1話 初々しい季節Ⅰ
拝啓、ボクのかけがえのない友人アレックス・ベイツとグリンダ・ウォルド=エマーソンへ。
無事、イリアンソス学園への入学が決まりました。
ちゃんと約束を守ったよ。
だけどルシオ・マリアローズとしてじゃなく、アルベール・トマと言うヴィクトワール家に仕える下男として、イリアンソス学園に通う事になってしまった。
今もボクは指名手配犯のまま、変装をせずに出歩く事は出来ないけれど幸せに暮らしているよ。
とても大切な人達の愛に囲まれて、それと妹も出来た。
メルセデスっていうとても可愛いボクの自慢の妹だ。
それとアストルフォも元気にしている、ただちょっと大きくなり過ぎてボクの部屋では狭くなってしまい、だから裏手にある古いサンルームを改修してアストルフォ専用の部屋を作ったんだ。
とても広くて晴れた日はとてもポカポカして、よく一緒にお昼寝をしてる。
本当に色んな事があった。
悲しく辛い事もあったけどそれ以上に嬉しい事がいっぱいあった。
とても幸せな事が沢山あった。
だからボクは。
二人に伝えたい事がいっぱいある。
二人に教えてあげたい事がいっぱいある。
二人に知って欲しい事がいっぱいある。
二人と沢山話したい事で溢れてる。
だからとても楽しみにしています。
二人に会える日をボクはカレンダーを見て、イリアンソスに入学するその日を夢見て心待ちにしています。
信愛を篭めて、二人の友人のマリアローズより。
♦♦♦♦
ボクは二枚の便箋を封筒の中に入れる。
イリアンソス学園への入学が決まりその喜びを手紙に書いてみたのだけど、これを郵便やさんに渡す、そんな事をしたら面倒な街道警邏がシャトノワ領に入って来る口実を与えるかもしれない。
なので手紙を送る事は出来ないのだ。
書いてから気が付いた。
それとグリンダの住所はセイラム領…今は確かリューベーク試験州セイラム市アーカムにある、市役所宛に出せば届く筈だけどアレックスの住所は……今も分からないままだ。
司祭様にボクが無事である事を伝えて欲しいと何度かお願いしたけど、今もアレックスがどこに住んでいるのか分からない。
王都に住んでいる事は確かな筈だけど……まあイリアンソス学園に通っている筈だから二人にはその時に渡せばいい。
ボクがそう結論付けると同時に部屋の扉を叩く音が響き勢いよくメルが扉を開いて、中へと入って来た。
「姉様!見てくださいまし!これがイリアンソス学園の制服ですわ!士官服を基にデザインされただけあって、とてもとても!とても素敵ですの!」
そう言ってメルはボクに自分一人の力で着替えたイリアンソス学園の女子生徒の制服を自慢げに披露する。
イリアンソス学園の士官科の生徒が着る制服を基にデザインされた女子用の学生服、白を基調としてソルフィア王国の象徴である太陽を現す金と月を表す銀の糸で刺繍が施されたブレザー、ブラウスとブレザーと同じ配色の長めのスカートと男女共に共通の王立学園の証である王家の紋章と国章が描かれたネクタイ。
まだまだ制服を着ているというより着られているという感じで、初々しくとても可愛らしい。
それと腰を越えていた縦巻きロールは学園側から短くするように通達が来て、メルはどこか嬉しそうにシャーリーさんは憤慨しながら腰の辺りまで短くしたから、バランスが取れて以前のようにどっちが本体?なんて言われるような状態ではなくなった。
「うん、とても似合ってる。可愛いよメル」
「そういう姉様もとても似合っていますわ。まるで歌劇に出て来る俳優の様で、ますますベティーさんに似てきましたの」
ちなみにボクが着ているの男子の制服だ。
ただ……うん、認めよう。
身長、あまり伸びてない。
いや確かに伸びた。
絶対に伸びた!
前は頭一つ分メルより低かったけど、今は頭半分とちょっと程度に縮まったのだ!きっとそうだ!!
ちなみにメルは同年代の中では比較的小柄、つまり……いや!ボクはまだ諦めていない!だってまだ12歳で今年で13歳、つまりまだまだ成長期の真っ最中なのだ!きっと大きく伸びる筈なのだ!
「あとメルこっちに来て、ネクタイを結び直すから」
「そうですの?教えられた通りに結べた筈だと思いますわ」
「結び方は間違ってないよ、しっかりと出来てる。けど今日は写真を撮るから少しだけボリューム感を出す結び方をしないと」
ボクは手馴れた手つきでメルのネクタイを結び直す。
ロバートさん直伝、ボリューム感のある結び方の一つセミウインザーノット。
結び目が程良い大きさの三角になる結び方だ。
「それじゃあ行こうかメル」
「はい姉様!」
着替え終わったボクとメルはダンスホールへと向かう。
そこで旦那様とシャーリーさん、そしてお母さんや皆が待っていて記念の家族写真を取る事になっている。
入学日の三日前つまり今月の終わり頃に学園都市イリアンソスに行く事になっていて、ソルフィア王国は入学式を大々的にする風習は無いから、その代わりにこういった家族で集合して絵や写真を残す伝統がある。
本当だったらもう少し早く撮る予定だったんだけど、肝心の制服が中々出来上がらず届いたのが昨日だった。
なので今日記念撮影をする。
「姉様早く早く!皆が待っていますわ!」
「ふえ!?そんなに強く引っ張らないでメル!」
歩幅が!ボクとメルの体格差から来る歩幅の違いが!
あっ足がもつれそう!
半ばメルに引き摺られるようにしながら、ボクはダンスホールに到着する。
皆の準備は終わっていて、ボクとメルが座る椅子を中心にお父さんやシャーリーさんとお母さん、メイド長さんやロバートさん達が何時でも写真を撮れる体制で待っていた。
写真を撮ってくれるのはアンリさんだ。
「二人共、準備は大丈夫かい?」
「はい旦那様」
「大丈夫ですわお父様」
「それじゃあ二人共座って座って」
「お嬢様はこちらに、マリアはお母さんの隣よ」
シャーリーさんに促されてボクとメルは中央の椅子に座る。
左右にはお母さんとシャーリーさん、後には旦那さんが立ちその周りをロバートさんやメイド長さんが並ぶ。
ああ、ボクは今とても幸せだ。
この世界に生まれ変わってからずっと夢にまで見た、夢の中で想像するしかなかった光景の一員としてその場所にいる。
「それじゃあ撮るよ…って兄さん固い!それとロバートさんはいい加減に泣き止んでください」
「いえ…孫娘のように思っていたお嬢様とマリアさんがご立派に成長されたのが嬉しくて……」
「もういいや…あと兄さん笑顔!それじゃあ撮るよ?はい笑って!」
皆が合図に合わせて笑顔になった瞬間を見計らってアンリさんはシャッターを切る。
そしてフィルムを巻いてもう数枚。
写真を撮り終えたアンリさんは写真機を納めながら旦那様に写真が出来上がる日を伝えて、撮影の料金であるリーリエさん特製の焼き菓子を片手に帰って行き皆も仕事へ戻って行く。
さてボクもすぐに着替えてお仕事に戻らないと。
期日までに必要な物をリストアップしないといけない。
実はボクとメルは学生寮に入る事が出来ないのだ。
理由は二つ。
一つはボクの正体を隠す為。
二つ目は学園の新しい方針で一定以上の爵位と経済力を持つ家は学生寮に入らず、借家などを借りてそこから通学する事になっている。
今ではシャトノワ領随一の名家に返り咲いたヴィクトワール家は当然入寮お断り。
ただそれが急遽決まり、通達自体も届いたのが先月。
そこから物件探しで大慌て、ただ運よく小規模な富裕層の学生向けに営業する予定だった学生寮が、学園側の方針転換で営業許可が下りずに売りに出されそれを聞きつけたアンリさんの紹介でヴィクトワール家がその物件を買い上げボクとメルが住む事になった。
先方も社員寮を改築したりして投資をした後の通達で困っていたらしく、旦那様が言い値にさらに上乗せで購入を希望したから大喜び、なので最新の設備の大半を譲渡してくれるらしく一から買い揃える手間が省けて大助かり。
それとアンリさんが言うには最新の厨房設備が揃っているらしい。
ちょっと、いやすごく楽しみだ!
ボクはそう思いながら筆を走らせる。
ボクとメルの二人だけだからそこまで荷物は必要ない。
ただ……ボクの食べる量が年々増加しているから各種トマト缶業務用だけでもそれなりの量に、そうだったそうだったあと夢にまで見た清酒!ジュラ公爵の紹介で購入する事が出来たんだ。
あとお米!
南部にも米食文化があるのは分かっていたけど食べられているのは細長い、パエリア向きのお米で元日本人としては何か違う、という感覚があり満足するどころかより一層懐かしい味への欲求が高まっていた。
そんな所に隠れ里産のお米!
味わいは粘り気があってどこかあきたこまちに似ていて、だけど強い甘味が癖になる美味しいお米だった。
なのでお米もそれなりの量……だけどメインは保存のきく缶詰や乾燥物。
あと必須調味料に親方さんに頼んで作ってもらった調理器具の数々。
メルの髪のお手入れに必要な洗髪剤、前より短くはなったけどそれでも量はとても多いから在庫は余裕を持って、他にはもまだまだあるけれどこっちはアグネスさんとお母さんの仕事だ。
持って行く私服や小物、化粧品はボクの担当外だから取りあえずはボクの仕事は終わりかな。
ボクは書き上がた書類の束を持ってロバートさんの所へ向かう。
この後は汽車の予約に当日、荷物の運び入れの依頼に学園側に『学生寮?違いますよ、ヴィクトワール家の個人資産です』という書類の提出、まだまだやる事がいっぱいだ!
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