トランプ裁判

「幻滅した。まさかベルーネル商会が他人が作ったものを、さも自分たちが考案したように売り出す企業だったとは。おかげで我輩の幼い頃の楽しい思い出はずたずただ」


 あの後私はベルーネル商会に勝手にトランプをまるごと真似され、あまつさえ販売されている件を花咲きさんに報告しにきたのだ。

 思えば「乙女の秘めたる想い」の時もそうだった。いつのまにか真似されて、同じようなお菓子が他店から発売されてしまったのだ。

 けれど、おもちゃ会社までそんな事をするなんて……。


「しかし絵ごとそのまま流用するとは……我輩の考案した図案がよほど素晴らしかったのだな」


 なぜか花咲きさんはちょっと誇らしげだ。


「納得してる場合じゃありませんよ! 花咲きさんが一生懸命考えて描いたのに。悔しく無いんですか?」

「それはもちろん悔しい」

「だったら抗議に行きましょうよ」

「どうかな。また門前払いを喰らう羽目になるかもしれないぞ」

「それじゃあどうしたら……」

「裁判だ」

「え?」


 さ、裁判?

 この世界にもそういう制度があるんだ……。


「どちらの言い分が正しいか司法の手に委ねるのだ。公の場でベルーネル商会に恥をかかせてやろうではないか」


 花咲きさんはどこか自信ありげに頷いた。




 そして花咲きさんが手続きやらなんやらをしてくれた結果、公判の日が決まった。

 私は閉店後の銀のうさぎ亭2号店でレオンさんに切り出す。


「レオンさん、申し訳ないんですが、明後日お休みを頂けませんか?」

「お、なんだ? 男でもできたか?」

「裁判です」


 茶化されるが、そんな冗談に付き合う余裕もなく、正直に答える。


「……は? ネコ子、お前何やらかしたんだよ。まさか食い逃げとか?」

「違いますよ。トランプの件でちょっと……」


 仕方なく説明すると、レオンさんが「マジか」と声を上げる。


「あれってお前が考えたものだったのかよ。それをベルーネル商会にパクられたってか。そりゃ許せねえな。よし、明後日は休みをやる」

「ほんとですか!? ありがとうございます!」

「そのかわりこてんぱんにしてこいよ」

「……善処します」



 そうして、ついに裁判当日。私は花咲きさんに連れられて、石造りの立派な建物の前にいた。


 ここが裁判所……なんだか緊張してきた。


「始まる前からそんなに硬くなるな。そんな調子ではうまくいくものも上手くいかない。ほら、行くぞ」


 花咲きさんに腕を引かれ、建物の中に入る。

 年季の入った、それでいてよく手入れされた建物内をしばらく歩いたのち、


「ここだな」


 重厚な扉を押し開けて法廷へ入ると、被告人席には貫禄のある初老の男性と、トランプを持ち込んだ時に対応してくれたアレンさんが既に待機していた。それに、きちんとした身なりの中年の男性。もしかして弁護士とか……?


「あの、花咲きさん、こちらには弁護士って……」

「いない。我輩とお前だけで対抗するのだ」

「え……」


 私達だけで大丈夫かな……。

 周りを見れば、傍聴人席にはかなりの人数が。

 うう……やっぱり緊張する。


 そわそわしていた時、何かを叩くような音が鳴り響いた。裁判官の木槌の音だ。

 そのとたん法廷内は静まり返る。


「それでは、これより開廷致します」


 白くて立派なあご髭を生やした裁判官が宣言する。


「原告によると、自らが考案したトランプという玩具が、被告に盗用され、勝手に流通されたとか。最近流行っておりますな。トランプ。私の孫も夢中で遊んでおりますぞ……おっと失礼。話が脇に逸れてしまいましたな」


 な、なんなんだこの突然の自分語り。裁判ってずいぶん緩いな。いや、それともこの裁判官が特殊なのか……?


「我輩達は、ベルーネル商会にトランプを売り込みに行ったのだ。それをそこにいるアレンという男が『上の者に相談する』などと言うものだから、連絡を待っているうちに、いつのまにかトランプが絵柄まで盗用され、流通していたのだ」

「異議あり!」


 ベルーネル商会の弁護士らしき男性が声を張り上げる。


「アレンさんは貴方達とお会いしたこともないとおっしゃってますよ」


 な……あの日会った事すら無かったことにされている? 

 弁護士はさらに続ける。


「それに、あの絵柄もベルーネル商会が考えたものです」


 ひどい……花咲きさんが描いた絵まで自分たちのものにしようとしている。悪質だ。


「それなら、我輩が描いた元絵を証拠品として提出しよう。そちらも自社のトランプを持ってきているのだろう? 見比べてみようではないか」


 花咲きさんが何枚かの紙を取り出すと、秘書らしき男性が裁判官の元へと持って行く。ベルーネル商会のトランプと共に。


 話を書き終えた裁判官はそれぞれの絵をじっと見入るように見比べている。


「ふうむ。たしかにこれはそっくりですなあ」

「裁判官!」


 弁護士がすかさず声を上げる。


「原告の元絵とやらが、ベルーネル商会のトランプ発売後に絵柄を真似して描かれた可能性があります。原告は元絵がトランプ発売前に描かれたという証明をするべきです!」


 いつ描かれたのかだなんて、絵柄だけじゃ判断できない。そんなの悪魔の証明だ。

 私達、このまま負けちゃうのかな。悔しい。せっかく花咲きさんが、頑張って絵を描いてくれたのに……。


「いつ描かれたのかは証明できないが、誰が描いたのかは証明できる」

「え?」


 私は思わず花咲きさんを見上げる。証明できる? どうやって?

 その疑問に答えるように花咲きさんは続ける。


「裁判官、すまないがベルーネル商会のトランプを2枚ほど貸してもらえないだろうか。スペードとハートのエースだ。それとペンも」


 秘書が持ってきたペンを使って、花咲きさんは複雑な模様の描かれたカードに、何やらしるしをつけてゆく。


「このしるしの付いている箇所を上から読んで頂きたい」


 その言葉に再びカードを受け取った裁判官は目を近づけて、たどたどしく読み上げる。

 

「ヴィ、ンセン……ト……『ヴィンセント』と書かれておりますな」

「我輩の名前だ」

「えっ!?」


 私は思わず声を上げる。花咲きさんて、ヴィンセントって名前だったんだ。

 いや、今はそんなことどうでもいい。まさかカードの絵柄の中に名前を仕込んでいただなんて。


「次はハートのエースを同じように読み上げて欲しいのだが」


 裁判官は慌てたようにハートのカードのしるしの箇所を読み上げる。


「これは……『ユキ』……?」

「わ、私の名前!?」


 花咲きさんは被告人席へと目を向ける。


「なぜ御社のカードに、我輩とこの娘の名前が書かれているのだ? それこそ我輩がそのカードの絵柄を描いた……ひいてはトランプの製作者ということになるのではないか? 違うというのなら納得のゆく説明をしてもらいたいものだな」


 相手の弁護士は青ざめている。

 アレンさんといえば、隣の貫禄のある男性に対し


「し、社長、どうしましょう……」


 などと、すがるような目を向けている。

 そうか、あの人社長だったのか。

 混乱する被告席とざわめく傍聴席。

 その時、裁判官が木槌を叩く音が響いた。


「静粛に。被告人、この件について釈明は?」


 被告人席は静まり返り、誰も言葉を発さない。

 それを見て裁判官が口を開いた。


「では判決を言い渡します」


 私ははっとすると共に両手を組み、固唾を飲んで次の言葉を待つ。


「アイディアを奪ったばかりか絵柄まで盗用するとは、被告のやり方は非常に悪質だと言えます。今後被告にはトランプの発売を禁じます。更には今までトランプの販売で得た利益を、賠償金として原告に支払うように」


 これって、これって、私達が勝ったってことだよね!?

 花咲きさんを見上げると、頷きが返ってきて、私にそれを確信させた。


「それでは、これにて閉廷!」




「やりましたね! 花咲きさんすごい! まさかカードに名前まで入れてるなんて!」

「一応芸術的たるもの自分の作品にサインを入れておかねばな」

「なるほど……あ、今度から花咲きさんじゃなくて『ヴィンセントさん』って呼んだ方が良いですか?」

「いや、これまで通りで構わない。我輩もお前の事を黒猫娘と呼ぶ。お前だって急に呼び方が変わればややこしいだろう?」

「ええ、まあ、花咲きさんがそれで良いのなら。そういえば花咲きさん、どうして私の名前を知ってたんですか?」


 花咲きさんは小さく笑った。


「それは、あの食堂へ行けば、自然とお前の名が耳に入ってくるからな。すぐに覚えた」

「ええー、じゃあ、本名を知りながらあだ名で呼んでたんですか?」

「まあそうだな」


 変なの。なんでそんなことしてたんだろ。私の『花咲きさん』に対抗したのかな。


「それで、これからどうするのだ? トランプの件は。まさか本当にお前の店で売るのか?」

「それはもちろん、業界二番手の玩具会社に売り込みに行きます。今度はちゃんと必要な事を書面にしたためて」





 

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