王子様の取り扱い方
その日の朝も、目を覚ますと、花咲きさんが同じベットで眠っていた。
これまで何度も同じ目に遭っているが、いまだに慣れない。
ていうかこれですよ。仮にも乙女と一緒のベッドで平気で眠るあたりが、異性として意識されていないということなのでは? と私は思うわけですよ。
それとも私の存在自体を忘れてる? 昨日も遅くまでお仕事していたようだし。判断力が低下して、何も考えずにベッドで寝てしまったとか? だったらまだましというものだ。
本来なら嫁入り前の乙女として抗議するべきところなのだろうが、近くで眠れるのは嬉しくもあり、指摘することでそれが叶わなくなるのでは、と思うと言い出せないでいる。
でも、そうしたら、このまま曖昧なままで時が過ぎて行くのかなあ……。
それはそれで嫌だなあ……。
とりあえず、ため息をひとつつくと、カツサンドを作るためにベッドから這い出たのだった。
いつも通りの場所にカツサンドの詰まったランチボックスを置くと、寝室にちらりと目を向ける。
ドアの開く気配はない。この分だと「いってきますのはぐはぐ」は諦めるしかないか。
外へ出て、日傘をくるくると回しながら道を歩いていると、前方の建物の陰から不意に人影が現れた。私はぶつからないように慌てて立ち止まる。
び、びっくりした……。
よく見れば、人影の正体は茶色の髪に犬の耳をのぞかせた女性。フリージアさん。
「おはようユキちゃん。今ちょっといいかな?」
「ええと、歩きながらでしたら大丈夫ですけど」
な、なんの用だろう。まさかまた深夜の世直しツアーのお誘いじゃないだろうな……。
おそるおそる並んで歩き出すと、フリージアさんが早速口を開く。
「ユキちゃん、ウチらの殿下に変な遊び教えないで貰えねっか?」
「変な遊び? と言いますと?」
なんかしたっけ? 心当たりがない。
「屋台で綿あめ食べたんだって? 来週も待ち合わせの約束したって聞いたでや。でも、正直あんまり殿下に変なもの食べさせないで欲しいんだよね。特に屋台の食べ物なんて何があるかわからないしけ」
変なものって……酷いなあ。
「私だって好きで約束したわけじゃないですよ。断ったら私が『アラン・スミシー』だってバラされそうになったから……それこそフリージアさん達が諌めてくださいよ! 王子様らしからぬ卑怯な手段を使うなって!」
それを聞いたフリージアさんが
「そういう事か」
と額に手を当て空を仰ぐ。
「確かにそれは殿下が悪いね。あの方にも困ったもんだ。実は例の世直しも殿下が言い出した事でさ、付き合わされるウチらは、殿下に傷ひとつつけないようにって必死だよ」
そうなのか……フリージアさん達も苦労してるんだな。
「王子様ってそんなに暇なんですか? 公務とかは?」
「それもほっぽり出すからタチが悪いんさ。どうも殿下にしか知らない抜け道があるみたいで、いつのまにかそこから城外へ出ていっちゃうんよ。そんなだから継承権で……っと、これはユキちゃんには関係ないか。なんかごめんね。いつのまにかウチのほうが愚痴っちゃって」
「い、いえ、お仕事大変なんですね」
それだけユージーンさんがめんどくさい人物だという事か。
「一応殿下を説得してみるけど、ダメだったら付き合ってあげて貰えないかな? さっきも言った通り、いつのまにか抜け道で城下に出て行く可能性も高いし」
そ、そんな……フリージアさんにも、どうにもできそうにないとは。
「それならせめて銀貨とか銅貨とか、細かいお金を持たせてあげて貰えませんか? あの人、この間も綿あめを金貨で買おうとしてたんですよ」
「そういうところ、殿下は常識ないんだよねえ。ウチらが甘やかしたのがいけないのかもしれないけど」
フリージアさんは、そのくせ毛の頭髪をもさもさとかく。
「わかった。次回は金貨以外も持たせるしけ。そのかわり殿下のこと頼んだよ。もしも腹でも壊すようなことがあったら覚悟しといてな」
えっ、酷い。なんという理不尽。私の屋台選びスキルも試されるという事か……。
そんなことを考えているうちにお店に着いた。
「それじゃ、ユキちゃん、今日もお仕事頑張ってな」
フリージアさんは軽く手を挙げると、いつかのように自然に人混みへと紛れていった。
「これより第5回銀のうさぎ亭二号店発展会議を行う」
言いながらレオンさんが私達を見回す。
前回の発展会議からあまり間がない。今度こそ何か問題が起きたんだろうか?
レオンさんの言葉を待っていると、不意に彼がこちらを見た。
「この間のネコ子のカツサンドを食ってから、ずっと考えてた。ウチの店には手軽に食えるようなメニューが無いって。それってなかなか致命的じゃねえか? 客の中には小食な奴だっているかもしれねえのに」
それを聞いて私は手を挙げる。
「だからってカツサンドはダメですよ。私の専売特許なんですから」
「わかってるって。だから代わりに何かいいメニューは無いかってお前らに聞いてんだ」
またまた無茶振りを。
「それなら普通のサンドイッチは駄目なのでしょうか?」
クロードさんのもっともな意見に、レオンさんは首を振る。
「そんなのパン屋のサンドイッチの方が美味いに決まってる。客だって、パン屋以下のサンドイッチが出てきたらがっかりするだろ」
うーん、なかなか難しいな……。
ノノンちゃんに目をやれば
「わたし、お料理のことはよくわからなくて……すみません」
あ、逃げた。ずるい。
ともあれ、サンドイッチ以外の軽食にふさわしい料理。何かあったかなあ……ファミレスのメニューにありそうだけど……
わたしは必死でファミレスのメニューを思い浮かべる。
フルーツパフェ……アイスクリーム……ハニートースト……は大きすぎるし……。
あ。
「フレンチトーストなんてどうでしょう」
レオンさんが胡散臭そうな視線を私に向ける。
「フレンチトースト? なんだそりゃ」
「私の国にあった料理です。卵と牛乳と砂糖を混ぜたものにパンを浸して――って、百聞は一見にしかずです。今から作ってみましょう」
私は厨房に立つと、卵と砂糖を混ぜ合わせる。そして牛乳を足してさらに混ぜる。
そうしてできた液体に、食べやすい大きさにスライスした食パンを浸してしばし待つ。
背後ではレオンさんの他にもクロードさんやノノンちゃんまで、私の手元を覗き込んでいる。
なんだかやりづらいなあ……。
熱したフライパンにバターを入れると、液体を吸い込んだ食パンを投入してゆく。
頃合いを見計らって裏返して暫く焼けば完成だ。
三人の前に、それぞれフレンチトーストの乗ったお皿を置くと、みんな無言でナイフを入れる。
「ど、どうでしょうか。お味の方は」
しばらくして返ってきた答えは
「美味いじゃねえか。パンの大きさも調整すれば良さそうだし」
「ええ、とても美味しいですね」
レオンさんとクロードさんがそれぞれ答える。
ノノンちゃんは?
「……おいしいです…………悔しいけど」
なんだか後半不穏な言葉が聞こえたような気がするけど……。
「よし、それじゃあこのフレンチトーストってやつは採用だ。早速正式名を決めねえとな……『黄金色の甘いハーモニー』なんてどうだ?」
出た、このお店特有の独特メニュー名。
「え、ええと、よろしいんじゃないでしょうか」
下手に反論して「それじゃあお前が考えろ」とか言われても困る。
私達は大人しくフレンチトーストもとい『黄金色の甘いハーモニー』を受け入れたのだった。
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