episode9-3

 戦いが始まる、ほんの二〇分前。

 廃墟近くに停まった黒いトレーラーの周囲は騒然としていた。

 それは青年とクロエに向けて、多数の銃口が向けられているためである。

 敵であるクロエと青年が行動を共にしているのだから、それは当然と言えた。

「……今はこんなことをしている状況じゃないだろう」

「隆一くん、君は自分がしている事と自分の立場を分かっているかな」

 青年を取り囲む集団から、頭部が鳥の巣のような中年の男が前に躍り出る。

 彼はAPCO・装甲機動隊・第一班の班長を務める荒城であった。

 椿姫の直属の上司でもある。

「父さんの命は、今こうしているうちにも失われるかもしれないんだ」

「分かっている。だが、敵と通じている君を連れていくには少々危険すぎる。先ほど臨時の理事からも、君抜きでの作戦を行うように言われてね」

「……隆一」

 荒城は物怖じもせず、青年とクロエに厳しい視線をぶつける。

 クロエはバツが悪いといった様子で、青年の横顔を見つめる。

 青年の顔が険しいものへと変わっていく。

「それに……隆一くん、酷い汗だ。そんな状態ではまともに戦えないだろう」

「俺たちは敵じゃない! でも、これ以上邪魔をするならアンタらから先に!」

 青年は怒りを露にして、黒い目を紅く輝かせた。

 身体中が橙色の雷を発し、周囲を取り囲む人間を威嚇する。

 その行動に隊員たちは驚き、青年の全身に赤い点が無数に浮かべられた。

〈待ってください!〉

 まさに一触即発の状態の中、トレーラーから鎧を着た椿姫が間に割って入る。

 息も絶え絶えに、彼女は頑強な装甲のついた手で、タブレットをを見せる。

〈今、上層部の方々とお話しました。滝上家の後継者として〉

 タブレットには、電子の印が捺された文書が映し出されていた。

〈兄さんとクロエさんを……任務に就かせてもらいます〉

「…………」

 今度は荒城がバツが悪そうな顔をして、隊員の銃口を降ろさせる。

「滝上、次はこんな真似はさせないぞ」

〈分かっています。兄さん、クロエさん……来てください〉

「椿姫……ありがとう」





「……」

 暗雲が晴れた時、白き魔人はそこに立っていた。

 既に息は荒く、今にも【轟焔】や【疾風】に飛び掛かりそうだ。

「妹ちゃん、隆一は任せたわよ。私は【轟焔】の脚を止めるから」

〈言われなくてもそのつもりです。……それよりも、貴方たちには後で詳しい説明を聞かせてもらいますからね〉

 椿姫はクロエを一旦信じることにした。

 兄が信用し、彼女を仲間としたのだから、私も信じたい。

 そういった期待と若干の不安を思いつつ、クロエに背中を預けることにする。

 クロエも妥協が混じったの信用を、椿姫やAPCOの人間に置くことにした。

 完全に信用しきったわけではないが、その場しのぎの共同戦線は成立したのだ。

「分かってるわ。隆一、聞こえてたよね?」

「……!!!!」

「じゃあ、行くわよ!」

 クロエの質問に応えるように、白い異形が雄叫びを上げ敵に向かっていく。

 その姿は怒りに囚われた獣のようであり、悲しみに暮れる人のようでもあった。





「何だ! 何だこれはぁ! ハハハハハ!」

 【轟焔】は愉快そうに笑い、嬉々として長大な剣を構える。

 そこに間髪入れず、碧い雷とともに鋭い剣戟が振るわれた。

 クロエの可憐な姿に似合わぬ、豪快な剣捌きに【轟焔】は増々笑みを深くする。

「笑ってんじゃないわよ! 強いヤツと戦ってる時のやっぱアンタって頭おかしいわ!」

「自分で強いとはよく言ったものだ! 弟子が何処までやれるか、見せてもらおう! 飽きたらあっちの方と戦わせてもらおうか。精々私を楽しませるんだな」

「ざっけ……! アンタなんか、すぐにぶっ飛ばしてやるわよ!」

 クロエは左腕に集めた碧い雷を、数本の短剣に変えて【轟焔】に投げる。

 雷を帯びた短剣は縦横無尽に軌道を変えながら、【轟焔】へと飛んでいく。

 常人ならばその曲芸じみた技に狼狽し、なすすべもなく串刺しになるだろう。

 しかし【轟焔】は至って平静で、短剣の軌道、ではなく、風の流れを読んだ。

「母方の血筋は、確か風も操ることが出来たな。変則的な軌道はそれか。成程」

 そう言って、向かってきた短剣を次々と切り落としていく。

 地面に落ちた短剣たちは、弾けるように雷に戻り、消えていった。

「無駄に勘が鋭いのがムカつくわっ!」

「ふん、長年の経験という奴だ。情報は役に立つぞ、覚えておけ」

「こんな時まで師匠面してんじゃあないわよッ!」

「こんな時でも師匠だからだ。亡き友との約束でもある」

「ッ! あっそうですかぁッ!」

「剣に乱れが生じたな。如何なる時でも冷静さを持て」

「ッさいわよ!」

 言い合いをしながらも、二人は全く息が切れていない。

 お互いに手の内を知りつくしているせいで、まるで稽古のようだった。

「はぁッ!」

 岩のような肌を持ち、爬虫類に似た姿の【轟焔】が口から火を噴く。

 クロエは瞬時に身体を仰け反ると、彼女の上を火柱が過ぎていった。

「っぶないわね! 一瞬当たるかと思ったじゃない!」

「そういうものだろう」

 お返しと言わんばかりに、再び雷を短剣に変えて投げた。

 しかし、それも【轟焔】に避けられてしまう。

 両者は未だに傷らしい傷を負っていない。

「しかし、形態変化しか使えないのは惜しいな」

「どういう意味よッ!」

「本当ならば、お前の父のように激しい雷を使った戦い方も教えたかった。だが、私の力不足故か、お前は未だに雷の真の使い方を知らない」

「ッ……! それは……」

「滝上隆一に教わった方が良いんじゃないか?」

「行きつくのは煽りッ! 煽りなのッッ!?」

「冷静さを保てと言っているだろう」

 激しい剣戟が続き、無数の火花が弾ける。

 だが、それは到底命の奪い合いと呼べるものではなかった。





「……!」

「――――!!」

 白い異形と黒の異形がぶつかり合う。

 それと同時に、激しい暴風と雷が周囲を飛び交う。

〈ぐぅっ! アンカー!〉

 椿姫は鎧の脹脛部分に付けられたアンカーを地面に刺して暴風に耐える。

 硬い合金で作られた杭は、悲鳴を上げながらも、鎧をその場に留めた。

 そして、鎧は取っ組み合う二体の異形の内、黒い方に照準を合わせる。

 白い方には当てないように、ライフルを屈強な両腕で以って支える。

 普段ならば片手で十分だが、風のせいで狙いが定まらないのだ。

「…………!!!」

「――――!!!」

 白き異形の貫手が、黒き異形の頭部に狙いを定め、放たれる。

 目にも留まらぬ速さで放たれた、白い甲殻で覆われた貫手。

 だが、貫手は黒き異形に手首を掴まれて防がれてしまう。

「――ッ!!」

 間髪入れず、黒き異形が白き異形の腹に蹴りを入れる。

 あまりに一瞬の出来事で、白き異形は蹴りが直撃してしまう。

 衝撃によって白き異形の体が浮き上がり飛び跳ねそうになる。

 しかし、黒き異形に手首を掴まれているせいで離れられない。

 そんな状態の白き異形に対して、黒い影は更なる攻撃を加えていく。

「……グァァッ!」

 白い手首を持ったまま、ぬいぐるみのように地面に何度も叩きつける。

 白き異形のくぐもった悲痛な呻き声が、周囲に響き渡る。

〈お兄ちゃんッ!〉

 椿姫は思わず長らく読んでいない呼び名を使ってしまう。

 同時に放たれた弾丸は、黒き異形に向かって飛んでいく。

 一瞬、動きが止まっていた黒き異形の胸に、弾丸が直撃する。

 黒い甲殻を貫通することはなかったが、衝撃で異形は後方に吹っ飛ぶ。

 そして、白い手首が離されたことにより、白き異形も地面に倒れ込む。

〈でやぁぁぁッ!!〉

 藍色の鎧がライフルを撃ちながら、黒き異形を肉薄する。

 漆黒の甲殻の上で無数の火花が奔り、異形は呻き声を上げる。

 そして、椿姫は黒い異形の頭部に左腕のブレードを突き立てようとする。

「――――!!」

 黒い異形は間一髪、頭をずらして刃を避ける。

 高速で振動する刃が深々と地面を貫き、甲高い音を響かせる。

 椿姫は刃を地面に刺したまま、異形の首を切ろうと刃を滑らせた。

「――――!」

 黒い異形は鎧の股座を潜り抜けてそれを躱す。

〈逃げるなッ!〉

 椿姫が振り向きざまに、黒い異形に向けてライフルを連射する。

 幾つかの弾丸は黒い異形に当たり、そして、外れた幾つかの弾丸は、

「げっ!」

「むっ!」

 戦っているクロエ達の方へと向かっていく。

 両者ともに似たような反応を浮かべると剣を構える。

 クロエと【轟焔】は自身に牙をむく弾丸を真っ二つにする。

 弾丸の破片は二人の横を通過して、木々や地面に突き刺さった。

「危ないわね! もっと周りを見なさいってば!」

〈すいません、こういったのは不慣れなもので!〉

 そう言い合いながら、それぞれ目の前の敵と再び相対する。

 視線を戻した椿姫の前では、既に白と黒の二体の異形が争っていた。

「……!!」

「――!!」

 白い異形と黒い異形、色が違わなければ区別がつかないほど似ている。

 彼らはお互いの存在を否定するように、本能の赴くまま戦っていた。

 あそこまでの憎悪が、一体何処から湧いてくるのだろうか。

 椿姫は不思議な気持ちに駆られる。

 そして、

「――――ァァァ!!」

 黒き異形が強烈な暴風を以って、白き異形の体を薙ぎ飛ばす。

 その吹き荒れる風の行く先は、開けた崖の方角。

 白い影はなすがままに大空を舞った。

 やがて飛べない影は海へ落ちていく。

「え?」

「む?」

「隆一!?」

〈兄さあああああああああああああああああん!〉

 少女の絶叫が崖中に響き渡る。

 彼女の周りは恐ろしいまでの静けさに包まれた。

 空を見る椿姫の視界を、ふっと一輪の水仙が横切っていく。

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