セルシアンという男3/6
数年も立ち、セルシアンは日々精進していった。小さな依頼も、大きな依頼もコツコツと達成していく。セルシアンに助けられた者たちも多く、セルシアンには尊敬の念を持っていた。
そして、Sランク昇格試験が来る。
「疾風の蜂ってのはお前のことか?」
「は、はい!よろしくお願いします。
セルシアンは、目の前に立っている先輩冒険者に挨拶をする。
「Sランクへの昇格試験のやりかたは聞いているな?」
黒いコートを着た男、ロンドが椅子に座りながら、セルシアンを威圧するように言った。
「は、はい。Sランクへ昇格する冒険者か、そのパーティは、Sランクの依頼を達成する。それを監督官2人が見て、昇格しても良いかどうかを判断する」
「今回の依頼は?」
「エメラルドドラゴンの討伐です」
「依頼書には目を通したな?」
「はい!」
最近目覚め、悪さばかりをするエメラルドドラゴン。その討伐がセルシアンがSランクへ上るための試練だ。
監督官のジュウベエとロンドは、セルシアンがSランクに値する強さか、そして依頼を達成できそうになければ、監察官2人で確実に依頼をこなす。それが2人今回の役目だ。
軽く確認ごとをした後、エメラルドドラゴンの目撃情報があった場所へ行き、依頼を開始した。
Sランク昇格試験自体は危なかったが、倒れては突撃し、吹っ飛ばされては突撃し、なんとかクリアできた。それは、まるで戦車のようなタフさだったと、後にジュウベエは言った。
晴れてSランク、そしてドラゴンスレイヤーとなったセルシアン。
初Sランクモンスターのエメラルドドラゴンの素材を剥ぎ取り、それで新しい装備を作った。
そしてセルシアンは手紙を書く。
近々、家に帰る。と
★
「セルシアンのSランク昇格を祝して!乾杯!!」
「かんぱーい!」
「父さん、母さんありがとう」
照れ笑いをするセルシアン。
セルシアンは両親への手紙に、Sランク昇格へのことは書いていなかった。両親をびっくりさせたかったのだ。
そして、それは成功する。
その報せに驚いた両親だったが、すぐにパーティをしようと、用意をした。ささやかではあるが、久しぶりの実家で、久しぶりの両親との食事。セルシアンは昔を思い出しながら、感動をした。
★
「王都に行ってみたいな」
何気ない、父の言葉。
「もちろんいいよ。母さんも来てよ。案内するよ」
「そうねぇ。私も興味があるから。セルがどう暮らしているか、ね」
いたずらっぽく笑う母に、セルシアンは苦笑をしてしまう。
王都に向かう準備をすぐに始めた。
お金にはかなり余裕があり、道中の用心棒もSランクのセルシアンがついている。
心配事など何もないように思えた。が、悲劇は起こる。
★
「う、うわあぁぁああ!!」
王都に向かう道中、それは起こった。
セルシアン、両親。そして御者を務めてくれている人物の4人で、森の中を馬車が通る。
セルシアンの実家のある街から出て、僅か10分。あるモンスターが目の前に現れた。
「どうしました!っ!これは、ブラッドウルフの、群れ?」
50頭はくだらないブラッドウルフの群れが、馬車を取り囲んでいたのだ。それだけではない。森の中には数十ものフォレストウルフの群れ、それ以外の種類もいる。200匹以上は確実にいるはずだ。
そして馬車の目の前には、群れのリーダーだと思われる狼がいる。通常のブラッドウルフとは違い、毛並みは黒に近かった。
セルシアンはその狼に、見覚えがあった。
(まさか、あの時のっ)
数年も立ち、立派になったセルシアンのように、赤ん坊だったあのブラッドウルフのユニークも立派になったようだ。
鋭利な牙を剥き出しにし、低い声で唸っている。
「アオォォォーーーンン!!!」
ブラッドウルフが高らかに遠吠えをすると、周りの狼たちも一斉に遠吠えをし、走り出した。
セルシアンは馬車から飛び降り、細剣を構えた。
(さすがに数が多すぎる)
あの時よりも遥かに強くなったセルシアン。戦えば負けることはないだろうが、今は守るべき者が近くにいる。
「セルシアン!」
父がセルシアンの名を呼んだ。
「父さん!馬車の中に」
「狼の群れが街に向かっている!そっちを助けに行け!!」
走り出した周りの狼達はセルシアンには目をもくれず、街道を真っ直ぐに走り抜けていく。
「で、でも、父さん達が!」
「大丈夫だ!馬車の中に籠るから!!さぁ!早く行け!」
「で、でも!」
「セル!行きなさい!まずはたくさんの人を助けるのよ!私たちはその後でいいわ!」
母からも檄が飛んだ。御者も馬車の中に入り、立て籠もる気だった。
セルシアンは悩みに悩み、決心をする。
少数を守るか、多数を救うか。
セルシアンは涙をこらえ、空に飛び立った。
「父さん!母さん!!必ずすぐ戻ってくるから!!」
両親は口を固く結びながら、息子の最後の姿を目に焼き付けた。
★
それから数十分。セルシアンは街の入り口で何百頭もの狼を相手していた。途中からは街にいた冒険者数人も合流し、共に狼を退けた。
怪我人は片手で数えるほどしかおらず、街の人間達に怪我人はいなかった。
セルシアンは共に戦った冒険者達と喜びを分かち合うことなく、再び魔法で空に飛び上がる。
父と母が待っているあの場所へ一目散に飛んでいく。
だが、間に合わなかった。間に合うはずがなかった。
街に走って行ったのは、フォレストウルフやブルーウルフ、シャドウウルフといった、高くてもBランクほどの群れ。数は100匹を超えてはいたが、冒険者達でも対処はできただろう。
だが、両親のほうはどうだろうか。非戦闘員3人と、Aランクモンスターの群れが1つ。しかもその群れのリーダーはユニークモンスター。さらに1段階上の強さを持っていてもおかしくはない。
セルシアンがあの場に残れば、ギリギリではあるが、両親と御者を守り切って勝つことはできただろう。だがその代わりに、街に甚大な被害が出ることになったかもしれない。
両親はそれを考えつつも、セルシアンに街を救いに行かせたのだ。
「そ、そん、な……」
セルシアンがついた頃には、変わり果てた両親の姿があった。
御者は馬車の隅で震え、変わり果てた両親の側には、食べるわけでもなく、両親の皮膚を牙で引き剥がす黒い狼がいた。
黒い狼はセルシアンを見つけると、小さく笑った。
「よ、よくもっ……」
御者と馬には、攻撃された跡が一切ない。
ブラッドウルフはセルシアンの両親のみを狙ったようだった。
セルシアンが細剣を二本抜き、構えると、目の前の黒いブラッドウルフは短く鳴いた。すると、側にいたブラッドウルフが、黒いブラッドウルフの首筋に噛みつき、捩じ切った。
それは、一瞬の出来事だった。
セルシアンの仇であるはずの黒いブラッドウルフは、やりきったかのように、仲間のブラッドウルフに首を捩じ切らせ、命を絶ったのだ。
セルシアンは、一生両親の仇を討つことができなくなってしまった。
「アォーン!!!」
黒いブラッドウルフの首を捩じ切ったブラッドウルフが、遠吠えをする。
すると、馬車を囲んでいたブラッドウルフが、一斉に走り出した。
それはセルシアンにでも、街の方向にでもなく、ただただ背中を向け、目の前の敵から逃げたのだ。
残されるのは変わり果てた両親と、立ち尽くすセルシアン。そして群れのリーダーだ。
立ち尽くすセルシアンだったが、すぐに風を纏い、黙々とブラッドウルフを殲滅していった。
ものの数分。緑色の装備を赤く染め上げたセルシアンが馬車に戻り、御者に静かに告げた。
「……王都に向かってくれ」
セルシアンが壊れ始めたのは、その日からだった。
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