16話 5月からの日々にⅤ
期末テストが実施される7月の上旬。
ボクはクライン君達に勉強を教えるというハンディーを背負いながらも万全の構えで期末テストに臨み、自己採点だと以前は引っ掛かっていた引っかけ問題にも惑わされずに数学は良い点数が取れたと思う。
それ以外も抜かりないからきっと、前回よりもいい結果を出せると確信していた。
過去形なのは張り出された順位表に書かれたボクの順位が今回も三位だからなのだ!やっぱりメルが一位でグリンダが二位!今回も負けてしまった…あ、でもレオは10以内に入るという目標を見事に達成して、何と8位に入っている。
今日は帰ったらレオが大好きなシカゴ風ピザ改良版を作ってあげないと!
あれから色々と本場の味を再現する為に改良を重ねてレオも太鼓判を押す味を再現する事が出来たのだ!
名前に関してはシカゴ風と言うと「シカゴって何?」となるから、深皿ピザと言う事になった、なので今日の夕食は深皿ピザ。
それと問題のクライン君達はと言うと……。
「どうだアルベール!我らソルフィア結束党少年行動隊!全員一つも落第点を取らなったぜ!!」
「うんおめでとう、だけど取らないのが普通だからね」
「ありがとうアルベール。おかげで母ちゃんに叱られずに済むよ」
「本当にアルベール君のおかげだよ、ありがとう!」
「これからは心を入れ替えてちゃんと勉強に励む!」
「ラディーチェ?!おめぇらまで!?」
無事にええと…クライン君達、何たら隊の面々は落第点を取らずに夏休みを過ごせることが確定した、ただ何時も決めポーズをしているのはクライン君だけで他の人達はボクを見つけるなり駆け寄ってお礼を言ったり、今度からは真面目に勉強すると決意を表明したりしてクライン君は一人虚しく決めポーズをしている。
「おーいクライン、いい加減に片意地張らないで素直に謝ろうぜ?俺達が悪かったんだから、こっちから謝るのが筋だろ?」
「分かってる!分かってるけどよ心の準備ってのがな……」
「心の準備ってお前さぁ…この前からずっと、何時になったら準備できんだよ?一応、お前が俺達のリーダーだから待ってるけど片意地張るなら俺達だけでやるぜ?」
「…ックソ!決めた!覚悟決めた!!」
覚悟って何の覚悟だろう?
クライン君はラディーチェ君に背中を小突かれて、恥ずかしそうに何か煮え切らない様な口振りをした後、決意を固めたという表情をしてボクの目を真っ直ぐ見つめる。そしてそこから勢いよく…。
「本当に悪かった!」
「ふえ!?」
頭を…下げた?あのクライン君が?ボクを目の敵にしていたクライン君が!?
それに後ろのラディーチェ君達も一緒に……一体どういう心境の変化があったんだろう?あれ程までにボクを敵視して、誰よりも貴族と貴族に仕える人を嫌っていたクライン君が……。
「今まで俺達はお前を、噂や人の言った事を鵜呑みにして一方的に敵視して来た。だけど…それは間違いだった!お前は誰よりも努力して今がある、あるってのに俺達は……誤って許される事じゃないのは分かってる、だけど俺は!」
「いいよ、許してあげる」
「「「!?」」」
ボクの返答が予想外だったのかクライン君達は驚愕の表情を浮かべている。
たぶん彼等は「この恨み晴らさでおくべきか!」とボクが言うと思っていたらしい。
確かに悪い噂を信じて何かして来たのは悪いことだ。
ただ勉強を教える様になって分かったのは本来の彼等の性格は、こんな曲った事を許容できない真っ直ぐな気質という事だ。
前にラディーチェ君が言っていたけど、彼等が結束主義にのめり込んでしまったのは南部一帯で問題になっている移民とまるで対策を取らない悪い政治家の所為で、結束主義は反移民・反特権階級を掲げていて、移民や悪い政治家に横暴な外戚貴族への不満からクライン君達は結束主義に傾倒してしまったのだ。
ラディーチェ君の実家の風呂屋が政治家と結託して悪質な手段で地上げを行う外戚貴族の嫌がらせと、追い打ちをかけるように現れた質の悪い移民の所為で傾き、最近は持ち直したらしいけれど一時は一家離散の危機に瀕してしまっていた。
クライン君のお父さんが経営する建築事務所もやはり移民や悪徳政治家に外戚貴族の所為で経営が悪化して、そして他の…何たら団の面々はクライン君のお父さんの経営する建築事務所の従業員の子供で同じように苦しめられた。
だから反移民・反特権階級、そして汚職撲滅を掲げる政治家達が信奉する結束主義が救世主に思えてしまい、そこに何故かウィット先生から結束主義の人達の集会に誘われてそのままイリアンソス学園への入学を決めたらしい。
その話を聞いた時、ボクははっきりと確信した。
本当の戦うべき相手を。
「良いのかよ?俺はお前を……」
「人は失敗するんだよクライン君、必ず一度は失敗して道を誤って進んでしまう。特に君みたいな真っ直ぐな人は直進してしまう、だから君がちゃんと謝ったならボクは許す。それで終わりだよ」
「だけど…俺は…お前がどれだけ努力しているのか知っちまった。俺はまったく努力してねーのにお前は…だから許されるはずなんて……」
頭が固い。
まあ基本が頑固なガキ大将だから仕方が無いのだけれど、ただ一度や二度の失敗や過ちを一生涯許されないと思うのは少々行き過ぎだと思う。
決して許されない、許せない、許せるはずの無い過ちはある。
それはもう過ちと言って済ませれない事だ。
そしてボクがされた事は噂を鵜呑みにして暴力を振るわれた。
だけどそれは間違ってると気付いて、自分がどれだけ酷い事をしたのか理解してそしてちゃんと謝罪をした。
ならもう許してもいい。
何より失敗を許容出来ない、許しの無い社会はとても息苦しい。
恨んだり憎んだりするのはとても疲れるのだ。
「どうしても自分が許せないなら、そうだね…友達になろう」
「はあ!?お前何言って―――」
「友達って喧嘩したり遊んだりするものだよね?なら問題無い」
「どういう論理だよ…いや!それでも俺が納得できねえ!!」
クライン君はそう言うと意を決した表情をして突然、親指を自分の胸に差し当てる。
「俺を殴れアルベール!俺はお前を殴った、だからお前も俺を殴れ!」
殴れって……ボクは暴力がそこまで好きじゃない。
好きじゃないけど、ここで話をはぐらかしてもクライン君は納得しないと思う。
何より自分の中で区切りをつける為にどうしても切欠が必要なのかもしれない、それなら…うん、ここはクライン君の言葉に従って殴ろう!
「やめときーや短足、首が九十度の先に曲るで?」
「いいえ、アルベールの筋力に内向魔法を加えれば180度は確実ですわ」
「素でもそれなりに力あるからなアルベールは…私の経験則から言わせてもらうと360度回転してからねじ切れる」
「魔法は使わないよ…皆はボクの事を何だと思ってるの?」
と、ボクも意を決したら思い思いの事を好き勝手に言いながらメル達が現れた。
そう言えば試験結果が張り出されたらすぐに合流する約束だった。
「まあそういうこっちゃ短足、アルベールが許してやるって言うとるんやから片意地張らずに許されとき…短足」
「誰が短足だ誰が!!」
レオはそう言いながらクライン君をからかう。
クライン君達に勉強を教える様になってから、何かとレオはクライン君を短足と言ってからかうのだ。実はクライン君のお父さんは親方さんと同じドワーフ、つまりクライン君はドワーフと亜人のハーフで若干…気にしなければ特に気にならないのだけど足が短い。
本当に意図して見なければ気にならない程度なんだけど、本人はとてもその事を気にしていてレオはそこを突っついてからかっている。
「事実やろ?んでも、うちの知り合いのドワーフの親方は割と普通やけどな?もしかしてクラインが極端に足が短いだけか?」
「普通より少し短いだけでしつこく言うんじゃねーよ、この山女!!」
「何やて!?誰が山女や!!」
ついに怒ったクライン君は禁句を口走ってしまった。
それは山女。
南部周辺で言い伝えられている山に住む大柄の女性の怪異で、分かり易く言うと山姥の事だ。
背がとても大きくて山のようで、旅人を襲って食べてしまう怖い怪異。
レオは自分が長身な事にコンプレックスは抱いてない、逆にお父さん似だと誇り思っているから山女と揶揄される事をとても嫌っている。
だけどクライン君はもっとレオを怒らせる言葉を知っていても絶対に口にしない。
どれだけ怒ってもその言葉がレオをどれだけ傷つけるか分かっているから口が裂けても言わない辺り、本来のクライン君は間違った事が許せない真っ直ぐな性格なのだと思う。
真っ直ぐだから間違った道でも直進してしまっただけなのだろう。
「事実だろ!中等部最高峰!もしくは北部にいるって言うオイダラボッチ!」
「ええ加減にせーよ!誰か巨大なる人間山脈や!!」
「そこまで言ってねーよ!…いやそれ程か……」
「ヴヴゥ゛ーー!」
あ、レオが怒りだした。
見た目は普通の亜人と変わらないけれどやっぱり獣人の血が流れているだけあって、レオは時折どこから出しているんだろう?と思わず疑問に思ってしまう、ネコ科の動物が威嚇をする時のような唸り声を上げるのだ。
本当に、一体どこからそんな声を出すんだろう?
と、そうじゃなかった。
「先にクライン君を学園最短とちょっかいを出したのはレオだよ?そんな唸り声を上げる悪い子はピザ禁止」
「えええーーー!?そんな!悪かった!うちが悪かったからそれだけ止めてーな!ちょっとした冗談なんや!せやからそれだけは止めてーな!ね?ね?」
怒ったレオを止める魔法の言葉「ピザ禁止」の効果は抜群で、さっきまでの怒りはどこかへ飛んで行き涙目でレオはボクに謝る。
だけど……レオって本当に生前は45歳まで生きたのだろうか?
確かに落ち着いた所はあるけれど基本は終始こんな感じの、元気いっぱいで人懐っこい大型のネコ科の動物の様で、猫特有の可愛さを持った女の子なのだ。
……まあ、人それぞれだよね。
「それとクライン君もレオはじゃれてるだけだから、売り言葉に対してすぐ買い言葉は駄目だよ?」
「いや、それよりもお前さっき俺のことを学園最短って、やっぱ思ってるだろ?俺のこと短足だって!思ってるだろ!?」
「煩いですわよ、
「え?もしかして俺が短足なのは全員の共通認識なのか?」
メルはボクの腕を掴むと短足が全員の共通認識だと言う事に、ショックを受けているクライン君を放置してスタスタと先に進んで行く。
ラディーチェ君達はショックを受けるクライン君を見てお腹を抱えて笑っているけれど、安心してクライン君、グリンダやレオのように足の長い人と並ばなければ別段気になる程に短くはないよ。
親方さんと同じ位だから!
ボクはメルに腕を引っ張られながら心の中でそう叫んだ。
♦♦♦♦
メルセデスに腕を引っ張られながら去っていくマリアローズを見つめながら、バーナード・クラインは不思議な気分に浸っていました。
決して許してもらおうとは思っていなかったのに、許してもらえるとは思っていなかったのに、あっさりと許されさらには友達にまでなってしまった。心の中で芽生え自らを苛んでいたマリアローズへの罪悪感は癒え、何故かとても晴れやかな気分にクラインはなっています。
そして勉強を教えてもらうようになってから、時折自分達にも見せる様になっていた心からの笑顔に、去りゆきながらも浮かべるマリアローズにクラインは心をかき乱され、思わず顔を紅潮させて見つめてしまっていました。
「おーいクライン?クライン君?クーラーイーン?」
「ん?何だよ」
「何だよ、じゃねーよやっぱお前、アルベールに惚れてんだろ?」
「馬鹿か!?男に惚れる訳ねーだろ!!」
顔を真っ赤にしてからかう視線を向けるラディーチェにクラインは声を荒げて怒鳴りましたが、それだと自らの心を隠す事は出来ず逆に露呈してしまい周囲にいる幼馴染達からも生暖かい視線を送れてしまっています。
マリアローズは事情を知らない者からしてみれば紛う事なき男です。
しかしその艶やかな母親譲りの顔立ちは異性だけでなく、同性にも好意を抱かせる魔性の魅力があるので異性に対して免疫の薄いクラインは、マリアローズの見せる心からの笑顔に惚れてしまっています。
ただし本人はその感情を好意だとは気付いていません。
こうしてマリアローズは少し奇妙な形で新たな友情を育み、夏を迎えるのでした。
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