第161話あらやだ! 知らないことだわ!

 皇帝とルウちゃんはあの後、話し合うことになったらしい。あたしはキールの部屋を訪ねた。相変わらずガタガタ震えとった。しゃーないから手を握って落ち着かせた。


「義父上がそんなことを言ったのか……なかなかの覚悟だな」


 ようやく話せるようになった、真っ青な顔のキール。あたしは「誰も言うてへんだけで、必要なことやと思うわ」と返す。


「そもそも数百年前の戦争なんて、エルフ以外覚えとらんしな。差別なんて時代錯誤もいいとこや」

「しかし、それでも差別は根深いぞ」

「それは認めざるを得ないんやけど、それでも今を生きるあたしたちが変えていかなあかんことや」


 キールは「正論だな。でも正しいことが間違っていない証にはならんだろう」ともっともなことを言うた。


「数百年の差別の歴史は、俺たち人間の心に嘲りを。敵対種族には憎しみを生んだ。それがいきなり解消できるわけがないし、ましてや解決もできない」

「それも分かっとる。徐々に無くしていけばええやろ」

「そんな時間があるのか? 前に聞いたが、龍族の生き残りが居たんだろう?」


 あたしは思い出す。傲慢で冷たくて、それでいて子どもっぽかったケイオスのことを。


「なあユーリ。お前は龍族と直接会ったんだ。そいつと人間は和解できるのか?」

「難しい問いやな。人食いをやめ言うても、素直に従うとは思えへん。でも言葉は通じると思うんや」


 あんとき、あたしは弱かった。力だけやない、心も弱かった。

 ケイオスが龍になったとき、何もできひんかった。ただ見てただけやった。

 今のあたしが止められるかどうかも分からへん。

 でも――


「もしも、ケイオスに会うたら、腹を割って話したいと思う」

「……凄いな。龍族と話すなど。義父上が気に入るわけだ」


 そんとき、キールは笑うたけど、何故か淋しそうやった。


「そんじゃあたし、ご飯食べに行くから。一緒に行くか?」

「そうだな。俺も腹減った」


 あたしは手を離そうとする――せやけどぎっちり握られて離せへん。


「……キール?」

「……すまないが、このままで居てくれないか?」

「はあ!? あたし利き手やで!? ご飯食べにくいやん!」

「お、俺が食べさせるから……」

「あほか! なんで恋人みたいなことしなきゃあかんのや!」


 恋人、ちゅう言葉に「ば、馬鹿なこと言うな!」と何故か過剰な反応をするキール。


「お、俺は、ユーリのことなんて……」

「ほう。なら離してもええな?」

「うう……それは困る……何故かユーリの手を握ると落ち着くんだ……」


 うん? なんやそれ。キールいつの間にか顔真っ赤になっとるし。


「そ、それに、む、胸が痛いほど、高鳴っているが、何故か幸福感に満たされている……なんでか分からない……」

「…………」

「もっとユーリの傍に居たいとも思っている……何故だ……」


 うわあ。めっちゃ恥ずかしい。おそらくやけどつり橋効果みたいなもんやろな……


「はあ。分かった。しゃーないからそれでええわ。そん代わり、利き手を使えるようにしてな」

「あ、ありがとう……」


 まさかキールに惚れられるとは……タイガ以来やな。

 でも自覚しとらんからほっとけばええやろ。




 食堂で奇異と好奇心の目に晒されながら、一緒に夕食を食べ終わって、疲れたキールが寝付くまで、あたしは傍に居てあげた。

 キールの部屋から出ると、皇帝が立っとった。


「うお! あんた見てたんか」

「……キールを盗られた気分です」

「やめてえや。あたしにはそんな気ないで」


 皇帝は「別にいいと思いますよ」と至極真面目な顔をする。


「もしもキールと結婚したら、次期皇后ですよ」

「なんや。キールは皇帝になるんか?」

「彼にその気はないみたいですけどね」


 本気かどうか分からん。あたしは「もう寝るで」とその場を去ろうとする。


「待ってください。ちょっとお話できませんか?」

「今度は皇帝のお誘いかいな。まあええけど……」


 そんで皇帝の私室で、あたしは自分で淹れた紅茶を飲みながら皇帝の話を聞くことになった。


「話ってなんや?」


 奢侈で豪華な椅子に座っとる皇帝が単刀直入に言うた。


「世界会議で龍族の脅威を訴えてほしいんですよ」


 さっきとは間逆の話をされた。


「話してどないなるんや?」

「龍族と魔族。全種族の力を合わせて、滅ぼしたいと思います」


 真剣な表情の皇帝に、あたしは「和解は考えとらんのか?」と思わず言うてしもうた。


「話し合えると思うんですか?」


 短い言葉やけど、ずっしりと重い言葉でもあった。


「どんなに命乞いしても、どんなに泣き叫んでも、彼らはあなたを食べるんですよ」

「……せやけど、魔物と違うて言葉は通じるやろ」

「ふふ。平和の聖女らしい言葉ですね」


 褒めとるわけやない。むしろ皮肉で言うとる感じやった。


「言葉を話せることと、言葉が通じることは違いますよ」

「何が言いたいんや?」

「あなたは確かにケイオスという龍族を知っていますが、魔族は知りませんよね?」


 皇帝の言うとおり、あたしはまだ魔族を知らへん。


「私は心配しているのですよ。あなたは魔族を知っても、真っ直ぐにいられるのか。それが心配なんです」

「今度は気遣ってくれとるのか? 安心せえ、あたしはあたしのままや」


 そう。おせっかいでうるさいおばちゃんのままなんや。


「そうだといいですね。さて。明日、素晴らしいものを見せましょう」

「素晴らしいもの?」

「今日は生憎、曇ってしまいましたから」


 皇帝はにっこりと歳相応に笑うた。


「星の海を往く船の光景なんて、知らないでしょう?」




 それから数日後。

 あたしたちはサウス・コンティネントに到着した。


「うわあ! ほんまにサウスに来たんやなあ!」

「……凄く綺麗だね」


 フライングシップの窓から、サウス・コンティネントを見て感動するあたしとアイサちゃん。それもそのはず、夜やと言うのに、光り輝く街並みが美しかったからや。

 発光石ちゅう昼間は光を蓄え、暗闇に置くと輝く石を混ぜた材質で建物は作られとるらしい。


「サウスの中で最も栄えている街にして始まりの街――ロードログです。ここで世界会議が行なわれます」

「始まりの街? どういうこと?」


 シヴさんの言葉にアイサちゃんは疑問を持ったようやった。

 こほんと咳払いして、シヴさんは説明をする。


「ロードログは六英雄の一人、勇者の故郷とされています。ここで幼馴染の聖女と育ったのですが、後に龍族が街を滅ぼしてしまいました。それを再建したのが、六英雄の賢者なのです」


 そうや。サウスは勇者の故郷でもあり、賢者が国を作ったところでもある。


「ふうん。賢者さんって良い人なんですね。仲間のために、街を作るなんて」

「そうですね。それに賢者の名のとおり、優れた頭脳の持ち主でした。浮遊石の発見と運用方法、発光石とモルタルの混合など枚挙に尽きません」


 ほああ。ほんまに天才なんやな。びっくりやわ!

 アイサちゃんと一緒になってはしゃいどると、アイサちゃんの護衛役のゴンザレスさんに担がれとったキールが「よく下が見られるな……」と呆れとった。


「もうすぐ着陸です。ルウ姫たちも一緒に世界会議の会場へ向かうそうです」

「こんな夜遅くにやるんか?」


 シヴさんに訊ねると「会場内に泊まれる施設がありますよ」と答えた。


「会議は明日行なわれます。今夜はゆっくり休んでください。特にキールさま。よく頑張りましたね」

「ああ、まったくだ……」

「しっかりせえや、キール」


 あたしの励ましにキールは顔を真っ赤にさせながら「わ、分かっている!」と強がった。


 これから世界会議が始まる。

 どないな結果になるんか。

 そして今後の世界がどうなるんか。

 あたしはまだ知らんかった。

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