episode7-12

「……班長、立てますか」

「ああ……」

「さあ……行き、ます、よっ」

 熾烈な闘争の渦中で、防弾チョッキを着た男は東藤の肩を持ち、出口に向かって歩き始めた。その後方では四つの影が火花を散らし、ぶつかり合っている。

「済ま、ない」

 東藤は歩いている途中、呂律が回らない舌でずっと同じ言葉を呟き続けていた。

「大丈夫ですよ、大丈夫です。国松も無事です。だから班長、意識を保ってくださいね。すぐに病院まで行きますから。だから絶対、起きていてくださいよ」

「ああ……。まだ孫の顔も見て、ないし。……ローンだって、残って、る」

 チョッキを着た男は後方の様子を確認しつつ、東藤に対して言葉を掛け続ける。彼の意識が途切れないように、話しかけ続ける。それに対して、東藤は口の端を歪めながら応える。その瞳に宿る火は未だ消えていない。





 東藤たちの遥か後方では、四つの尋常ならざるモノたちがしのぎを削っていた。

 白と透明、黒と藍色が入り乱れて戦う様子は、過去に類を見ないほど混沌を極めている。

「……ァァ!」

 白き魔人は雷の槍を創り出して左手に持ち、見えざる異形に向かって突進する。

 見えざる異形の体力は回復に向かいつつあった。脇腹の焼き切られた箇所の傷は塞がり、切り落とされた腕は切断面から新しいものが生え始めている。そもそも、腕という概念が彼に存在しているのかどうかも怪しいが、とにかく、腕という役割を持つ部分が補填されていることは確かだった。

 そして、見えざる異形は自身の最大の強みと言っても過言ではない、比類なき破壊力と認識が困難であるという特性を持つ、見えざる顎門によって白亜の魔人を迎え撃つ。

「……ァ!」

 雷の槍は激しい轟音を打ち鳴らしながら、見えざる異形に迫る。

 見えざる異形は後方へ下がった。雷の槍を使って基本の顎門のリーチ外から攻撃をされているため、自分の強みを完全には生かしきれないのだ。加えて、安易に伸ばして再び腕を切断されることは最も避けるべきことであるため、見えざる異形は管を巻く。





 もう一方では、黒き魔人と藍色の鎧が対峙していた。

「――――ッ!」

 黒き魔人は、すぐにでも見えざる異形に力を貸したかったものの、出来なかった。

 それは見えざる異形の元に行くためのルートを、藍色の鎧が塞いでいるためである。

 安易に前に出ようものなら一振りの直刀によって、一刀のもとに切り捨てられることを、黒き魔人は直感により理解していた。

〈先へは行かせない。華も若さもなくて申し訳ないがな〉

 軽口を叩く鎧であったが、彼もまた相手を強く警戒していた。それは異形の存在と長年戦ってきた経験からによるものと、慣れない装甲鎧を身に纏っている緊張感、そして、目の前の黒い魔人に対して、言いようのない既視感を覚えたためである。無論、部下から送られてきたデータによって存在と出で立ちは知っている。だが、それだけでは決してない、何かを感じるのだ。

「――――ァ!」

 そう考えている内に、黒い魔人は藍色の鎧に先制を仕掛けてくる。左手に宿した見えない風の刃の切っ先を、目にも留まらぬ速さで鎧の胸に目掛けて刺し込んできた。

 だが、藍色の鎧は焦る様子もなく、脚を半歩程度ずらだけで、軽々と躱してしまう。

 黒き魔人もそれを予期していたのか、素早く刃を翻して、藍色の鎧を切りつける。

 しかし、直刀によって第二撃も防がれてしまった。

〈大体二尺と三寸程度。それにこの技のキレ、自己流ではない。良い師がいたようだ〉

 見えない刃を直刀で受け止めつつ、藍色の鎧は淡々とそう言った。

 合金で出来た直刀と、恐らく風で出来ているであろう刃は、非常におかしいことだが、鍔迫り合いをしており、無数の火花さえ散っていた。しかし、その質量には違いがあるようで、黒い魔人は人智を超えた腕力で無理やり押すものの、藍色の鎧はびくともしていない。

〈刀において、その切れ味や鋭さは重要な要素だが、重さも決して欠かすことの出来ない要素だ。キミの得物は確かに優れているものだが、使いどころを誤ったな。それに〉

 藍色の鎧は無駄に力んだ黒き魔人の足を払った。

 予想もしていなかったためか、黒き魔人は地面に勢いよく倒れる。

 倒れた黒き魔人は力任せに鎧の脚へ目掛けて刃を振るうものの、軽々と避けられる。

〈注意力が散漫になっている。気を付けた方がいい〉

 接近戦は早々に諦め、黒き魔人は鎧から距離を取った。そして、左腕に暴風を纏わせるとそれを鎧に向けて放つ。風は一転に集束し巨大な刃となる。それは目にも留まらぬ速さで、コンクリートの床を割りながら鎧へと直進していく。

〈懸命な判断だ。…………ッ!〉

 肌を装甲で覆っている関係上、隆源は目の前のディスプレイに映される映像が一番の情報源である。それでも足りない部分は、自身の勘と経験によって補わなければならない。

 それ故に、鎧はその攻撃を躱せなかった。

〈……くっ〉

 恐らく、地面を大きく割って飛んできた風の刃は囮だったのだ。横に動いて躱そうとした彼は、本命であったであろう強力な風をまともに食らってしまう。装着者も合わせて総重量一〇〇キロを優に超える金属の塊は、後方へ大きく吹き飛ばされ、白き魔人と見えざる異形の戦場へ強制的に突入させられてしまう。

〈ぐっ!〉

「……ァ!?」

「ハァァァァァァ?」

 不幸にも、白亜の魔人と見えざる異形の丁度間に滑り込んでしまった。その上、どちらかと言えば見えざる異形の方に近い。鎧と異形の距離は六メートルもない。鎧は身の危険を感じ、すぐさま体勢を立て直そうとするものの遅かった。

「ハァァァァァァァァァ!」

 見えざる顎門が藍色の鎧の兜に向かって大きく口を開く。

 如何に滝上重工の技術の粋を集めて造られた装甲であろうとも、白亜の魔人の甲殻すら砕いた見えざる顎門の前では紙細工も同然。隆源もそのことは後方で起こっていた白き魔人と見えざる異形の戦いを見て理解していた。だからこそ、躱そうとしたのだが先程も言った通り、間に合わなかった。

〈……ッ!〉

 間一髪のところで隆源は負傷せずに済んだ。同時に体勢を立て直すことも出来た。しかし、兜の右半分は消失して保護されていた顔が露になってしまう。

 異形が追撃を加えようとしてくるが、鎧の放った銃撃によって怯んで後退する。

「……ァ!」

「――――ッ……!」

 白き魔人は黒き魔人に向けて雷を放つ。

 反応が遅れた黒き魔人は雷撃が直撃し、後ろに吹き飛ばされる。

 それを確認すると白き魔人は、藍色の鎧もとい隆源に駆け寄った。

「ああ、心配するな。怪我はしていない」

 見えざる異形と黒き魔人の動向を逐一観察しつつ、隆源は白き魔人の肩を叩く。

「ただ、あのゆらゆらしているのとは相性が悪い。相手は頼んだぞ」

「……」

 彼の言葉に従って、白き魔人は見えざる異形と対面する。

 それを見届けた隆源は半分顔をさらけ出したまま、再び黒き魔人の前に立った。

 しかし、黒き魔人の動きは相変わらず鈍く、腹部を抑えながら息を荒げている。

 そんな黒き魔人に対して、隆源は銃口を向けた。照準を頭部に合わせる。そして、ゆっくりとその引き金を引いた。

「……!」

 銃声を合図に白き魔人は紅き瞳を燦然と輝かせ、己の左腕に雷の刃を纏わせる。しかし、普段とは違い一向に形成が終わる気配がない。膨大な雷の成長は留まることを知らず、ついには工場の天井を突き抜け、薄暗かった工場に光が差し込んだ。そうしてようやく雷の刃の膨張が収まり、天に上る一振りの剣が顕現する。

 白き魔人は、自身の身の丈を優に超える雷刃を、見えざる異形に目掛けて横薙ぎに払う。激しい唸りを上げる長大な雷の剣はコンクリートの壁や柱、機械諸々を焼き切り、見えざる異形に迫っていく。

「ハァァァァァァァァ」

 見えざる異形は攻撃を躱そうとするが、雷の剣の巨大さに圧倒され、反応が遅れた。いや、それだけではない。紅き瞳と真っ向から視線を合わせた、見えざる異形の身体はまるで金縛りにでもあったかのように、異形のコントロールを受け付けず、その場から一歩も動くことが出来なかったのだ。

「……オレハ、タダ」

 首を焼き切られる前のほんの一瞬、上沢の呟きが誰に聞こえる訳でもなく、虚しく雷の轟音に掻き消された。しばらくして、周囲に沈黙が訪れる。異形の肉体は頭部を消失させ、膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏した半透明の身体は黒く染まっていった。





 しかし、黒き魔人は未だ地面に倒れ伏してはいなかった。

「私が【幻相】に助っ人として呼ばれてなかったら、アンタ確実に死んでたわね」

 黒き魔人の前には、独特な意匠を持つ黒色の鎧を着た白髪の少女が一人。

 彼女の足元には真っ二つになった弾丸が一発転がっており、手にはそれを切断するのに使用したであろう一本の長剣が握られている。地面に向けられた剣は僅かに青白い雷を帯びており、彼女の静かな怒り呼応するように静かに唸りを上げた。

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