第124話番外編 魔物料理を食べよう

「ユーリさん。ラクマ山に行きませんか?」


 図書室に向かう途中、廊下を歩いとるとクラウスから唐突に誘われたあたし。すぐさま「ラクマ山? どないしたんや?」と訊き返した。


「ユーリさんの活躍で休校になってしまったじゃないですか。ですからこの機に魔物料理の研究をしようと思いまして」

「ああ。休校言うても自習しとるけどな。うーん、そうやな。たまには身体動かさんとあかんな」

「話が早いですね。これで三人になりましたね」

「三人? あんたも含めて? もう一人誰や?」

「エーミールくんですよ。ランドルフさんは騎士学校で授業を受けてます」


 あたしは「どうせならイレーネちゃんやデリアも誘わん?」と提案してみた。


「いいですね。しかし二人を探している暇はあまりないです。たまたまユーリさん見かけて、誘ったんですよ」

「あー、そうか。こういうときスマホないのは痛いな」


 もし見かけたら誘う気持ちでエーミールの待つ校門へと向かう。


「ところでどんな魔物を食べるんや?」

「トスカノって知ってますか?」

「トスカノ……前に戦ったことあるな。鹿みたいな魔物やった。郊外訓練でイレーネちゃんが倒したわ」

「無難にそれを狙います。イノシシに似ているトンべーも仕留めたいところですね」

「ツキノワが出たら嫌やな」


 そないな会話して、校門に着いた。結局二人には会わんかったな。


「ユーリさんも来るんだね。これは心強いなあ」


 待っとったエーミールはあたしが同行することを聞くと、にこにこしながらそう言うた。あたしは「足引っ張らんようにするわ」と答えた。


「いわゆるジビエ料理って奴やな」

「へえ。ジビエ料理って言うんだ」

「そうやエーミール。狩りして食うのがジビエ料理や」

「まあそうですね。さっそく出発しましょうか」


 クラウスが借りた馬車に乗ってラクマ山の近くの村、アブン村に向かい一泊してから登山に入った。


「なるべく綺麗な状態で倒したいですね」

「それなら風の魔法がええな。エーミール、火と土はあかんで」

「うん。そうだね。クラウスくんはどうする?」

「僕は料理に専念しますよ」


 とりあえず山道を進むあたしたち。きちんと水分と解体道具を担いで、トスカノやトンベーを探す。

 すると、前方にトスカノが居った。多分メスやろ。角が無い。


「魔物は好戦的ですから逃げられることはないでしょう。さあ、思う存分戦ってください」


 クラウスの言葉に従ってあたしとエーミールは風の魔法を放った。

 おお、エーミール腕上げとるなあ。同じ魔法でも錬度がちゃうわ。

 トスカノは吹き飛び、後方の木に頭を打ち付けて倒れてもうた。ラッキーやな。


「やったよクラウスくん! これで――」


 エーミールが喜んだのもつかの間、クラウスはトスカノの近づき、手早く喉を切って、ロープで身体を縛り、高い位置に持ち上げる。


「な、なにやってるの!?」

「ああ、血抜きやな。ああやって血を抜かんと肉が不味くなるんや」

「そうなんだ。知らなかったなあ」


 まあ貴族出身のエーミールには縁遠い話や。


「これから解体します。グロいので見ないほうがいいですよ」


 血抜きがある程度終って、クラウスが解体をしようとする。正直、見るのは嫌やったので「その間に食べられる薬草でも獲ってくるわ」と背を向けた。


「待って! 誰か来る!」


 緊張したエーミールの声。振り返ると山賊チックな格好をしとる、顔に布を巻いた集団がやってきた。


「やばいですね。八人居ます。どうしますか?」


 クラウスも緊迫した声を出す。あたしは戦闘態勢を取ろうとした――


「うん? ユーリか?」


 先頭の人物が布を外して話しかけてきた。布の下は毛に覆われとって――


「ああ、お頭か。久しぶりやな!」

「こんなところで何をしているんだ?」

「クラウスの魔物料理を手伝っとるんや。ああ、こっちがクラウスでこっちがエーミールや」


 それぞれ紹介するとお頭は「魔物料理? 私たち以外に魔物を食べる人間が居るのか?」と不思議そうに言うた。そして血抜きしたトスカノを見る。


「なるほど。あまり慣れていないな」

「分かります? 初めてやったんですよ」


 クラウスが気軽にお頭に話しかけると「効率の良い血抜きの方法がある」と答えた。


「良かったら村に来ないか。血抜きと解体方法を教えよう」

「本当ですか! 是非行きたいです!」


 エーミールは「凄いなあクラウスくんは」と感心したように言うた。


「本当に料理のことしか頭にないんだね」

「そうやな。あたしは知り合いやから信用しとるけど、初対面で招待されて着いていくのは驚きや」


 まあそんなわけで獣人の村にやってきた。


「おお、ユーリ様!」

「ユーリ様が来てくださった!」

「我らの救世主!」


 正直ここまでの熱烈な歓迎を受けるとは思わんかった。


「やっぱりユーリさんは凄いなあ……」


 エーミールがあたしを憧れの目で見とる。

 その後は宴会になった。クラウスは血抜きと解体方法を学んで満足しとるし、しかも新鮮な肉で料理もできてえびす顔やった。


「私たちは生肉しか食べないが、食材の組み合わせで素晴らしく美味しくなるな。ソースと言ったか?」

「今作り方を教えましょうか?」

「是非教えてくれ」


 ほんまに料理馬鹿やな、クラウスは。

 あたしはお頭の娘アイサちゃんに首飾りを見せて「いつも付けとるよ」と言うた。アイサちゃんは今知ったけど、虎の獣人やった。せやからますます気に入ってしもうた。


「ありがとうユーリさん。首飾り大切にしてくれて」

「こちらこそ素敵な首飾り、ありがとうな」


 夜になって宴会も終わり、誰も居らんところで星空を眺めとると「隣、いいかな?」と声をかけられた。エーミールやった。


「ええで……綺麗な星やな」

「手が届きそうで、届かないけど、それが美しさの条件なのかな」

「お。ちょっと詩人ぽいやん」


 そないな会話をしとるとエーミールはぼそりと言うた。


「実は実家に戻らないといけないんだ」

「実家? なんでや?」

「当主様に呼ばれてね。重要なことらしい」


 あたしは「寂しくなるなあ」と言うた。


「戻ってくるんやろ?」

「うん。ちょっと実家がごたごたしてるけど、必ず戻るよ」


 それからエーミールはもじもじしながら「ユーリさん、ちょっといいかな」と改まった。


「どないした?」

「ユーリさん。僕は――」


 最後まで聞けへんかった。


「うおおおおい! ユーリ、どこに居る! 主賓のお前がいないと駄目だろうが!」


 酔ったゴンザレスが喚いとる。あたしはやれやれと思いながら「行かなあかんな」と立ち上がった。


「エーミール。何か――」

「ううん。なんでもないよ」


 笑うエーミールやったけど、どこか寂しそうやった。


「また今度言うよ」

「そうか。じゃあ行くか」


 結局、エーミールの言葉は聞けへんかった。

 そんときの言葉が聞けるのは、数ヶ月後のことになるんや。

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