由莉はお腹が空いたみたいです

 2話に分けた方の飯テロ回です

 お腹が空いた人はご注意を!


 それではどうぞ!


 _______________



 すると、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。そのままドアノブが回り扉が開かれると20代くらいの男が何かを持って部屋の中に入ってきた。由莉は何となくだけどこの人を知ってる、そんな気がした。恐らくは____



「あ、あなたは……もしかして……」



「由莉さん、阿久津です。」



「阿久津さん!?やっぱりそう……っ!いったぁ……」



 その人が昨日、由莉をここまで連れてきてくれて更に、夜ご飯まで作ってくれた阿久津さんだと知ると由莉は思わず飛び上がった。

 筋肉痛には抗えず、すぐベッドに倒れたが。



「ダメじゃないですか、安静に寝てないと。マスターにも言われたんじゃないですか?」



「す、すみません……」



(あれ……?阿久津さんもマスターって呼ぶんだ……)



「謝らなくていいですよ。さて、昼ごはん作ってきました。今日はあまり動けないと聞いてたのでおにぎりにしてみました。どうぞ食べてください。」



 阿久津は手に持っていたおにぎりを由莉に渡した。数は2つと少ないが、中に何かが入ってるみたいでかなり大きかった。作りたてなのか手に持つとふんわりと温かさを感じる。



「阿久津さんありがとうございます!いただきま〜す……はむっ」



 由莉はその中の一つを手に持つと一口、おにぎりを食べた。まだ中の具までは至らなかったが、海苔の香りと塩が程よく効いたご飯がとても良く合う。

 その勢いでもう一口、さらに奥を目指してかぶりついた。すると、口の中にご飯ともう一つ違うものが入ってきたのを感じ取った。おにぎりを見てみると中心にはほんのりピンク色をした物が入っていた。誰もが知っている、好きな人もしっている「あれ」だが、由莉はそれを知らなかった。

 不思議そうに噛んでみるとその身がホロホロと崩れ言葉に表せない旨みが口の中いっぱいに広がった。由莉は自然と笑みがこぼれた。



「おいしいです……!阿久津さん、これって……?」



「鮭という魚ですが……知りませんか?」



「いえ……食べたことはあるんですけど……私、いつもコンビニのものだけで過ごしてきたんで……こんな大きい鮭の身も初めて見ました……」



「っすみません……由莉さんの事あまり考えずに……」



「あっ、いいんですいいんです!阿久津さんの料理すっごく美味しいですから!はむっ……んっ……っ!?」



 由莉が励ますかわりにがつがつとおにぎりを食べようとしている姿を見て、阿久津は思わず笑みをこぼした。すると、口に入れすぎたのだろう。由莉がリスみたいに顔を膨らませながら水を欲しがっている手振りを見せたので水の入ったグラスを渡すと由莉はそれを一気に飲んだ。



「ぷはっ……ち、ちょっと張り切りすぎました……」



「まだもう一つ残ってるので今度はゆっくり食べてくださいね?由莉さんを危険な目に合わせたら私の首が飛んでしまいますので。」



「はい……今度は気をつけま………………えぇ!?な、なんでですか……?」



 安心して次のおにぎりを食べようと口を開けた瞬間にサラッととんでもない事を言われ、そのまま由莉は開いた口が塞がらなかった。



「そうでした……由莉さんはマスターの事まだあまり知らないんでしたね。マスターは身内や大切な人を何より大切にする人なんですよ。……けど、それを傷つけたり、マスターを裏切ったりするとマスターはまるで別人みたいになるんですよ。実際、そういった人達の末路は酷いものですし、幾度も見てきましたからね。由莉さんもそれは知っておいてください。」



「は、はい……!」



 いつもは由莉に対し優しくしてくれるマスターだが、そんな面がある事に由莉は少しは驚いたが、何よりもマスターが自分の事を「大切な人」の一人として見てくれていることが嬉しかった。



「それじゃあ、もう片方もいただきます……んっ……んっ!?」



 次はどんな具が入ってるのかと楽しみにしつつ一口食べた由莉は衝撃を受けた。外は海苔で1面包まれていたまではいい。次に来るのは白ご飯だと思って油断していた由莉の前に表れたのは、甘辛いタレでコーティングされた米だった。噛むごとに甘みが口の中に広がりそこにほんの少しの辛みも絡んだ絶妙な味に由莉は頬を叩かれるような衝撃が走った。



「焼肉のタレをご飯に混ぜてみたんです。甘口と辛口を混ぜてみました。」



「はむっ……ひゃきにきゅ(焼肉)……?このご飯すっごく美味しいです……!もういくらでも食べられそうです!」



「ふふっ、喜んでくれて何よりです。けども……まだ、ですよ?」



「………?」



 由莉は阿久津の意味深な言葉にはてなマークを頭に浮かべつつ食べ進んでいった。すると、由莉がかじった米の壁の先にまるで眠っていた宝物のように輝いている胡桃色の何かがあった。



「これは……なんですか?」



 由莉は阿久津に尋ねると、



「それは、食べてからのお楽しみということで」



 と悪戯好きの子供のように笑って言った。



「むぅ……マスターも阿久津さんも私にいじわるし過ぎです……じゃあ、いただきます!」



 由莉は歯の先っちょでそれの端を咥えると、そのまま引っ張りだしパクッと食べた。それはとても柔らかく、また歯ごたえもしっかりある。それでいて、噛めば噛むほど染み出してくる旨みの奔流が由莉を優しく包み込む。この感触に由莉は永遠と浸っていたい、そう思った。



「……あ、阿久津さん……これ……は……」



「はい。黒毛和牛のロースですよ」



「これが……あの黒毛和牛……なんですね……」



「由莉さんも多分初めて食べたんじゃないですか?」



「はい……私、1回サイトで見かけたことあったんですけど部屋から出られない私には縁のないものだって……それで諦めていたんです。けど、マスターや阿久津さんに出会って、あの子にも実際に会えて……こんな美味しいものまで食べられて……まるで夢見たいです……」



 阿久津はおにぎりを持ちながら今にも泣きそうな由莉の頭を優しく撫でてあげた。



「夢なんかじゃないですよ。由莉さんは幸せになるべきです。何も気負いすることはありませんよ?」



 阿久津のその優しさに由莉は自然と涙がこぼれた。



「阿久津さん……ありがとう……ございます……!」



「由莉さん、泣かないでくださいって。ほら、まだおにぎりが残ってるから食べちゃってください」



「……はい……っ!」



 由莉は勢いよく残りのおにぎりにがっついた。その美味しさも相まってますます涙がボロボロとこぼれた。それほどまでに嬉しかったのだ。人の温もりが。母から貰えなかったそれが_____



 ___________________



 もう一つのおにぎりを食べ終え、涙を拭った由莉はおにぎりが乗っていた皿を阿久津へと渡した。



「阿久津さん、美味しいものを作ってくれて本当にありがとうございます!おかげで元気になりました!」



「良かった良かった。食べたいものがあれば何でも私に言ってくださいね?料理には自信があるので任せてください。」



「はいっ!」



「それでは、私はこれで……っと。由莉さん、少しじっとしてくださいね。」



 由莉は頭に?を浮かべていると阿久津はナプキンを取り出し由莉の口の周りに付いたご飯つぶをそっと拭きとった。由莉はそれに気がつくと、顔を真っ赤にして手で顔を覆った。



「ううっ……恥ずかしい……」



「次からは気をつければいいんですよ。ふふっ」



「あ、阿久津さん笑わないでくださいよぉ……」



「おっと、すみません。……では、私もそろそろマスターの所に行きますね。由莉さん、ゆっくり休んでくださいね」



 阿久津は皿を持つとササッと部屋から出ていった。残ったのは顔を赤くして呆然としている由莉だけであった。



「むぅ……マスターも阿久津さんも私にいじわるばっかり……」



 なぜか全然悪い気はしなかった。むしろ、元気が出るほどだった。



(よしっ、今日はしっかり休んで明日から頑張るぞー!)



 その後、由莉はもう一度マスターから貰った紙の束をしっかり読み込んでそれから夕食を食べるとすぐに寝てしまった。明日からもっと頑張ろう、そんな思いを胸に。

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