乳歯

妄想する咢の底で、ぐらつく乳歯が溶けてしまうか灰になるか、かんじんな点はそれだけで、だから火をつけた。軽くてにごった青梅綿を無尽につめこまれて、生かされていたことを知る。歯茎はかたくなで、やけた唇はかさぶたになって凍える。もの云う権能がうせるやいなや、燃える裂傷となっていく。


はつ雪の干拓地では、牛舎の底であらゆる牛の背が燃えている。のびた逆毛が翼に変態して、貴重な財がとび去ってしまうのをおそれた地主が、つけ火をしたのだと嘯かれた。蹄は鳴らさずぎぃー、と警笛をひとつ、臼歯の隙間から噴き上げて、腓腹が横転し頭上のやねは崩落する。地平をうごめく膨隆がぬらぬらと融け出せば、革のにおいを点てる脂となり、こげた下草をひたしていく。灰になるには温度がひくすぎた。


ねばつく口腔をひきつらせてはうごめかす、あああれらはおまえの乳歯ににているという輪唱。だが虻のたかる剛毛をおもえば、むしろ皆々さまの齲歯にそっくりでしょうと、反駁したい欲望をしずめて平伏をたもつ。平伏とはいかなる骨格か、だれにひたいをさしむけて、どこへ背すじをつっぱっているのか、脊柱からしかたへ伸びる四つ肢を懸命にまげているのは、いかなる鋳型を彎曲を、おもんぱかっての痴態か。


雪のしたで裂傷はふさがらず灰色に凝り、つややかな膿を実らせると、臭くてにごった唾をたらす。やわらかい臼を象りながら、神経にばけて寒気立つ蹄も腰のうしろでこわばり、流跡をぬぐうことさえかなわない。ほぞほぞと洟をたらして命乞いをするほどに、陸続たる窮鼠らの行軍は脚下にて横転し、筵を巻かれて放り出された角のない坊主あたまには、血のりのような雪片が冷え冷えとしみてくるのだ。

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