第三話 テト-3

 随分スムーズに装備が手に入ったので、再集合の約束までまだ間があった。携帯食糧や火撃ち石などの必需品は家に備蓄がある。テトの分も俺が余分に持っていけばいいだろう。


「……なぁ、なんか欲しいもんとか」


「わたがし!」


 単に持て余した時間を潰すために聞いただけだったが、あまりに目を輝かせて食い気味に叫ぶので、思わず笑ってしまった。


 中央区の屋台へ戻り、一つ買ってやる。店主が熱と風の煉術が仕込まれた筒状の煉器の蓋を開け、砂糖をぶち込んで起動すると、溶けた糖が高速回転して糸状に伸びていく。横の口から差し込んだ枝に、みるみる雲のように白い綿あめが膨れていく様子を、テトは顔を上気させて見入っていた。


「うぃ、お待ちど」


「うひょぉぉぉぉ……」


 店主から受け取ったわたがしを頭上に掲げ、宝物を見つめる子どものような顔で歓声を上げるテトは、まるで無垢な赤子のようだった。


 どこから食いつこうかとさんざん迷ってから、ぱくり、と一口。


「うっめぇ……! この世の食いもんかよ、これ!?」


 目をまんまるに開き、しばらくうっとりと舌触りを確かめてから、ふと俺の方を見た。


「シオンはいらないのか?」


 渡したくはないが、全部一人で食べてしまうのも気が引けるという葛藤が滲み出た顔である。


「俺は甘いもの苦手なんだ」


「そうか! それならしょうがないな!」


 そう言って、もうなんの遠慮もなくわたがしにかぶりついた。


「アイルーには砂糖がないのか?」


「え? さぁ、あるだろうけど」


 夢中でわたがしを食べながら素っ気なく言う。


「おれ、任務以外はずっと牢屋に入ってたからな」


 さらっと聞き捨てならないことを言い出した。絶句して半歩距離をとる。やはりこいつ、可愛い顔をしてだいぶ危ないやつかもしれない。


「なぁ、まだ時間ある? もうちょっと見てもいい?」


「……いいけどさ」


 無邪気に目をキラキラさせてそう言われては、結局うなずくしかなかった。



「おぉ〜、二人ともかっこいいね!」


 一時間後、待ち合わせ場所の北門に集合した頃には、俺とテトの表情はいかにも対照的だった。串屋に玉屋に怪しげな占い屋まで、目に入ったものを気の向くままに堪能したテトの顔はツヤツヤしている。それに付き合わされた俺は旅立つ前から疲労困憊だ。


 カンナも俺たちと似たような格好に着替えていたが、さすがと言うべきか、同じ耐熱装備でも着こなしに華がある。


 マリアはいつも通り上半身だけ鎧で固める独特のスタイルに、普段は露出している素足を耐熱レギンスで保護しており、腰には自由自在に形を変えられる愛剣《ヴァジュラ》を短剣サイズにして帯びていた。


「それじゃ、出発進行ー!」


「おー!」


「……いいけど、どうやって行くんだ? まさか血溜まりの樹海を丸ごと突っ切るとか言わないよな」


「それはお楽しみ。ついてきて!」


 北門を出ればすぐ血溜まりの樹海へ続く森だが、どういうわけかカンナは集合場所の門を右に折れて、そのまま国を守る巨大な外壁の内側を沿うように歩き始めた。テトも喜び勇んで続く。俺とマリアは首をひねりながら、カンナとテトについて行った。


「その……元気にしてるか、あいつ」


 道すがら、勇気を出して聞いたのは、ハルのことだ。


「心配しなくても、死ぬほど落ち込んでるわよ」


「そ、そうか……いや、そうだよな……」


「なんか《木剣もくけん》ってやつのところにびたって、全然家にも帰ってないみたい」


 《荊》の一振り《木剣》と言えば学者肌の変わり者で、ろくにフィールドにも出ず研究室ラボに籠もり、怪しげな研究に没頭しているという噂だ。俺がひどいことを言ったから、まさかハルのやつ自暴自棄になって……と悪い想像をしてしまう。


 衣服を剥かれて実験台に拘束されたハルが、イヒヒヒヒと笑う白衣の悪漢に火花の飛び散る器具を近づけられて泣き叫ぶところまで想像して、ブンブン頭を振った。


「……そういや、結局お前らって付き合ってんの?」


 マリアの顔が一瞬にしてタコのごとく茹で上がった。


「つ、つつつつ付き合うってなにが!?」


「分かりやすいやつ」


「勝手に解釈すんなっ! なんにも、全くなんにもないんだから!」


 半泣きで噛みついてから、ふと眉を下げてうつむく。指先をいじりながら、蚊の鳴くような声で言った。


「ホントに、なんにもないんだから」


「なんだよそれ。返事はしたのかよ、あの公開告白の」


 何かを思い出したかマリアは小さな手でめいっぱい顔を覆って、声にならない声で悶えた。


「……した」


「なんて?」


「だ、だから……………………………………あたしも……好きって」


 高熱に浮かされる幼女のような涙目で、俺でも聞き取れるのがやっとの声であった。おおっ、と思わず歓喜の声が漏れた。


「なんだよ付き合ってんじゃねえか! おめでとう! で? それから?」


「……それだけ」


「え?」


「それからは、今まで通り。むしろ前より上手く喋れなくなっちゃって、気まずくて、会っても冷たい態度ばっかとっちゃうし、最近は、会ってないし……」


 驚き呆れるとはこのことだ。どこかすがるような目でマリアが俺を見上げる。これが狂戦士マリアの素顔だと言ったら、誰が信じるだろうか。


「もう嫌われてるかもしれない……どうしよう、シオン」


「い、いやぁ、どうと言われても……」


 この世界に来るまで友達の一人さえ作れなかった俺に一体何が言えるというのか。


「とりあえず、ハルがお前のこと嫌いになるわけない。それだけはない。だから、このクエストが終わったら二人であいつに会いに行こうぜ。それで、二人で謝ろう」


「うん……でも、それからどうすればいい? シオンと三人なら上手く喋れる気がするけど、二人になったら無理、絶対無理。そもそも、付き合うってなにすればいいの?」


 だから俺に聞くなって。


「え、ええっと……デート、とか?」


 ずっと俺達の会話を盗み聞きしていたらしい前方の地獄耳女が、ぶっ、といよいよ吹き出した。


「お二人さーん。楽しそうなところ悪いけど、ついたよー!」


 北門から壁沿いに何分歩いたろうか。カンナは立ち止まってこちらを振り返った。その先にそびえる異形に、俺とマリアは揃って目を見張った。


 だだっ広い野原に、四ヵ所の杭から伸びるロープで地上に繋ぎ止められているのは――巨大な、気球だった。

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