25話 夏休みが明けたから本気出すⅣ
「あれ?」
ボクは…食堂にいた筈だ。
それでクライン君のラザニアを少し分けてもらって……ダメだ。
食べた後の記憶が無い。
無いし……、
「ポストのある路地…しかも日本のだ」
どういう事だろう?
生前の地元にはこんな風景の場所は存在しないはずだ、となるとここってどこだろう?
取りあえずちょっと進んで……、
「あれ?ここってさっきの場所だ……」
戻って来た?
さっきのポストがある。
でも、まっすぐ進んだだけなのに……じゃあ、後ろ―――――、
「うわぁああああ!?」
「大丈夫ですのアルベール!」
「メ…メル?」
「メル?じゃありませんわ!どこか変なところはありますの?痛いところは?痺れていたり!」
「だ、大丈夫だよメル、どこ変な所は無いよ」
そうだった。
クライン君からうば…貰ったラザニアを一口食べたら、突然あの光景が脳裏に過ったんだった。つまり失神しかけてしまった、あのラザニアはそれくらい美味しくなかった。
舌先に触れただけで想像を絶する不快感が脳髄を襲い、吐き出すという生物が持つ防衛行動を取れないほどの速さで中枢神経に深刻な一撃を与える。猛毒か劇薬の類、そう思える程の…不味さだった。
もう不味い、その一言以外にない。
それ程の…思い出したら今更の吐き気が……。
「本当に大丈夫ですの?顔色がとても酷いですわ」
「うん、正直、嘔吐感を我慢するのに必死で、それとメルは絶対に食べたらダメだよ?味もそうだけど食器や何にまで衛生管理が行き届いてない。何故かラザニアの載っているお皿に緑色のソースが見えるからね」
「本当や!何のソースや?ジェノベーゼか?それとラザニアに緑要素はあらへんな!」
他の人の食器をちらりと見る限りだと、ちゃんと洗っていない。たぶん洗剤の一切を使わずに水に浸けてさっと拭いただけ、汚れ少しでも残っていたらやり直しなんて思考は全く働かせていない。そんな杜撰な仕事っぷりがお皿一枚一枚にありありと現れている。
見ているだけですごく腹が立つ!
だって、ボクはこれでもメイドだから!
「まあ、見ての通りの有様だ。理事長とラグサ商会が癒着し、学寮等の管理の業務委託をしたらこの様だ。おまけとばかりに料理が被っていたらどちらかが取り止めるという約定を作ったものだから」
「おかげでうちはケーキと紅茶だけ、マリーのパン屋はバケット単品しか売れないていう事態よ。あんな料理とは程遠い物しか作れない連中に負けるとか、屈辱の限りよ!」
確かに、ボクもこんな物しか作れない、こんな仕事しか出来ない人たちに形はどうあれ負けるのは、屈辱だと思う。何より一人の料理人として、一人のメイドとしてこんな現状を見過ごすことは出来ない。
それにしても約定。
そう昨日の顔合わせの後、小腹が空いたから軽食を摂ろうと思ってメニューを見ると、驚くことにフォートナムはケーキと紅茶しかメニューに載っていなかった。その日は理由を教えてくれなかったけど、理由はその約定が原因だったのか。
「それに…本当は今日の顔わせの時に自慢のバケットを焼いて持ってこようと思ったんですが、ラグサ商会に圧力をかけられてどこのパン屋も窯を貸してれなくて……」
エステルさんは一気に顔が暗くなり今にも泣きそうな表情を浮かべる。
そして嗚咽交じりの声で説明をしてくれた。
マリーのパン屋はフォートナムと同じくらいの歴史のあるパン屋で食堂の一角に専用を窯を設けて、そこで毎日焼き立てのパンを焼き特製のバケットサンドなどを作っていたのだけど、ラグサ商会が現れてから状況は一変した。
まずお互いに被っているメニューをどちらかが販売中止にするという約定が定められ、その裁定は学園側が行い、あっという間にマリーのパン屋が販売出来るのはバケット単品に。
ついで追い打ちとして毎月学園に支払っているテナント代が倍になった。
それに対して先代店主、エステルさんのお父さんが難色を示すと途端にスペースを縮められ。最終的に先祖代々で受け継いできた窯を取り壊され、最終的に食堂の隅っこで机を置いてバケットだけを売る状態まで追い詰めれてしまう。
「お父さんは先祖から受け継いできた窯を取り壊されたのが原因で塞ぎ込んで、今では痴呆に…高等部や大学部の人が買い支えをしてくれていたから何とかなってたけど、もうどこも窯を貸してくれないから……」
「商店街なんてもっと酷いわよ、強引に立ち退きをさせられて資産の多くが一方的に学園側に差し押さえられて、どこの店も移転も出来ずに看板を下ろす羽目になっているわ」
ラグサ商会。
ルッツフェーロ商会に関係するだけはある、まさに外道だ。
アーカムでもそうだったけど、とても酷いやり方で時には人の弱みに付け込んで…どうしよう久しぶりにボクは、怒ってしまいそうだ。
だって今までグリンダとレオはこんな、こんな物を口にしていたんだよね?
朝と昼と晩の三回。
それだけじゃないはずだ。
学生寮の管理運営も任されているのなら、きっとまともに管理されているとは思えない。
ああ、どうしよう。
「おやおや、どこのどなたかと思えば、隅っこのパン屋と歴史だけの喫茶店の店主方ではないですか?どうしました?」
「大番頭!何でアンタがここにいるのよ!」
ボクはきっと、ラグサ商会の責任者に会ったら、
「当然、従業員の勤務態度を監督しに。そちらは何をしに?学生ではありませんよね?すると我が商会自慢の料理に舌鼓でも?」
「はあ!?そんな訳ないでしょ!こんな物、料理とは言えない物を好き好んで!」
「おや?ではそちらの黒い髪のおじょ…いえ少年?妙に色っぽいですね…取りあえずそこの男子生徒に感想を聞いてみましょう。どうですか?当商会の自慢の料理は?」
「ええ、とても驚きました」
「そうでしょう、そうでしょう」
「こんな、料理のようなゴミを食べたのは初めてだ」
「のわっ!?」
「「「アルベール!?」」」
怒りに我を忘れるだろう。
「何、人を見ろしてるのかな?図が高いよ、ほら、屈め」
「ひぃい!?」
今更だけど、この小太りの中年男、誰?
そういえば大番頭とか言われていたっけ、頭に血が上っていて聞き逃してしまった。
ただボクを見下ろすその視線がとても腹が立ったから、僕は大番頭の胸倉をつかんで無理やり跪かせて、見下ろしながら睨みつける。
ああ、とっても腹が立つ。
何でそんなに自慢げに出来るのだろうか?ボクだったら恥ずかしくて人前にはとてもとても出れない、それくらい酷い仕事をしているというのに何でこの男は自慢げなんだろう?理解できないし、理解をしたくもない。
けど、言うべきことは言おう。
「ひぃい!?」
「悲鳴ばっかり、それ以外に言葉を知らないのかな?まあ煩いよりはいいかな、取り合ずこっちに来ようか?」
ボクはそのまま大番頭を引っ張って食堂の厨房の方へ。
人ごみを掻き分け、裏手から厨房へ入ると中は予想通りの惨状だった。
そうまさにスラム街。
不衛生と不衛生の限りが尽くされ、どこに衛生管理という概念が存在しない世紀末の如き惨状、床も壁もどこもかしこも!
「アルベール!何をしてますの!」
「ごめん、メル。ボクは補助に徹するつもりだった。メルが成すべき功績だと割り切っていた、でも考えが甘かった、この惨状を見たら考えも変わった」
うん、決めた。
ボクは怒りに任せて、大番頭を壁に向けて放り投げる。大番頭は間抜けな悲鳴を上げてから駆け寄って来た厨房の従業員の後ろに隠れ、従業員は従業員で何を思ったのそれぞれが手に持つ調理器具を武器代わりにボクへと向けて威嚇してくる。
料理人が料理をする為の調理器具を武器代わり。
彼等には誇りというものが無いのだろう。
まあ、会ったのならこんな惨状を放置できるわけは無いのだけど。
「徹底的にお前達を叩き潰してやる!!」
一人の料理人として、一人のメイドとして、ボクはこいつ等を駆逐する。
汚物は、ゴキブリは、消毒し根絶するものなのだから!
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