第136話あらやだ! セントラルを出るわ!
聖都を混乱におい込んだ――そう予想しとるので教皇からの刺客が来るかもしれん。警戒しとったプリズムさんとビクトールさんやったけど、それは杞憂に終わった。ちゃんとモンタークまで辿り着くことができたんや。
「どうやら、教皇はそれどころじゃないみたいだね」
ビクトールさんがモンタークの港、ムンライの人々に聞いた話や。市井の噂ちゅうのは馬鹿にならん。伝言ゲームのように正確性と信憑性はないかもしれへんけど、断片的な情報は入ってくる。
その情報とは――教皇の引退やった。
「引退? 食紅作戦がここまで効いたんか?」
「いや、引退かどうか分からない。休暇を取るとか言ってる人も居るね」
船を待っとる間、あたしたち六人は食堂で休息を取っとった。セントラルの食事は小麦やトマトを使った料理が多く、どれも美味しかった。イレーネちゃんにも食べさせたいなあと思うた。
トマトソースのパスタを食べながら、あたしは「仕事から離れるちゅうことか?」と訊ねた。
「まあそうかもね。そもそも教皇ってどうやってなるか、君たちは知っているのかい?」
ビクトールさんの問いにあたしは首を振った。
「……確かミットヴォッホを除いた六カ国がそれぞれ代表を三名選出し、聖なる試練を克服したものが教皇になれると聞いたことがある」
もそっとしたパンを食べとったキールが答えると「ノースの人間が知っているのは意外だな」とプリズムさんは驚いた。
多分、皇帝に教えてもろうたんやろ。
「せやけど十八人のうち、たった一人しか選ばれないんやろ? 残りはどうなるんや?」
「生き残った者は教皇の補佐となる」
プリズムさんの言葉は短いけど、重い言葉が詰まっとった。
つまり死ぬ可能性のあるちゅうことやな、聖なる試練は。
「枢機卿と呼ばれる地位に就く。教皇が死ねば枢機卿の中から選抜され、枢機卿が居なくなった時点で聖なる試練が行なわれるのだ」
なるほど。つまり教皇は枢機卿の中から選ばれて、枢機卿を決めるのは聖なる試練、ちゅうことになるんやな。
「うん? この場合、どうなるんだ? 教皇が辞めるわけでもなく休むわけだろう?」
「キールくん。その場合はね。代理が立てられる。教皇代行だね」
ビクトールさんがあさりらしき貝のパスタを食べながら答えた。
「それも枢機卿から選ばれるね」
「なるほどなあ。せやけど、その選び方やと自分の出身の国を優遇する可能性はないか? それに教皇の子供が地位に就くこともありえへんのか?」
すると食事を終えたプリズムさんは「それはないな」と断言した。
「なんでや?」
「選出される人間は王位継承権のない側室の子供たちだからだ。それに聖なる試練を受けた人間は――子を成せなくなる」
「……どないな試練なんや」
なんか不気味やな。目の前にあるトマトソースが血溜まりのように感じる。
「そんな話はどうでもいいでしょ。キールくん、ユーリちゃん。遊びに行きましょうよ!」
ミリアちゃんが退屈そうにしとる。あたしの手を握って引っ張っとる。パメラさんにやめなさいと注意されてもやめへんかった。
「ちょい待ちいや。後少しで食べ終わるから。ちゅうかなんでそないに早いんや」
「父さんの早食いが移ったのよ。医者は早食いできないといけないんだって」
「ビクトールさんはゆっくりやんか」
「変態の話しないで。さあ行きましょう」
ミリアちゃんの容赦ない言葉に「酷いよ、ミリアちゃん!」と本気で泣いとる変態やった。
あたしとキールとミリアちゃんは潮風が心地良いムンライを歩く。船の時間まで結構あるから余裕があった。
「あはは! それで山賊の頭目になったの!?」
「あたしもどうしてこうなったのか、未だに理解できひん」
「貴様の武勇伝を聞くたびに、俺は驚きを禁じえない……」
買い食いしながらあたしの話を聞く二人。特にミリアちゃんは笑うてくれた。
「それにしても、ノースで有名な平和の聖女って意外と俗っぽいのね」
「聖女言われても、あたしはあたしやけどな」
「そういえばミリアは医者を目指すのか?」
キールの問いに「うん。そのつもり」とはにかんだ。
「父さんのこと、尊敬しているしね。母さんも医者を目指しなさいって言ってるし。それに変態が医学について教えてくれたから」
「夢があっていいな」
キールが素直に感心しとる。するとミリアが「あなたたちの夢はなに?」と訊ねた。
「俺は義父上の役に立つのが夢、というより目標だな」
「ふうん。義父の跡を継ぐとは言わんのか?」
「馬鹿言うな。俺がなれるわけないだろう」
いや、魔法だけなら天才やと思うし、素質はあると思うけどな。
「キールくんの義父さんってどんな人?」
「偉大な人だ。おそらく歴代の中でもな。初代と良い勝負かもしれん」
「変人やけどな」
「貴様……! もう一度言ってみろ!」
顔を真っ赤にして怒るキールには「ああ、ごめんな」と平謝りするあたし。
いまいちよう分かっとらんミリアちゃんは何気なく訊ねた。
「偉大な人ね。どこかの王様?」
「王様より上やな。だって皇帝やもん」
ミリアちゃんは「へえ。皇帝……皇帝!?」とナイスなリアクションしてくれた。
「皇帝って……ノースで一番偉い人じゃない! じゃあキールくんは皇太子!?」
「いや。ただの養子だ。おそらく皇帝は別の人間が継ぐだろう」
「へ、平和の聖女に、皇帝の養子……私はとんでもない人に助けられたようね」
引きつった笑みのミリアちゃん。あたしは「別にあたしらは偉ないで」と言うた。
「たまたま大陸を統一しただけやし。キールは養父が偉いだけやから」
「そうだな。それが正しい」
「いや、結構凄いでしょ。偶然で大陸統一できないでしょ」
せやけどたまたまとしか言えへんやけどなあ。
「ミリアだってセントラルでも指折りな医師の娘じゃないか」
「あ、そうだったわね……普段がああだから……」
そないな会話をしとると時間になったので、船へと向かうことにした。
港には既に大人組があたしらを待っとった。
「ミリアちゃん! 怪しい大人に遭遇しなかったかい!?」
「今まさに出会ってるわよ! 近づくな変態!」
「ひ、酷いなあ。誰がミリアちゃんのおしめを――」
「だああああ! その話はしないでよ!」
イレーネちゃんのことが終わったらこの変態どうにかせんとあかんな。
そう心に決めた。
船に乗る前に、あたしはキールに酔い止めを渡した。
「おお! これさえあれば俺は無敵だ!」
「大げさやで」
「しかしいつ作ったんだ?」
「途中の宿でな。材料はプリズムさんに貰うた」
キールは嬉しそうに酔い止めを飲んだ。
船に乗ると甲板の上で港を見とるミリアちゃんを見つけた。
「……やっぱ寂しいか?」
「……そうね。故郷を離れるとなるとね」
その気持ちは分かるで。あたしも転生した当初はそうやった。魔法学校に行くときも同じやった。
「なんだかしんみりしちゃった。さあ行きましょう!」
「おっ。元気ええなあ」
空元気やと分かったけど、指摘せえへんかった。
「ユーリちゃんの友達にも会いたいもの。特にデリアちゃん。話を聞いてるとなかなかに面白そうじゃない」
「まあな。愉快な子やで」
夕暮れに出発した船は海流に乗り、ノースへと向かう。
このまま何事もなければ、イレーネちゃんは助かる。
そう何事もなかったら――
その晩のことやった。
「うぬぬ。もう一度勝負だ!」
「キールくん。もうやめたほうが……」
「うるさい! まだ金はあるんだ!」
大部屋。キールは近くに居ったホビットとドワーフと一緒に博打をしとった。どうやらサイコロを三つ使こうてのゲームらしい。ルールを聞くとちんちろりんと同じようやった。
「はあ。呆れた。賭け事に弱いくせに熱くなるなんて」
ミリアちゃんは何度止めても言うこと聞かへんキールに呆れたようやった。
「まあ賭け事ってそういうもんや。あたしらは別の部屋に行こうや」
「うーん。キールくんがちょっと心配だからここに――」
世話焼きやなと言おうとして――
「た、大変だ! 海賊船だ! この船を迫っている!」
大部屋に船員が飛び込んでくるなり、そないなことを言うた。
「なんやと!? おいキール、賭け事やめや!」
キールは事態を飲み込んだらしく「ユーリ、どうする?」と立ち上がって訊ねてきた。
「とりあえずミリアちゃんを守りつつ、プリズムさんたちと合流するで。確か食堂に居るやろ」
「分かった。ミリア、お前は魔法使えないんだったな」
「う、うん。でも海賊って――」
ミリアちゃんが何か言いかけたとき、船が大きく揺れた。
咄嗟にミリアちゃんを支えるキール。あたしは膝をつきながら「急ぐで!」と言うた。
「早く合流せんと――」
「悪いがそれは叶わないな」
言葉に振り返る――そこには。
「……初めてやな」
「そうだろうな。船旅は慣れていないようだ」
そこに居ったのは青白い肌に緑色の鱗。そして魚と人間の中間のような顔。
五人居って、三つ又の槍をそれぞれ携えとる。
そいつらは――
「魚人ちゅうのは海賊が仕事なんか?」
「そうだな。奪うことが俺たちの仕事だ」
魚人は、槍先をこちらに向けた。
「さあ。有り金全部頂こうか」
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