第123話番外編 ケイオスの食事

「ケイオスさん。ようやくご到着ですか」


 これはユーリたちがエルフの国、プラントアイランドを出国し、旧アストのソフィー港に到着した、同時期の出来事である。

 灰塵と化したフリュイアイランドの都。その中央の広場に黒色の龍は現れた。

 翼をたたみ、そして徐々に人型――龍族はこの言い方を嫌がる――へと変化し、目の前のイカのような触手だらけの魔族に「疲れたな。何か飲み物はあるか?」と訊ねる。


「いくら我輩でもここまでの距離を飛ぶのは骨が折れる」

「でしょうね。エルフ共が作ったアセロラドリンクでも飲みますか? それとも――」


 魔族は後方を指差す。そこには生き残りのエルフ十数人――子供も混じっている――が怯えながら座り込んでいた。


「エルフの生き血でも飲まれますか?」

「アセロラドリンクで良い。楽しみはとっておかねば」


 魔族は「かしこまりました」と頭を下げ、近くの者に飲み物を持ってくるように命じた。

 数分もしないうちにアセロラドリンクなる飲み物が運ばれる。龍族は一口含んで「これはいいな」と賛辞する。


「これを作れるのなら、エルフは滅ぼさなくとも良かったな」

「既に製法は奪っております。エルフ共が居なくとも作れますよ」

「そうか。ならば良い。ところでハブル」


 魔族――ハブルは「なんでしょうかケイオスさん」と盟主の名を呼んだ。


「我輩の記憶だとプラントアイランドだったはずだ。いくらなんでもフリュイアイランドと聞き間違えるはずがない」

「ええ。そのとおりです」

「……まさか、この玉から見ていたのか?」


 ケイオスが取り出したのは禍々しい色をした水晶玉。まともな精神をしていたらとても持てないような異色。


「見えずとも音で状況は分かりますよ。まさか皇帝が現れるとは思いませんでしたが」

「なるほど。囮に使ったというわけか? いや、同時に行なったと言うべきか?」


 ハブルは口元の触覚を動かしながら「ご明察です」と笑った。


「北の大陸の皇帝の目を欺くために、龍族のあなたがプラントアイランドへ。そして魔族の軍がフリュイアイランドへ。どちらに皇帝が来ても、片方は落とせます」

「確かにな。しかしとんだ貧乏くじを引かされてしまった。久方ぶりだぞ。片腕を持っていかれたのは」


 新しく生えた左腕をさするケイオスに「申し訳ないことをしましたね」と平謝りのハブル。


「それで貴様の予定通り、エルフの島を一つ獲ったわけだ。例の計画は進むのだろう?」

「もちろんです。後は龍族であるケイオスさんが封印を解くだけです」


 ケイオスはにやりと笑った。


「よしさっそくやろう――と言いたいが些か疲れた。少し休みたい」

「安心してください。儀式は三日後です」


 ケイオスは満足したように頷いた。


「そういえば面白い人間を見つけたぞ」

「ほう。あなたが人間に興味を持つのは珍しい」

「名はユーリという。おそらく希少な転生者だ」


 転生者、という言葉に目を輝かすハブル。


「へえ。転生者。こことは異なる世界の技術と科学の伝来者。是非会ってみたい」

「気になるか? まあ魔族の科学者であるお前にとっては垂涎ものだろうな」

「そのユーリとやらはどのような人間ですか?」


 ケイオスは「まるで母のような人間だった」と懐かしい顔をする。


「何百年となるか。龍族の皇后であった母に似て優しく厳しい女だった。歳は十二ほどだったのに」

「であれば大人の女性が死んで転生したと考えるべきですね」

「あ、そうか。やはり賢いなハブル」


 ぽんっと手を叩くケイオス。


「そういえば計画の手助けになると言ってた実験はどうだ?」

「駄目ですね。エルフでは使い物になりません」

「そうか。ならば――」


 そこまで言ったとき、囚われのエルフの一人が「何故ですか!?」と喚いた。


「あ……? なんだお前」

「私たちエルフは龍族の仲間でした! 共に人間と戦いました! 敵対種族となり島で暮らすようになったのも、それが原因です! なのに何故、龍族がエルフを滅ぼすのです!」


 それは女性だった。悲しみと怒り、そして苦しみに苛まれた目で龍族のケイオスに訴えたのだ。


「あー、理由? そうだな。ハブル、理由を説明してやれ」

「かしこまりました。いいですか? フリュイアイランドを攻めた理由は計画のためです。まあ計画を一から十まで説明する義理も義務もありませんので省略しますが、計画のためにエルフの島が欲しかったのです」

「そ、そんな理由で――」

「うん? だったらどんな理由で攻められたら君たちエルフは納得できる? 種族? 名誉? 金銭? 領土? 主権?」


 ハブルは身体中の触手をうねらせながら言う。


「戦争に理由は要りません。目的さえ達成できればそれでいいのです」

「そうだな。大義名分があっても攻められたほうや負けた者は納得がいくわけがない」


 ケイオスはにやにや笑いながらエルフの女性に近づく。


「ハブル。お前はどうだ?」

「いえ。先ほどいただいたので」

「そうか。なら遠慮なく」


 ケイオスはエルフの女性に訊ねた。


「お腹が空いた。食わせてくれ」


 そして、大きく、口を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る