんです。私を『仲間』だと思っているのなら……少しは頼ってください」



「だが………」


「マスターはこの組織の長なんです。いつものように指示を出してください。いつまでもそんな調子だったら笑われてしまいます」



 マスターは少しばかり葛藤した。これは自分に責任がある。なのに仲間とはいえ人に任せてもいいのだろうか、と。しかし、由莉を助けるには阿久津の助けが絶対に必要となってくるだろう。自分の力だけでは__由莉を救えない。悔しくて涙がうっすら流れた。

 けど……由莉を助ける望みがあるなら……

 マスターは決断し、阿久津に向き合った。



「阿久津……由莉を頼む」



「……はい。任せてください」



 阿久津はマスターから由莉を受け取った。すごく小さい身体だった。こんな子がどうして数奇な運命を辿ることになったのか……普通に生きていればここにはまず関わることすら無いはずなのに……いや、今は由莉さんを助ける事だけを考えようともう一度しっかり由莉を抱いた阿久津は地下室から出て由莉の部屋へと向かうのであった。

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