『現実』の世界

並子なみこ。どこに行ってたんだ?」

「ママ」


 黒髪の小さい人間と大きな人間は私に笑いかける。


「帰ろう」


 ぎゅっと小さな手が私の指を掴む。

 ふわりと肩を大きな人間に抱かれる。


 何?

 でも心地よい。


なみ様。並様」

 誰かが呼んでる。

「並様、いい加減起きてください。佳緒留かおる様がそろそろ来られる時間ですよ!」


 佳緒留!


 私はその名前に反応してがばっと起きた。


「やっとお目覚めになりましたね。さあ、服を着替えてください」


 ピンク色のカエル族の女性―江美えみはにこりと微笑むと、大きな鏡がついた化粧台に私を案内する。


「!」


 見慣れているはずの自分の姿に私はぎょっとする。映っているのはすこしスリムなカエルで、色は江美同様ピンク。顔は大きな瞳に爬虫類の鼻、口は大きく、愛嬌があるといえばある。体のつくりはほぼ人間と一緒、手は水かきはなく、人間同様5本指、足はO脚ぎみだが、人間と同じような足の形をしていた。違うのはその顔の造詣と皮膚。すべすべしたもので、毛など存在してなかった。


「どうしたのですか?並様?」


 言葉を発しない私に江美が首を傾げる。その手には可愛らしい空色のドレスが握られている。


 そう、何驚いてるんだろう?

 人間の夢なんかみたから?


 私はカエル族の娘で、王子との結婚を控えてる。

 王子――佳緒留はこのカエル王国の王太子。街にお忍びで出てきた佳緒留と出会い、愛し合うようになった。

 慣れないお城の生活は窮屈だけど、佳緒留と一緒だと思えば幸せだった。


「並様、今日はこのドレスでよろしいですよね?佳緒留様がそろそろお見えになる時間です。早く着替えをなさってください」


 江見は溜息混じりにそう言いながら、ぼんやりしてる私から着ていた服をばさっと脱がせる。


 カエルって性別あったんだっけ?

 自分の、女性的な体が鏡に映るのをみて、私はそんなことを思う。


「?」


 カエルって、

 何考えてるの、私。

 当たり前の話。私達カエル族には男女がいて、子供をもうける方法も人間と一緒だ。

 オタマジャクシなんて存在しない。


 オタマジャクシ?

 なにそれ。


 おかしい。

 頭の中におかしな情報が入ってる感じ。

 どうして?


 きっと人間の夢なんかみたからだ。

 人間は私達カエル族の世界の外側に住む生き物だ。

 人間の世界に行くこともできるけど、そこにいくと私達は「カエル」に変化する。人間よりかなり小さく、四本足で飛び跳ねて、虫を食べる生き物だ。

人間は「カエル」を玩具として捕獲したりするらしい。だから人間に捕まると戻って来れない。だからみんな極力、あの世界には行かないようにしている。

 人間の世界に行って戻ってきた者はごくわずかだ。


 私も生まれたから一度も人間の世界に行ったことがない。

 人間を見たことがあるとすれば水の鏡からだ。水の鏡は城の中にあり、佳緒留と出会い、初めて人間という存在を映像で知った。


 それなのに、今朝見た夢はおかしかった。

 数回しか見たことがないはずなのに、人間は生々しく、あの黒髪の人間達は私を待っているようだった。


 おかしな夢。


「並様、王子のご到着です」


 トントンと扉がノックされ、見張りの者がそう声をかける。


「間に合いましたよ。さあ」


 私が馬鹿なことを考えている間にも優秀な侍女は準備を済ませたらしい。

 鏡に映る私は、大きなフリルのついた襟が可愛らしい空色のロングドレスを着た、立派なカエル族の娘だった。



「並……」


 部屋に現れた佳緒留はなぜか顔色が悪く、私を悲しげに見ていた。

 人払いをさせ、部屋には二人だけで、お茶とお菓子のセットが丸いテーブルの上に置かれている。


「どうしたの?佳緒留?」


 平民の私が王子向かって話す口調ではないだけれど、佳緒留の希望で私は友達と話す口調で王子に話しかけていた。


「……なんでもない」


 佳緒留はにこりと笑うとお茶を飲む。


 おかしい。

 どうしたんだろう?

 何か怒らせることした?


 心配してうつむいた私に気づき、王子はそっと私の手に触れる。


「!」


 私はなぜか、驚いてしまい、びくっと体を揺らした。


「あ、ごめん」


 佳緒留は傷ついた様子を見せ、謝る。

 

 謝るのは私のほうなのに。

 

 どうしてなんだろう。

 あんなに愛し合っていたはずなのに、今日はなんだか違和感がある。


「並」


 彼は私にその大きな茶色の瞳を向ける。


「ごめん。僕は君が好きだ。だから、ごめん」

「何?何言ってるの?私も好きよ。佳緒留」


 私がそう言って笑うと彼も笑顔を見せる。でもそれはなんだか悲しくて、胸を突かれるような微笑みだった。

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