第二話 白雷-3

 少年の姿が掻き消え、真横に刺すような殺気が現れたのは次の瞬間だった。慌てて挟んだ右腕のガードに、神速の蹴りが突き刺さる。


「ぐおっ……!?」


 蹴りそのものは軽いが、速すぎる。体勢を崩した俺に、尚も身軽な連続蹴り。辛うじて捌きながらも、そのあまりのスピードに舌を巻く。まるで蹴りのマシンガンだ。


 だが――


 先読みした蹴りを弾いて相手の体勢を崩すや、軸足を払い、鞘ごと抜いた刀で上から少年を叩き伏せた。少年の背が床を打ち、激しい音が酒場を揺らす。


 やはり素人。動きが直線的すぎる。


 粉塵が舞う酒場の中央。少年の喉元を刀の鞘で押さえつけ、両手両足を組み伏せて俺は彼に馬乗りになっていた。決着だ。少年も数秒抵抗して、拘束を振りほどけないと分かるや大人しくなった。


「何者だ、お前。いっとくがウォーカーへの暴力は、公務執行妨害で捕縛案件だぞ」


 少年はその、青く煌めくビロードのような瞳で俺を数秒見つめ――ニヤリ、と笑った。


 刹那、鋭い光が眼球を貫いた。少年の体が爆竹のように弾け、俺は派手に後方へ吹き飛ばされた。


「あっ、つ……!?」


 床を転がった勢いで立ち上がり、真っ赤に火傷した両手のひらを見やる。握っていた鞘に、まるで突然火の出るような高熱と刺激が走ったようだった。痛みだけでなく、神経が痺れるような違和感も残っている。


「なんだ、今の……」


 視線を、ゆっくり立ち上がる少年の方へ向けて――絶句した。


 彼の全身から、まばゆいばかりの蒼い閃光が放たれている。ただの光ではない。バチバチと栗が爆ぜるような音を立てる、電流。


 煉術か。だが少年の髪色はナチュラル特有の赤毛ではない。それ以上に、彼の醸し出す、どこか人ならざる気配と臭気。全身の細胞が、慌ただしく騒ぎ始めた。


「お前……まさか、モンスターか」


 少年は一瞬、その目を大きく見張ると、ニヤリと悪童じみた笑みを浮かべた。


「ピンポーン。ダメだろ、モンスターは、ちゃんと殺さなきゃあ」


 少年を覆う閃光が、増幅を始めた。電流の奏でる音が壮絶さを増していく。少年は構えない。いつ来る。いつ――


 ほんのひとまたたき、少年の脚が目の前で閃いた。ガードのためようやくピクリと腕を動かした俺のがら空きの側頭部を、稲妻のような蹴りが撃ち抜く。


「ガッ……!?」


 脳が揺れ、ゴロゴロ床板を転がる。床に這いつくばりながら、ただただ言葉を失った。


 速、すぎる。有り得ない。反応が全く、間に合わない。


のろいな」


 痺れる体をどうにか起こして、頭を回す。俺の刀は少年の背後に転がっている。あれほどの高圧電流を纏っていては、素手で奴にダメージを与えるすべがない。そして、あの異次元のスピードは、俺に考える時間さえ与えてくれそうにない。


「楽しかったぜ」


 音符が飛ぶような口調でそう一言、蒼い閃光は矢の如く、真っ直ぐ俺に驀進ばくしんした。やけにゆっくり見える視界の中で、打つ手のない俺は漠然と、己の敗北と死を悟った。


 両者の間に、麗しい舞姫が割って入るその瞬間まで。


 俺の喉元に届くところだった少年の手を、横合いからカンナが鷲掴みにして止めた。あろうことか素手で掴んだその代償に、カンナの体を高圧電流が駆け巡る。


 ところが。バチバチィッ、と肉が弾けるほどの音を上げて全身に電撃を受け、美しい鳶色の髪の毛がぶわっと花びらのように逆だってもなお、カンナはいっそ「痛気持ちいい」とばかりに笑うだけ。


「はいっ、そこまでー」


 鮮やかな合気あいき投げ。カンナの腕を支点として、少年は自らの突進の勢いそのままクルリと円転し、そのまま床に叩きつけられた。


「おいたがすぎるよ、テト君」


「おぉ、カンナだ!」


 全く状況が飲み込めない俺は、カンナと、不届きにもカンナを呼び捨てにしたテトという少年を交互に見つめた。


「し、知り合いなのか、カンナ。そのモンスターと」


「まあね。もう、モンスター名乗るなんて、悪趣味だよテト君」


「先にモンスター呼ばわりしてきたのはそいつだぜ?」


 解放され、パンパンとローブを叩いて立ち上がったテトは、未だへたり込む俺に片手を差し出してきた。反射的に身構えた俺にケラケラ笑う。


「そんなにビビんなよ。こっちの国の戦士たちがどれだけやるのか、ちょっと知りたかっただけじゃん。アイサツだよ、アイサツ」


 侮るようにウィンクされ、こめかみの血管が熱くなる。


「そういうことがしたいなら、ウチには闘技場ってところがあるんだから、そこに行きなさいっ!」


「おっ、マジで、そんなとこあるんだ? 今から案内してくれよ。なぁあんた、そこでさっきの続きしようぜ」


 再び俺に視線を戻すテトの手を、俺は乱暴に払いけた。俺を自然に見下すその目も、カンナへの親しげな態度も、自分勝手な物言いも、全てが気に入らない。剣呑な目つきで睨む俺に、テトは相変わらず飄然ひょうぜんと笑う。


「なんだよ、怒ってんのか。悪かったって」


「お前……結局、何者なにもんなんだよ」


「同業者だよ、あんたと」


 ヘラヘラ笑うテトに付け足して、カンナが口を開いた。


「ごめんねシオン君、いろいろ自己中じこちゅうな人で。この人はテト君。同盟国、アイルーのギルド《青雲あおぐも》から派遣されてきた冒険者ウォーカーだよ」

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