2話 初々しい季節Ⅱ
日々は忙しなく過ぎて行き、気が付けばシャトノワ領を発つ日となった。
領都オージェの駅にはメルとボクを見送る為に旦那様とシャーリーさん、そしてお母さんとロバートさんが来ている。
他の皆は色々と仕事が立て込んでいて見送りには来れなかった。
実の所、ヴィクトワール家はとてもとても大きく成長した。
ギルガメッシュ商会と提携して色んな商品を開発して売り出し大ヒット、それによって得た資金を元手に色んな分野へ投資してシャトノワ領の発展に大きく貢献し、回り回ってヴィクトワール家の利益として戻って来て、その利益を財政の関係から後回しになっている事への支援に回してを繰り返し、今ではシャトノワ領が誇る名家に返り咲いた
だけど当然、そうなると色んな仕事が舞い込んで来る。
その一つがジュラ公爵の依頼で小規模の職業訓練学校の開校だった。
ヴィクトワール家に仕えるメイドはボクを除くとメイド道の有段者、中でもメイド長さんとアグネスさんは超一流のメイドで教育者、シャリーさんも教育者として有能で、だから女性への職業支援事情を依頼され、今日も皆は講師として走り回っているのだ。
「それでは行ってきますわお父様、お母様」
「ああ、体に気を付けるんだよメル」
「嫌な事をされたら遠慮せず、家の事なんて気にせずやり返すのよ!」
「はい!」
「シャーリー、メルに変な事を教えない」
メルは興奮を抑えながら、シャーリーさんは寂しそうにだけど嬉しそうに、そして旦那様は誇らしげな表情を浮かべながら抱き締め合う。
ボクはそんな三人をお母さんと一緒に微笑ましく見守る。
家族仲が良いのは良い事だ。
「それじゃあマリア、体に気を付けて興奮して暴走しないように気を付けるのよ」
「はいお母さん、でもボクはこれでも以前と比べてずっと落ち着いたからもうあん――――」
「そう言う割には米と再会した時は俵に抱き着いて大変でしたが?」
「うっ!?」
はい。
正直に言います。
まだ普通に興奮したら暴走してしまいます。
清酒と再会した時は嬉しさのあまりお酒の瓶を抱き締めながら眠りました。
「ではマリアさん、もしもお嬢様に手を出す者がいれば」
「はい、しっかりと証拠を残さず一切の悲鳴を上げさせず迅速に秘密裏に処理します!」
「よろしい」
「よろしくないですよロバートさん、私の娘に何教えているんですか?」
「はっはっは冗談ですよ冗談、そんな事を教えてませんよ」
教えてもらってるよ?
と喉元まで出て来ていた言葉をボクは飲み込んで凄みのある笑顔を浮かべ、ロバートさんににじり寄るお母さんに抱き着く。
夏休みまでお母さんと離れて暮らす。
今までそんなに長くお母さんから離れた事が殆ど無かったから少し寂しくて心細い、だけどお姉ちゃんとしてしっかりとメルを守らないといけない、何よりイリアンソス学園は大切な友達がいる。
だから笑顔で旅立って、笑顔で会うんだ。
「行ってきますお母さん!」
「行ってらっしゃいマリア、体に気を付けるのよ」
「姉様、さあ行きましょう」
「うん、行こうメル」
ボクはメルの手を握り列車へとゆっくりと向かう。
何故ゆっくりなのかと言うと……。
「おーい!メル!アルベール君!」
「レティシアさん!?それに皆さんまで!」
メルが恥ずかしがってクラスメイトの皆に内緒にしていたイリアンソスへ出発する日を、ボクが前もって皆に教えていたのだ。
ただサプライズの為にボクが合図するまで近くで隠れていて欲しいとお願いをしていたから、今の今までメルは気付かず旦那様やシャーリーさんは気付いて微笑ましそうしている。
「薄情だなメル!俺達に内緒なんて」
「クラスメイトだったんだから、見送りぐらいさせてよ!」
「よっ!出世頭!あっちでも頑張れよ!」
「皆さん……」
あの事件以来、シャトノワ領はとても混乱し学校の再開が遅れに遅れて再開されたら間もなく卒業と慌ただしく日々が過ぎて行き、皆とちゃんと話す機会に恵まれなかった。
なのでお姉ちゃんとして色々と裏で手を回しました。
「はいメル」
「レティシアさん、これは?」
皆を代表してレティシアさんがメルに手渡したのは、メルを応援し激励する言葉がかかれた色紙だった。
クラスメイト一人一人がメルを思って書いた言葉。
メルはそれを見て思わず涙ぐむ。
そして笑顔で皆に言う。
「行ってきますわ!」
汽笛が鳴る。
何時でも走り出せると力強い声を駅のホームに響かせる。
さあ旅立ちの日だ。
目指すは学園都市イリアンソス、向かうは王立イリアンソス学園!
「ねえねえアルベール君」
「何、レティシアさん?」
さあ旅立とうとした瞬間、レティアさんはボクに近付きメルに聞こえないようにボクに首を刺すように囁く。
「抜け駆けしないでね?」
「大丈夫、しないしそういう感情はないから」
メルは誤解しているけれど、レティシアさんが好意を寄せているのはボクじゃなくてメルの方、ボクとメルが恋人関係じゃないか?とメルに尋ねてしまい誤解を与えてしまったみたいだけど、レティシアさんはヴァレリーから助けてもらったあの日からずっとメルに好意を寄せているのだ。
そしてボクはレティアさんからライバル認定を受けている。
一応ボクは女の子……レティシアさんも女の子だ。
まあ恋の形は色々と言う事で、改めて!旅立ちだ!!
♦♦♦♦
「ここだ、メルちょっと待って」
まずは室内の安全確認。
ボクが今いるのは一等車にある個室の前、扉をゆっくりと開けて内部を確認する。
何故ボクがこんな事をしているのか?
メルはヴィクトワール家の一人娘だからだ。
大富豪として知られているから、当然だけど悪い人に狙われる可能性がある。
そして護衛は一人だけ、それも同い年の少年が一人。
狙う人は狙って来る、ただしボクが普通の少年だったらの話だけど。
これでもボクは身長さえ伸びれば従僕への昇進間違いなしの下男なのだ。
料理洗濯家事一般、さらに事務処理から時には荒事までロバートさんの足元の影にも及ばないけど、並みの男性使用人よりもずっと有能なつもりだ。
人攫いなんて一息の内に撃退して見せる!
とそれよりも安全確認だ。
……うん、誰もいないし何も仕掛けられていない。
「入っても大丈夫だよ」
「ええ…これは、豪華ですわ!噂に聞く急行列車はいか程物なのか?気になっていましたが、これは想像以上ですの!」
「うん、凄い…成程、この扉の中には洗面台があるのか……狭い空間を有効に使っているんだね」
「確か夕食後は乗務員が客室を寝室に変身させるそうですわ、二段ベッドで…姉様は上と下どっちがいいですの?」
「そうだね……ボクは何かあった時の為に下で寝るよ」
「では
メルはそう言いながら興奮を抑えられず、ソファーに座ってもキョロキョロと車窓から外を見たり、切符を確認しに来た車掌さんに鼻息荒く切符を見せたり大興奮だ。
そう言えばメルは今までシャトノワ領の外に出るのも、列車に乗るのも初めてだったっけ、なら興奮するのは当たり前なのかもしれない。
ボクもそうだった。
メルは今も興奮冷めやらぬのかソファーに座りながらウズウズとしている。
さてと興奮して車掌さんを質問攻めにしないように、イリアンソスに着いてからの予定を確認しておこう。
「
「うん、それで入学三日前、つまり明日の午前中にヴェッキオ寮に荷物を運び入れる。たぶん荷解きで半日は使うから不足分の確認は夕方くらいになると思う。買い出しは翌朝になると思うから、明日の昼食と夕食は外食になると思う」
「他には…特にありませんわね。では一通りの予定も決まりましたし、姉様!冒険と行きますわよ!」
「メル……良いけど絶対にボクから離れないでね?」
「分かっていますわ!」
メルは立ち上がり心と同じように足を弾ませ、ボクは客室の扉の鍵を閉めてメルと一緒に車内を冒険する。
ボクとメルが乗っている列車は一種の豪華列車に分類されていて、何というか…オリエント急行のように東部と中部を繋ぐ急行列車で、オージェ駅からイリアンソスを繋ぐ。
内装は煌びやかで列車の客車の中とは思えない、足元から感じる振動が無ければ、ここは貴族の館だと勘違いしそうな作りをしている。
他にも食堂車や展望車、さらにはバーのある車両もあってそこでは決まった時間に演奏会が開かれるのだ!
「何時か
「そうだね、楽しみだ」
バーのカウンターに座りながら、ボクは牛乳をメルはコーヒーと砂糖を混ぜたつまりコーヒー牛乳を飲み気分に浸る。
こういう場所でカクテルとか作って出せたら、とてもカッコいいだろうな……じゃなかったメルと一緒にお客としてお酒を飲むんだった。
大人が座る背の高いバーカウンターの椅子に座りながら、ボクとメルは列車の旅を満喫する。
♦♦♦♦
「姉様…ぐへへ~……」
「どんな夢を見ているんだろう?」
夕食を食べ終え、部屋に戻ると既にベッドメイキングが終わっていた。
食堂車に行く前は普通の客室だったのが戻ると寝室に大変身、ボクもメルも驚きで興奮して二人で上に上ったり、下のベッドに入ったりどうやって設置したんだろう?と調べてみたりして気が付けばメルは疲れてボクの膝を枕に眠ってしまった。
今は静かに寝言を呟きながら眠っている。
初めての列車の旅で慣れない長距離の移動で疲れていたみたいだ。
これだと起こすのは可哀想だ。
イリアンソスに着いたら休む暇も無く色んな準備をしないといけない、疲れが溜まらないようにお姉ちゃんであるボクが体調をしっかりと見てあげないと!とは言ったものの列車の狭いベッドを二人で使うのは無理がある。
確かにボクは小柄でメルも小柄、二人一緒に眠れない訳じゃないけど、下手に寝返りをうったら鳩尾、アッパー、ラリアット……。
「ふひっひひひ……姉様……」
寝顔は可愛いんだけど…どんな夢を見てるんだろう?
さっきからメルはニヤニヤと笑いながら奇妙な笑い声を発してる。
起こすべきだろうか?
いや、二人で一緒に寝よう。
その方がボクは安心だ、何かあればすぐに動けるしメルを守れる。
ボクはメルの頭を枕に載せて壁の方に体を寄せると、開いたスペースに入る。
するとすぐにメルは抱き着いてきて、ボクは抱き締め返す。
列車は規則正しく揺れる。
まるで揺り籠のように。
明日から多忙な日々が待っている、しっかりとそれに備えて英気を養わいと!
そう決意を固めたボクは薄らいで行く意識を抵抗せず、素直に手放した。
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