10話 幕開ける学園生活Ⅵ

 夕食に必要な材料の買い足しを終えてボクは気合を入れて台所に立つ。

 シカゴ風ピザ、細かい歴史はさすがに分からないけどアメリカ人らしい豪快で大ボリュームにしてハイカロリーなピザだ。

 何でもかんでも多めの多め!だから生地も本場の薄生地はもちろん、アメリカの厚い生地よりもさらに厚い生地じゃないと破れてしまう、そんな分厚い生地をケーキ型に入れてそこに通常のピザとは逆の順番で具材を載せていきオーブンでじっくりと焼く。

 それがシカゴ風ピザ、深皿ピザとも言う。


 だけどボクの知っている作り方はオーブンを使わないフライパンで作るやり方だ。

 本場の味を求めているレオの期待通りとはいかない、だけど期待に応えると決めたのだからクヨクヨしてもしょうがない、さあ作るぞ!


 まずは生地作り。

 ボールに薄力粉と強力粉、砂糖、塩、そして……入念に隠してある円筒の缶をボクは取り出す。

 ふふふ…ギルガメッシュ商会に頼んで輸入して貰ったシュタインラントで発明されていた、この逸品!そうベーキングパウダー!これがあるのとないのでは料理の幅が大きく変わるのだ。

 ただこの小さな缶コーヒー程度の大きさなのに日本円にして数万円という高級品!

 なので滅多なことが無い限り使えないけど、今日は特別だから躊躇いを捨てて豪快に使うのだ、何より消耗品を消耗しないなんて本末転倒だと言っていい。

 ボールの中にベーキングパウダー、オリーブオイル、ぬるま湯を入れて混ぜ合わせてしっかりと捏ねたら生地を休ませる。


 その間に中身の具材を用意する。

 今日作るのは三種類。

 レオのリクエストでシンプルにトマトソースを使ったチーズたっぷりのベーコンピザ。

 二つ目は深皿という特徴を生かしてグラタンピザ、三つめは日本発祥の照り焼きチキンピザの三種類だ。

 まずは基本のトマトソース作りから。

 鍋にカットトマト缶を入れて液体ブイヨン、塩、砂糖、胡椒を入れて煮詰めながら酸味が強ければ砂糖を入れて味を調整し、最後にバターを加えればトマトソースの出来上がり。

 ベーコンピザには主役のベーコンを厚めに切り、グラタンと照り焼きでも使うから玉葱とマッシュルーム、それとスカムッザータチーズやその他のチーズは適度な大きさで多めにスライスしてベーコンピザの準備は終わりで次はグラタンと照り焼きの準備だ。

 

 最初に手間のかかるマヨネーズから、基本通りに後でサラダにも使うから多めに作り、次に鶏もも肉を角切りにしてバターを溶かしたフライパンで色が変わるまで焼く。

 そしてスライスした玉ねぎとマッシュルームを入れて火を弱めて玉葱がしんなりするまで炒める。

 次に別の鍋にバターを入れて溶かし、そこに小麦粉を入れて木べらで手早く焦げないように炒め牛乳を加えて泡だて器で混ぜながら塩、胡椒、それと液体ブイヨンを入れてとろみが出てきたら三分の二を炒めておいた具材の半分と混ぜ合わせればグラタンの準備は終わり。

 次は照り焼きだ。


 炒めておいた残りの具材に醤油、味醂、砂糖、そして秘蔵の東部の隠れ里から取り寄せた清酒を入れてとろみが出るまで炒めたら照り焼きは出来上がり、別のお皿に具材とタレを分けて置いたら…。


「よし、具材の準備はこれで全部終わりだ、次は生地だ!」


 寝かせた生地を三等分にして麺棒でフライパンの側面の高さまで伸ばしたらオリーブオイルを塗ったフライパンに入れて、側面の高さまで足りなかったり高すぎた時は指で伸ばしたり千切ったりして微調整。

 そして本場だったらここで長時間オーブンで焼く都合からチーズ、具材、ソースと普通のピザとは逆の順番で具材を載せて行くのだけど、オーブンを使わないから通常の順番で具材を載せていく。


 なので最初にトマトソースを生地に塗り、スライスした玉葱とマッシュルーム、ベーコンを適度に載せたら次は主役のチーズだ。

 スカムッザータチーズ、それと日本でよく食べていたチーズによく似た味の東部産チーズを豪快に、それは入れ過ぎだよ太っちゃう!ていうくらい載せたらベーコンピザの準備は終わり、次は照り焼きチキンだ。

 まず別のお皿に避けて置いた照り焼きソースを底に鶏もも肉の照り焼きを載せて、チーズを載せてさらに上からソースとマヨネーズをかける、そしてグラタンは具材と混ぜ合わせたのを入れた後、上から残りのホワイトソースをかけて照り焼きと同じようにチーズをかける。


「さあ、ここからが腕の見せ所だ!今までの経験を活かして焼き上げるぞ!」


 蓋をして弱火でニ十分から三十分、じっくりと焼きあげる。

 ただ側面の焼き具合を確認するのは容易だけど底の焼き具合は、引っ繰り返して確認する事は出来ない、だから底は側面の焼き具合と時間の経過、火の強さから予想するしかないのだ。

 生前に一度だけしか作っていないシカゴ風ピザ。

 だけど淑女の酒宴の厨房に立ってから何度もいろんな経験を積んで来たのだ。

 絶対に成功させて見せる!


「だけど今は付け合わせのサラダ、スープは…お腹が膨れそうだから今回はサラダだけにしよう」


 作るのはシンプルにコールスローサラダ。

 キャベツとニンジンは千切りにしてから塩水に浸してから水気をしっかりと取る。

 そしてマヨネーズ、ビネガー、砂糖、塩、胡椒を入れて混ぜ水気を取ったキャベツとニンジンを入れてしっかりと合えればサラダの出来上がり。


「さてとピザの様子は……」


 蓋を開けて中を確認すると…よし!良い感じにチーズがとろけてる!

 側面の焼け具合もいい感じ、これならもう火から下ろしても大丈夫だけど問題はそこの焼け具合だ、もしも真っ黒焦げだったら全てが台無しだけど……よし!良い感じの香ばしい焼き色だ。

 焼き上がったシカゴ風ピザを平らな木の大皿に移して、切り分けは……まだやめておこう、今切ってしまうとすぐに生地がふやけてしまう。

 切るのは食べる直前だ。


 テーブルの真ん中にサラダの入ったボールを置いて、その周囲に焼き上がったシカゴ風ピザを配置したら完成だ!

 シカゴ風ベーコンピザ、グラタンピザ、そして照り焼きピザの出来上がり!

 二階の談話室にいる皆を呼んで、さあ夕食だ!

 と思っていたけど二階まで焼き上がったピザの香りが届いていたみたいで、台所に切り分ける為のナイフを取りに行っている間に、レオは席に座りメルとグリンダは食堂に来ていた。


「うっはー!会いたかったで!愛しの愛しの愛しいピザ!やっぱりうちには具材を楽しむピザの方がええな、生地を楽しむんもわる―ないけど根っこがまだ少しアメリカやさかい」

「おいレオ、だからってナイフとフォークを握るな、どれだけ楽しみにしてたんだ?」

「今生の別れをした友人と再会したんと同じくらい楽しみにしとった!」

「そうか……とすまないマリア、任せっきりにしてしまった」


 そう言ってグリンダはお皿を並べるのを手伝ってくれる、メルは手際の良さに不思議そうにしながら席に座る、どうやらバウマンを追い出す前はエマ・ワトーという少女として匿ってくれていた人が経営する食堂で暮らしていた事を、メルにはまだ話していないみたいだ。

 さて、お皿とナイフとフォークの準備は終わった。

 皆席に座った。

 なら早速切り分けよう。


「それじゃあ切り分けるね」

「はいはいはーい!うちはベーコン!トマトの匂いがたまらへんベーコンで!」

「レオ!はしたないぞ!まったく……」

「では姉様、まずはレオさんからお願いしますわ」

「うん、分かった」


 さてレオはベーコンピザから、どれくらいの大きさで切ろうか?

 昼食を食べていた時はボクよりも食べていた、それこそお母さんと変わらない量を平然と平らげてみせた。

 どうやらレオさんのように獣人と亜人のハーフはとてもよく食べるらしい。

 亜人は魔力の総量の多い人は比較してよく食べる傾向があり、獣人は強靭な肉体を維持する為にとてもよく食べる、その二つの要素が合わさってレオはすごく食べる。

 ちなみにメルは比較して魔力量は多いけど小食、グリンダは割とよく食べる方でボクはグリンダの二人か三人分かな……いや決して恥じらって過少報告している訳じゃないよ!

 10歳過ぎた辺りから食べる量はだいたい平行線なんだよ!

 

 と、それよりもレオの分を切り分けないと、とりあず四分の一くらいの大きさで切ろう。レオの取り皿にベーコンピザを載せると次はグリンダのお皿に照り焼きピザを、メルのお皿にはグラタンピザを、ボクのはやっぱりシンプルにベーコンピザを!


「ほならまずはガッツリと……美味い!トマトの甘味と酸味にチーズの濃厚な味が加わって口ん中が幸せや!それにベーコンの塩味が良い塩梅に味を引き締めてくれるから、止まらへん!フォークが止まらへん!!」

「ありがとう…でも良かった、レオの期待に応えられたみたいだ」

「応えるどころやあらへん!もう幸せや!幸せの波状攻撃!寮の飯に痛めつけられたうちの舌が幸せ過ぎて天に召されそうや!」


 そう言ってボクが作ったシカゴ風ピザをレオは満面の笑みで食べ進め、けっこうな大きさだったのにあっと言う間にベーコンピザを食べ終えて、今度は照り焼きピザを食べ始める。

 

「やっぱりマリアの作る料理は絶品だ…お母様も味の再現に今も苦心しているよ」

「お母様?グリンダのお母さんは……」

「あっ!そうだった言うのを忘れていた、というよりもどこかの誰かが、しっかりしてしいそうな顔している癖に恐ろしく抜けている誰かさんが無事だって言わなかったら伝え忘れていた」

「ふえ!?しっ仕方ないじゃないか!色々とその…込み入った事情があって伝えられなかったんだ」


 意地悪な顔を浮かべながらグリンダにボクは抗議の視線を送るけど、やっぱり意地悪な笑顔でこっちを見て来る、そりゃあ無事だった事を伝えていなかったボクが悪いけど下手に手紙を送ったら、グリンダ達まで巻き込むかもしれなかったら送れなかったんだ!

 悪いのは全て街道警邏とバウマンなのだ!


「それでお母様って…もしかしてアッシュさん再婚したの?」

「ああ、私の母親役を買って出てくれていたエミリーさんと再婚したんだ」

「そうだったんだ、ええと…おめでとう」

「ありがとう、マリア」


 警邏官のお兄さんとエミリーさん、確かエミリーさんは淑女の酒宴をメイド長さんから受け継いでいた筈だ、となるとグリンダは今も食堂のお手伝いをしているんだろうか?

 今も変わらない手際の良さだったし。


「それにしてもグリンダは変わったね、まあ主に見た目だけど、前はもっとガキ大将!ていう感じだったよね」

「そういうマリアは喋り方がだいぶ柔らかくなったな、前はもっと堅苦しかったのに」

「そうだったんですの?私と出会った頃にはもうこういう感じで、、どんな感じだったんですの?」

「まあ前だったら…変わったねじゃなくて変わりましたねかな、とにかくですます口調だった」


 そうだったんだろうか?特に意識はしていなかったけど……やっぱりそこまで堅くはなったと思うよ?

 たぶんだけど……。


「なあなあ話してるとこ悪いんやけど、もうすこーしだけ食べてもええか?グラタンは癖にある味やし照り焼きはオキナワに居る頃に何度もジエイタイの人らに分けてもらったあの味で懐かしいし、ええか?」

「そうだな、私はだいぶお腹が膨らんだけど二人は?」

「私はもうお腹いっぱいですわ、姉様はまだ食べれそうですが」

「ボクはもう少しだけ食べるかな、だから食べても問題無いよ」

「そうか!ほな!」


 すごい食欲だ、もう既に丸々一枚分以上を食べているのにまだ食べられるなんて、レオの食欲はお母さん以上かもしれない…いやお母さんも食べる量が娘のボクからしても尋常じゃないからまだレオの方が負けている、かな?

 それと何かさっき妙な事を言っていたような?

 ジエイタイって…それに前世の話をしていた時にIEDって言っていたけどあれって何だったっけ?確か前世のニュースで聞いた事がるけど、駄目だ思い出せない。

 だけどレオって一体何者だったんだろう?

 話しぶりから軍人っぽい感じだけど…まあいいか些末な事だ。

 何よりこんなにも拙いボクのシカゴ風ピザを美味しいと言ってくれるのだから。



♦♦♦♦


 

 夕食を食べた終えてボクは三人がお風呂に入っている間にベッドの用意を……と思っていたんだけど予想以上に三階の空き部屋は埃だらけで、とてもお風呂に入っている間に軽く終わらせれそうになかった。

 思えばこっちに来てから使用人はボクだけで、メル一人のお世話と言っても慣れない環境での家事掃除洗濯に手一杯で三階の部屋の掃除まで手が回っせなかったのだ。

 どうしようかと思っていたらレオの提案で小柄なボクとメル、背の高いグリンダとレオをそれぞれ二人一組に分けて、一つのベッドで眠る事になりボクはグリンダと一緒に寝る事になった。


 その後は談話室の壁掛け時計が深夜を告げるまで色んな事を、アーカムを発ってからシャトノワに行きつくまでの事、メルとの出会いにボクが執事道も習い始めた事やグリンダのお父さんのアッシュさんが再婚した経緯、レオの事や何でも本当に色んな沢山の事で会話に花を咲かせ、いい加減に寝なさいと壁掛け時計のカッコウが騒ぎ出すまで続けてしまった。

 だからさっきまでの余韻がまだ残っていてボクは珍しく眠気に襲われていない。

 普段ならもう眠くて眠くて、気を抜いたら立ったまま眠ってしまいそうになるのに今日は目が冴えてまだまだ起きていたい気分なのだ。

 とは言っても生活のリズムをそんな安直に崩す訳にはいかないから、ボクは入り口にある天上の照明の魔道具を止めるボタンに手を触れる。


「グリンダ、それじゃあ明かりを消すけど大丈夫?」

「ああ…いやちょっと待って欲しい、少し用事を思い出した」


 用事って何?と聞こうとして振り向くと、立ち上がってグリンダは近寄って来ていた。

 グリンダはそっとボクの顔に両手で触れてとても安堵した表情になる。

 そこでボクはグリンダと別れた時の、グリンダが最後に観たボクの姿を思い出す。

 顔の左側に重い火傷を負い包帯で覆っていた、とても痛々しい姿だった。


「良かった、綺麗に治ってる」

「うん、綺麗に跡も残らず治ったよ、グリンダは?」

「私もだ……」


 グリンダはそう言ってあの日、火傷を負った腕をボクに見えるように上げる。

 綺麗に傷一つ…ちょっと擦り傷はあるけど火傷の跡の無い綺麗な肌がそこにあった。

 ボクはグリンダと改めて再会を喜び合いながら、静かに眠気に身を任せる。

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