第135話あらやだ! 変態だわ!
聖都、赤く染まる――その知らせはセントラル中を駆け巡ったんや。
赤く染まるちゅうのは戦争が起こって人の血が流れたわけやない。そないな比喩表現でもあらへん。文字通り、表現通り、聖都、ハギオスが真っ赤に染まったんや。
それに気づいたんは早起きして散歩しとったおばあちゃんやった。ふと水路を見ると濁っとることに気づいた。目が悪いせいで最初なんで濁っとるのか分からへんかったらしい。せやけど近づいて、それが赤色やと分かって腰を抜かしてしもうたらしい。驚きのあまり早朝の聖都に響き渡るほど叫んでしもうた。
駆けつけた人も水路を見て驚いたんや。まるで血のように赤く染まった水。触れることもできひん彼らの脳裏にある言い伝えが浮かんだ。
『聖都が血に染まるとき大乱が起こる』
六英雄の一人、教皇の言葉やった。
もしや今の教皇の噂が確かならば――そう考えた人々は大聖城へと群をなして向かった。
しかし大聖城に着いても事態が好転することはなかった。むしろ悪化してもうた。
憲兵や衛兵は群衆に武器を向けた。そして各々の家に帰るよう、声高に言うたのや。
もしもここで威圧的に言うのやのうて、説得を試みたのなら、まだ混乱は防げたやろ。せやけど憲兵隊長の高圧的な態度が群衆を暴徒に変えたんや。
そして暴徒の一人が叫んでしもうた。
「教皇の悪事は知っているぞ! それでもお前たちは味方でいるのか!」
結果として大聖城は暴徒鎮圧のために血が流れた。この出来事が遠因となって他の六カ国が教皇に介入してくることになるんや。
まあこの顛末を聞くことになるんはだいぶ先のことや。
あたしたちはそのとき、何をしていたのかというと――
「ミリアちゃん! 僕やったよ! 君とお義母さんを助けたんだ!」
「きゃああああ! この変態! こっちに来ないでよ!」
「ええい。やめや! あんたはロリコンやったのか!」
……変態医師からいたいけな少女を守っとった。
「妻と娘を取り戻せたのは嬉しいが、こやつが危険なことには変わりないな……」
「あ、せやから渋い顔しとったんやな」
プリズムさんの葛藤はよく分かるわ。
馬車の中。行きと同じように広い六人乗りの高級馬車に乗って、あたしたちはモンタークへ向かっとった。
「母さん! なんとかしてよ! 父さんじゃ頼りないんだから!」
「ビクトール。助けてくれたのは感謝しますが、これ以上娘に関わるのなら、容赦しませんよ」
プリズムさんの妻、パメラさんは厳しい顔をしとる。プリズムさんと同じくらいの妙齢の女性。ブロンドで背が高くてスタイルがええ。姿勢も良くて眼光鋭くビクトールさんを睨んどる。
そのパメラさんに助けを求めたミリアちゃんはあたしと同い年で、めっちゃくちゃ美少女やった。パメラさんのようにブロンドで目が青く、整った顔立ち。勝ち気な顔しとるがそれがまた魅力的で美しい。もしもあたしが男やったらほっとかないやろ。
「そんなあ。僕はミリアちゃんのために頑張ったんだよ?」
「ふん! あんたのことだから、嬉々として人体実験したんでしょ! 分かっているんだから!」
全部お見通しなんやな。どうやら頭もええ。
「そ、そうだけどさあ……」
「それだ。俺は疑問があった。どうして教皇に仕返しする必要があった? 己のやりたいことをしてたんだろ?」
キールの問いにビクトールさんは大声で言うた。
「だってミリアちゃんに会わせてくれなかったんだもん!」
「三十代のおっさんが『もん』とか言うな! ちゅうかそないな理由なんか!?」
呆れた理由やった。こいつ、どうしようもないわ。
あたしとキールが苦労して人質のパメラさんとミリアちゃんを助け出したんは何やったんや? まあ人助けできたからええけど。
「しかし、どうやって水を赤く染めたんだ? その混乱に乗じて逃れられたが」
再びキールが疑問を発する。するとビクトールさんは「ああ。簡単だよ」とにっこり笑った。
「水源に食紅をたくさん入れた袋を置いておいたんだ。いざってときに使えるように集めておいて正解だったね」
「……よく水源が分かったな」
「それも簡単だよ、キールくん。水源の上に大聖城は建てられたんだから。元々教皇の城ではなく、水源を守るために城が建てられたんだから」
なるほどな。全部計算の上か。
「ねえ。あなたたちはどうして私たちを助けてくれたの?」
ミリアちゃんがあたしに質問してきた。
「ああ。ビクトールさんしか治せへん病があってな。そんで助けたんや」
「病? 誰が罹っているのよ?」
「あたしの親友や」
ミリアちゃんは納得したように頷いた。
「それでノースからここまで……人の執念って恐ろしいのね」
「ミリアちゃんは大事な人を助けたいと思わんのか?」
ミリアちゃんは「思う前に父さんと変態が治しちゃうからね」と笑った。
「それでだ。パメラ、ミリア。わしたちはノースに移り住むことになるが、構わないか?」
「ええ。あなたがそう願うのなら」
「私もいいわよ。人質なんて真っ平ごめんよ」
これでなんとか一安心やな。
その後、ビクトールさんがミリアちゃんにセクハラをしとるのを止めたり、プリズムさんに医学を教えてもろうたり、キールに合成魔法を教えたりして過ごした。
馬車は途中の村で一旦止まった。宿で休むためや。モンタークまで後一日。これならイレーネちゃんを助けるのに間に合うやろ。
ランドルフとドワーフのことが心配やけど、まあなんとかなると信じるしかない。
宿の部屋割りはあたしとミリアちゃんとパメラさん。別の部屋にキールとプリズムさん。そして個室にビクトールさんやった。
これはチャンスやと思うて、ミリアちゃんとパメラさんが寝静まったのを見計らって、あたしはビクトールさんの部屋に訪れた。
「うん? なんだ、ユーリちゃんか。何の用だい?」
「あんた転生者やろ。あたしもなんや」
ストレートに言うとビクトールさんは「そうだったのか。まあ部屋に上がりなよ」と中に入れてくれた。
「君も日本に居たのかい?」
「大阪のおばちゃんやった。あんたは?」
「北海道で医者をしてた。しかし転生者か。これで二人目だね」
「なんや、もう一人居るのか。誰や?」
あたしの問いに「関わらないほうがいいよ」とビクトールさんは無表情で言うた。
「あれは世界を変えすぎる存在だ。ま、いずれ関わるかもしれないけど、遅いほうがいいでしょ」
「まさか火縄銃作ったんは……」
「ああ。『彼女』だよ」
彼女ちゅうことは女か。火縄銃やそれに付随する火薬を作ったことから、歴女かもしれんな。いやリケジョの可能性もあるな。
「君の前世を教えてくれないかい?」
不意にビクトールさんが質問してきた。
「別にええけど……あんたも教えてくれるか?」
「約束するよ」
あたしは自分の前世を語った。孤児やったこと。大阪で貴文さんと結婚したこと。子供三人産んだこと。そして子供を助けて死んだこと。その後、女神か天使か分からんもんにこの世界に転生させられたこと。
それを語った後、ビクトールさんは真面目な顔で言うた。
「ユーリちゃん。君は助けた子供が可哀想だと思わないのかい?」
初めて言われた問いやった。あたしは「どうしてそう思うんや?」と逆に訊ねた。
「だってそうだろう? 自分の不注意で人一人死んだんだ。しかも自分を助けてね。後悔しないわけがないだろう。それにその子の親も可哀想だ。きっと君の家族に責められただろうね」
「そ、そないなこと――」
「ないって言えるのかい?」
言えへんかった。だって、前世のことは分からんし……
「きっと君は正しすぎるんだろうね。それは孤児が由来しているのかもしれない。誰も人の生き方を教えてくれなかったから、そうなってしまったのかもしれない。正しく生きなければいけないと律してしまったから」
「……あんたは精神分析もできるんか?」
「僕は誰でも救えるようにと医学を学んだんだ。死んだのは六十九歳で、原因は氷柱が頭に当たったことだ。生前はガリ勉だったな。恋すらしたことはなかった」
その反動で変態になったんやな。
「僕から言えることは、人は正しく生きる必要はないんだ」
「あんたみたいに悪事を働いてもええ、そう言いたいんか?」
「そうさ。僕はね、悪事でもなんでもして、医学を発展させて人を救えればそれでいいんだ」
割り切った考えや。倫理や道徳を無視しとる。
せやけど、どうしても真っ直ぐに否定することはできひんかった。
「君は助けた子供に対して、後悔はないのかい?」
「…………」
「多分その子供は生き方を捻じ曲げられた。君が歪ませてしまったんだ。それで良かったと、胸を張って言えるのかい――」
「ええんや!」
あたしは深夜やのに大声を出してしもうた。
「仮に生き方が歪んでしもうても、あたしの家族から責められても。それはしゃーない。悪いのはその子供やからな。かといってそこまで面倒看きれるほど、あたしは聖人でもない。もちろん聖女やあらへん。でもな、人は助けなあかんねん。人はできる限り正しく生きなあかんねん!」
「……それはどうしてだい?」
ビクトールさんは興味深そうにあたしを見つめる。
あたしは堂々と言うた。
「簡単なことや。それが『人間』の生き方やからや。人間として正しく生きる。生きなあかんのや。せやないとこの世はどうしようもなくなるで!」
ようやく、あたしは答えを見つけられた。
そしてハッと気づく。まさか――
「そうだ。それでいいんだ。君はそうやって生きるべきだ」
答えを導いたんは、ビクトールさんか?
「君は正しく生きろ。そして人を救え。僕は間違った救い方をする。そうすれば救えない人はいなくなるさ」
そう言うたビクトールさんの笑顔は。
意外と爽やかなもんやった。
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