幕間Ⅱ 秘密倶楽部の秘密会議

 学生区にはかつてイリアンソスでも指折りの商店通りがありました。

 過去形なのはとある人物と癒着して幅を利かせるとある商会が商店通りにあった、古くからの店を次々と追い出して傘下の店に置き換えた事で、質が一気に急降下しからです。

 以前なら誰もが憧れ一度は訪れてみたいと羨望の眼差しを向けていた商店通りには文字通り閑古鳥が鳴き、今では都市が入区許可証を簡単に発行するよ!と言っても見向きもされず、一店舗だけ残る老舗の雑貨店にポツリ、ポツリと人が訪れるだけとなっていました。


 その雑貨店は『セリナの雑貨店』と言い、女性向けの小物やソルフィア王国各地の産地から取り寄せたお茶、中にはこの雑貨店の為だけに一流の職人がブレンドしたハーブティーまで取り揃える。

 まさに長い歴史と伝統を守り続ける老舗です。


 ですから夏休み直前と言えども休日には多くの女学生がここに集まっています。

 値段は少し高くても質の良い物を求めているから、他の商店通りの商店は質の悪い三流以下の粗悪品ばかり。

 ならば外へと出て生活必需品の類を手に入れようとしても迷宮のように入り組んだ街並みに、慣れた高等部の生徒ですら迷い特に不慣れな中等部下級生の生徒は警察官のお世話になる事は間違いなく。

 だから安全策としてこの『セリナの雑貨店』は頼りにされています。


 そして別の意味でも頼りにされていました。


 店の二階。

 伝統的に普段は使われていない部屋。


 初夏はとうに過ぎて本格的な夏が顔を出し、猛暑日すらあるというのにカーテンが閉め切られたその部屋に七人の女子生徒が集まっています。一つの円卓を囲うように椅子へと座りテーブルの中央には薄暗闇ではっきりとは見えませんが、本のような物が置かれていました。

 とても奇妙な光景ですがそれ以上に奇妙なのは、集まっている女子生徒全員が黒い覆面を被っている事です。

 もう一度言いますが、全員が黒覆面なのです。

 そしてこの場で一番立場が上だと思われる大学部の生徒に至っては、黒い覆面の上から眼鏡を掛けていました。

 サバトの集会。

 一瞬、その言葉が脳裏に過りそうな光景でしたがどうやらサバトではないようです。


「それでは一学期最後の会議を始めます」

「「「はい」」」


 眼鏡覆面の女子生徒がそう言うと残りの黒覆面の女子生徒が返します。

 声色はどこか品があり、とても深い教養を身に着けていそうな声色でしたがやはり黒覆面が邪魔をして、滑稽にも不気味にも奇妙にも見え、しかしこの場にいる7人はその見た目とは裏腹に真剣でした。

 

「昨日、郊外にある秘密工場より全ての製法作業は無事に終わったとの報告が届きました。表紙絵は驚くべきことに今話題の女性絵師の方が描いてくださいました」


 眼鏡覆面の女子生徒は中央に置かれていた本を手に取り、カーテンの隙間から漏れ出る陽光で照らされるように掲げます。

 大きさはB5サイズ程、文庫本くらいの厚み。

 素人の手作業なのか荒さは目立ちますが丁寧な装丁なので逆にいい味を醸し出し、そして顔である表紙には…何故なにゆえか薔薇に絡まれた男と男が抱き合う、叙情詩のような絵が描かれていました。

 

「夏季号は皆さんの努力と多くの協力を得て無事に発刊が出来ました、学園側による度重なる妨害を受けて来ましたが、もう間の無くイリアンソス各地の書店に並ぶ予定です。既に分かっている範囲で予約数は前年の三割増し、今季号は大幅な売り上げ部数の増加が期待できるはず」


 彼女達は秘密倶楽部『七人の姉妹』に所属する女子生徒です。

 円卓を囲うように座る7人の女子生徒は会員の中でも編集者と呼ばれる倶楽部の中心人物で、今日は自分達が作っている小説雑誌の打ち合わせをする為に集まっていました。

 決してサバトと言った集まりではない、とても真面目な集まりです。

 全員、黒覆面ですが……。


「予約だけで三割増し…これなら学園側に設備を押収されて、仕方が無く使っていた古い設備を一新出来ます!」

「今季号も装丁の粗さが目立っていますし、今後の事を考えればやはり設備の一新を?それとも本部の移転と集約ですか?」

「つまり編集長、今季号の売上次第では本部を壁内に戻す可能性は?」

「ありません。それと皆さん、物事は好転した時こそ転びやすく躓きやすい、決して気を緩めないように」

「「「っ!?…はい」」」

「今も秘密倶楽部掃討作戦は続いてます、不便だとは思いますが今後もイリアンソス各地に本部機能を点在させ、我々の宝である歴代会員の原稿やバックナンバーも一か所に置くのではなく、各地に分散し保管する…編集作業で多くの手間を要しますが安全策は講じ続ける必要があります」


 編集長と呼ばれた眼鏡覆面の女子生徒が口にした売り上げ増加という朗報に、集まっていた他の黒覆面の女子生徒達は浮足立ちそうになり、眼鏡覆面の女子生徒は彼女達を一喝して気を引き締め直させました。

 とても慣れた感じで日頃からそういった事をしているのか、集まっている女子生徒達の感情の起伏を機敏に感じ取り、諫めたり励ましたり助言をしたりとまさに熟練の編集長のように会議を進めていきます。


「それでは秋季号に関しては締め切りを例年通りとします。では明後日より夏休みが始まりますが、各自長期の休みだからと言って気を緩め勉学という学生の本文を疎かにせず、自己研鑽を怠らぬように」

「「「はい」」」


 眼鏡覆面の女子生徒が締めくくりの言葉を述べて会議は終わりました。

 しかしそこからがある意味では本題で、会議では大筋の倶楽部の基本方針を決めることが目的なので各自の、個別の事はここからそれぞれで相談し合います。まだ経験の浅い中等部の編集者は、自分より学園の上の先輩へ相談する。

 特にこの中で一番学年が上の大学部に在籍する眼鏡覆面の女子生徒は、幼年学校の頃から『七人の姉妹』に所属する熟達の会員で、中等部一年生の頃から編集者を任されて来た文字通りの叩き上げです。

 会議が終わるや否や、我先に相談を持ち掛けれました。


「編集長、秋季号に関する事で!」

「申し訳ありません編集長!受け持っている子がいきなり新しい登場人物を出して路線を変更したいと!」

「何やら中等部の子を中心に新作短編を書きたいと!」

「エドゥアルド×ネストルの方向を修正したいという声が幾つも!!」

「落ち着きなさい!一人ずつです!それと各自でも相談し合いなさい!!」


 あまりにも、まるで水面に落ちてピラニアに群がられる獲物のように黒覆面の女子生徒に囲まれた眼鏡覆面の女子生徒は、少し声を荒げて叱りつけましたが彼女達も担当している作家が急に新しい登場人物や、路線の変更に連載を持っているのにも関わらず新作短編や連載を始めたいと声を次々と上げているので混乱していました。

 特に経験の浅い、中等部の生徒に至っては上級生を押し退ける勢いです。


「何事ですか本当に!そも中等部の、経験の浅い作家が急な路線変更を行ってもすぐに息詰まるだけです。話し合いプロットを作らせて難航するのなら路線の変更は無し、新しい登場人物に関しても辻褄が合わなくなるのなら次回作に持ち越しをさせなさい!」

「あの…なら高等部の…最高学年のあの先輩が……」

「彼女には私から話を付けます。冬季号で最終回なのにここで新しい登場人物を出しては作品が壊れます。短編を執筆したいという方には…まずは受け持ちの作品を書き上げてからという条件を出しなさい」


 経験豊富だけあり、まるで聖徳太子のように我先にお腹を空かせた雛のように口を開けて相談事を口にする黒覆面の女子生徒達に、的確な返答を繰り出し何とか乗り切った眼鏡覆面の女子生徒は激しい頭痛に襲われました。

 それは自身が受け持っている作家達も急に、短編を書くとか新しい登場人物や路線を変更するとか言い出し、困り果てていたからです。

 理由は眼鏡覆面の女子生徒でも皆目見当がつかず、分かっているのは中等部にいる今年入学した男子生徒が関わっているという事だけでした。

 

 大学部は高等部と中等部と校舎を別にしていて時には壁の外、イリアンソス各地に点在している大学部の施設に移動して、研究や講義を受けている関係から中等部に関する話はあまり耳に入って来ないので分からないのも当然です。


「たぶん、アルベール君が原因だよね」

「そうよね、アルベール君が原因よね」

「…?誰ですか、そのアルベール君というのは?」


 ですから口々に原因はアルベール、つまりマリアローズだと口にする黒覆面の女子生徒達に眼鏡覆面の女子生徒は尋ねると、よく知る中等部の特に頻繁に目にする3年生の黒覆面の女子生徒が説明を始めました。

 

 一つ。

 黒い綺麗な髪を三つ編みにした、新雪のように白い肌の、紅玉の瞳を持ち、まだまだ幼いと言うのに蠱惑的で妖艶さも醸し出す小柄な美少年。

 二つ。

 礼儀正しく人辺りも良く、笑顔も可愛らしく。

 三つ。

 エドゥアルド殿下に好意を寄せられている可能性があり、ネストル先輩とは義兄弟の契りを結び溺愛されている。

 四つ。

 何より家事全般、荒事、勉学、何でも出来る万能少年執事。


「中等部では万能少年執事アルベール君で有名ですよ、ただまだ下男で執事ではないらしいですけど、男子生徒からも人気があって確か…」

「何ですかその美味しい題材は!?」


 説明を聞いている内に眼鏡覆面の女子生徒は興奮のあまり叫んでしました。

 何故ならマリアローズは事情を知らない者にとっては高等部を賑わせる美男子二人と密接な関係であり、何より執事でエロい顔立ちの美少年にしか見えないので、知っていても色々と題材にするには美味しい存在なので編集長という立場なら興味を持って当然です。


「写真などはありますか?」


 そう食い気味に眼鏡覆面の女子生徒が尋ねると一人の黒覆面の女子生徒が2枚の写真を取り出しました。

 一枚は図書館でクライン達に勉強を教えるマリアローズで、分からなかった所が解けるようになったクラインに喜ぶ姿を写した物で、もう一枚は逆に一人で真剣に勉強に打ち込む姿を写した物でした。

 

「これ程の逸材を今まで放置していたと言うのですか?何と…これは…その……あまり品の良い表現ではありませんが、何とも…エロい子ですね………」

「そうなんです編集長、エロイんです。すごくエロい顔立ちをしているんです、アルベール君が笑いかけるだけで男子生徒が前屈みになるって噂が出る程です」


 この後、会議は別の意味で紛糾しました。

 そしていずれこの秘密倶楽部はマリアローズ達に思わぬ形で関わって行く事になります。

 いずれは……。

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