第三話 テト-2

『特別クエスト:紅雲大火山べにぐもだいかざんを調査せよ

難易度:★★★★★


達成条件:《紅雲大火山》の実地調査、及び調査報告書の提出


準目標サブターゲット

生息モンスターの調査・討伐

固有素材の採取

周辺の地形図製図

有用な遠征ルートの発見

安全地帯の建設


依頼主:《白薔薇》』


 せっかくだし、このメンバーでクエスト行こうよ!――カンナの鶴の一声で、そういうことになってしまった。


 通常、クエストに出発するなら、まず酒場の壁面二箇所に掲示された大きなコルクボード――通称《クエストボード》の前に行く必要がある。そこに種々雑多しゅじゅざったな仕事の依頼が貼り付けてあるのだ。冒険者は自分の実力や階級に合ったクエストの依頼書をボードから剥がし、受付に持っていく。基本的に早い者勝ちなので、クエストボードの前は毎日早朝から人だかりができる。


 ところが、カンナはそんなクエストボードはスルーして、真っ直ぐ受付へ向かった。


 いともあっさり手続きを済ませて、彼女が俺たちに持ってきたのは、国家最高戦力《荊》の七名または冒険者階級ウォーカーランク『200』以上の者しか受注が叶わないという、俺達にとっては幻の――《特別クエスト》の受注要項だった。


 普段の粗雑な羊皮紙製ではない、輝くばかりに白いその紙に俺とマリアは思わず圧倒された。こんなに綺麗な紙を見たのは地球以来である。


「特別クエスト……そんなの、俺たちみたいな下っ端が行って大丈夫なのかよ」


代表リーダーが《荊》ならパーティー編成は自由なの。極端な話ランク『1』のルーキーでも連れていけるよ。まぁ、死なれでもしたら重い処分が待ってるし、そんな無責任な人は《荊》に選ばれないと思うけど」


 ぐるりと俺たちを見回して、最後に俺を真っ直ぐ見て、カンナは笑った。


「このメンツなら、行けるでしょ」


 ぶる、と全身が震えた。初めて会った日から、追い続けていた背中が、始めてこちらを振り返って笑ったのだ。俺は一度息を詰めてから、強くうなずいた。


 テトはともかく、意外なことにマリアも乗り気だった。人付き合いを好まず、基本ソロでフィールドに潜っているマリアがこんな即席パーティーに参入なんて珍しい。それほど特別クエストの旨味が破格だというのもあるだろうが。


 噂によると特別クエストの報酬は通常の十倍から百倍。何より、普通なら縁のない遠く危険なエリアで探索ができるから、未知の素材と出会える可能性が飛躍的に高まる。まして名高い《荊》の一角と行動を共にできるとなれば、ウォーカーなら飛びつかない人間の方が珍しいかもしれない。


「《紅雲大火山》って、どこにあるんだ? 聞いたことねえけど」


「シオン君が前に落っこちた《血溜まりの樹海》を飛び越えて、《大地の裂け目》の向こう側」


 上機嫌な答えに耳を疑った。《大地の裂け目》――ルミエールから北へ僅か二キロ行ったところに広がる、横方向へ無限に伸びるような巨大な崖のことだ。以前俺は、そこからユーシスの父親に突き落とされて、その下に広がる《血溜まりの樹海》をさまよう羽目になった。


 思えばかすみの先、崖からはかすかに向こう岸が望めたものだったが、岸までの距離はどう見積もっても十キロ以上。一度樹海へ降りたとしても、向こう岸に滑車舟はないし、五十メートルの崖なんて登りようがない。


「そんなとこ、どうやって行くんだ」


「お楽しみ。とにかく暑いところらしいから、しっかり準備しておかなくちゃ」


「らしいって……カンナも行ったことないのかよ」


「うん。ていうか、白薔薇の誰もまだ本格的な探索はしてないよ。完全な未開拓エリアだもの。存在自体は少し前から分かってて、地道に調査隊が派遣されてて、ようやく今、特別クエストとして上陸許可がおりたんだ。つまり、私達がこの国で初めての《紅雲大火山》探索隊だよ!」


 さて、とんでもないことになった。


 差し当たって俺達は一度、身支度を整える必要性に迫られた。たとえ近隣のフィールドに出るときでさえ、ウォーカーにとって準備はどれだけしても足りないほど重要なもの。未知の火山地帯に飛び込むとなれば尚更だ。


「準備って言っても、おれ着のみ着のまま来ちゃったからさぁ。この国の地理も分かんねーし、色々店案内してくれよ」


「そうだよね。じゃあシオン君お願い」


「はぁ? なんで俺が」


 言いかけて、よく考える。俺が断ればテトの面倒をカンナが見ることになる。カンナと男が二人きりで買い物など、断じてさせるわけにはいかん。


「任せろ」


「ありがとー。女子チームは色々着替えたりとかもあるから、助かるよ」


「でも、カンナなしで俺が町中歩いてもいいのか? お前、一応俺の監視役だろ」


「許可します!」


 かくして、俺たちは二名ずつのペアに別れて行動を開始した。物珍しそうに目を輝かせていちいち足を止めるテトを引きずるようにして、フードを深くかぶりつつ足早に商店街を抜けていく。


「すげー、店がいっぱいだ! おいシオン、あの甘い香りのするフワフワのやつはなんだ!?」


「ただのわたがしだろ」


 さっさと出店を素通りして、中央区セントラルの外れにある目当ての店へ。メインストリートを西に折れると、途端に小汚い露店がいらかを争う猥雑わいざつな裏通りに出る。


 そこの一番奥に、煙を吐く大きな工房を背に構えた一軒の掘っ立て小屋がある。工房の煙突からは盛んに煙が吐き出され続け、近寄っただけでムワッと熱気がくるぐらいだ。店の正面まで来れば、その熱気が工房の中心に心臓部のごとく内蔵された、鮮やかに赤熱した"炉"によるものだと分かる。


 店先のカウンターにどっかり座ってタバコを吹かしていた若い女の前まで来ると、俺はようやく顔のフードを外した。


「どうも、サヤさん。装備を見繕ってほしいんだけど」


 藍染あいぞめ作務衣さむえに革エプロンという和装束からは想像もつかない、炉の炎に負けないほど色鮮やかな茜色のポニーテール。平気で何人も斬ってそうな妖しい目が、俺の顔を見るなり丸みを帯びた。


「シオン! 会いたかったぜ」


 ばっちり朱を引いた唇を開いて妖艶に笑う。文句なしのその美貌には、目尻や唇など、よく見ると日本人独特のおもむきを感じ取ることができる。彼女はナチュラルだが、半分は日本人の血が流れているのだ。


 日本の比類なき刀鍛冶、リュウ・ムラサメが、この世界で原住民との間に授かった一人娘。サヤ・ムラサメ。俺の刀を鍛えてくれた恩人でもある。


「しばらくじゃねえか。カンナとはうまくいってんのか? え?」


 タバコを灰皿に押し付けニヤリといたずらっぽく笑うサヤに、うっと口ごもる。彼女とカンナは同い年ということもあり、非常に仲がいい。なんでもカンナがこの世界に来たばかりからの友人だそうで、互いに冒険者と武具屋になってからも良きパートナーである。


「その顔じゃ進展はなさそーだな。ま、眼中にもねえ男にアタシの刀プレゼントするアイツの方も、なかなか罪深いけど」


 ん、と俺の腰に視線をやり、「綺麗に使ってくれてんじゃん」とつやめかしく微笑むと、サヤはカウンターを飛び越えて蛇のように俺に接近した。あれよという間に俺のうなじに両手を回し、下腹部を密着させてくる。


「だから何度も言ってんだろ。アタシにしとけって。いい加減お前の子を産ませろよ」


 この冗談なのか本気なのか全く分からない求愛を、かれこれ二ヶ月近く前から受け続けている俺は、そろそろ少し慣れたものでやんわり拘束を外した。


「白昼堂々言う台詞ですか」


「冗談だと思ってんだろ? 繊細極まる日本刀でモンスターを狩れる冒険者なんて、国に、いや世界にアンタだけだぜ。アタシは本気で惚れてんの、つべこべ言わず結婚しろや」


「いや、気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい……」


 ちぇっ、とサヤは大して悲しくもなさそうに、俺から離れてくれる。代わりにテトが近寄ってきて、俺の肩を抱いた。


「もったいねぇなあ、美人がこんなに言い寄ってくれてんのに。作ればいいじゃん子ども」


 無垢な笑顔でとんでもないことを言い出した。「はぁっ!?」と顔を真っ赤にする俺をよそに、サヤは味方を得たとばかりに歓声を上げた。


「そうだろぉ? アンタ分かってんじゃねーか。カワイイ顔してんね。シオンの友達か?」


「んー、どーかな?」


 なぜか自信なさげにこちらを振り向いてきたので、否定しにくくなってしまった。


「……アイルーから派遣されてきたウォーカーですよ。これから火山地帯へ探索に行くから、耐熱装備を二人分見繕ってほしくて」


「火山地帯ィ? なんだよ未開拓エリアか。また王からメチャクチャなクエストでこき使われてんじゃねーだろうな」


「そんなんじゃないですよ。カンナも一緒だし」


 ほほう、とサヤは目尻を下げる。「泊りがけか?」と下品な目で言いつつも、テキパキと工房に引っ込んでいって何やら売り物を物色し始めた。


 十数分後。


「こんなもんだろ」


 サヤの求めるがまま着せ替えられ、俺たちは新装備に身を包んでいた。


 炎獅子ヴァルムズの体毛とたてがみを加工した特殊な耐熱繊維製のアンダーシャツとレギンスの上に、黒いポンチョのような薄い防火衣とワイドパンツという軽装。軽いが決して燃えず、モンスターの爪や牙でも裂くには苦労するほど強靭な素材だそうだ。全身を見た感じ、機動力特化の消防隊服と言った印象である。


 テトも色違いの白で同じ装備を身に纏っていた。互いの戦闘スタイルから「なるべく軽装で」という二人の要望に応え、金属製の防具はゼロ。


「おぉ、いいね! 動きやすいし、安心感やばい。俺の雷撃でも破れなそうだし丁度いいや。これアンタが作ったのかよ? すげー腕だな」


 テトは大満足したようである。


「オーダーメイドならもっと唸るようなモン造ってやれるがな。出来合いの中じゃこれが最適の品だ」


「よく俺たちのサイズがありましたね」


 俺とテトの体格はほぼ同じ。マリアを除けば国内でも群を抜いて小柄なはずである。普通なら特注必須でもおかしくない。


「お前のこと考えながら造ってたら、そのサイズばっか大量生産しちまうんだよ。まだいくらでも在庫あるからな」


「そ……そうですか」


「靴と手袋も耐火コーティングしといてやった。お代は銀貨二十枚な、二人分」


 一人分でももう少ししそうなものだが、この店は俺やカンナ他、彼女の気に入った数名にだけ随分安い。その代わり他の客からは法外にぶんどるので、腕は確かなのにまるで客が寄り付かない。まぁ、そのおかげで贔屓にすることができている。


「帰ってきたら、すぐ刀のメンテナンスに来いよ」


 代金を手渡す際、格安の条件とばかりに手を握られ、そう約束させられた。

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