30話 マリアローズ8歳の決意Ⅲ【レオニダス・デュキカス】
「司祭様?」
突然だった。
話を切り出したら何の前触れも無く、司祭様は声を荒げてボクの言葉を遮った。
これ以上関わるなって…どういう事だろう?
「いいか、君はここで、シャトノワ領で平穏に暮らすんだ!何があってもこれ以上外神委員会に関わるんじゃない!」
「司祭様……ボクは…ボクは立ち向かいます」
「駄目だ!奴等は君が思う程度の小さな組織ではないんだ、立ち向かえば必ず死が待っている…ディーノもマリアンナさんも奴等に殺されたんだ」
「それでも…ボクが今まで歩んで来た道に必ず影が見え隠れしていました。この先、もっと直接的に関わって来るんじゃないか?そんな気がしてならないんです、だからボクは大切な人達を守る為に、目を背けず立ち向かう覚悟を決めました」
司祭様の目を真っ直ぐ見て決意を述べると、司祭様は悲しそうなな表情で俯く。
この人は何時も、何と言うか最後まで格好付かない人だけど決して無責任な人ではなかった。自分の果たすべき役割に忠実で生真面目で、色々と思う事や言いたい事はあるけどこの世界に生まれて来てからずっとボクを見守って来てくれた人なのだ。
今のボクには司祭様の気持ちを察する事は出来ないけど、きっと純粋にボクの身を案じて反対してくれているのだと思う。
それでもボクには覚悟がある。
何より心の中で何かが、誰かが叫んでいる。
「マリアさんの覚悟は揺るぎませんよ」
「ロバート、だが……」
「ディーノとマリアンナの孫娘ですよ?言ってきくようなら誰も苦労はしません」
ロバートさんはそう言って呆れたように肩をすくめて、司祭様も諦めたのか静かにボクを真っすぐ見据える。まだ納得はしていないという顔だけど、一応は分かってくれたみたいだ。
なら聞かないといけない事がある。
あの日、街道警邏が使っていた車と機関銃について聞かないといけない。
「君の聞きたい事は分かる、外神委員会だろ?」
「はい、王都でボクを襲撃した車、あれはボクがいた世界の車に似たエンジン音でした。それにあの機関銃…間違いなくボクがいた世界に由来する、それはつまり…」
「ああ、外神委員会が関わっている。あの機関銃を幾つかの機関が調査した、結果は…これ以上ない程に完成された物だと、まるで長い年月に渡って運用され洗練し尽くされたようだとな……」
「車に関しては?」
「君の考え通り蒸気エンジンではない」
なら間違いない。
ボクは兵器に関して殆ど知らないけどテレビ番組で自衛隊やアメリカ軍が特集された時に、半世紀以上に渡って改良を加えられながら運用されていると紹介されていた。これでも元は男だからちょっとだけ、そういうのに浪漫を感じていて覚えている。
つまり街道警邏は外神委員会と繋がっている。
それなら南部で起こっている異常な事態の説明がつく。
今、ソルフィア王国は大改革の真っ最中だ。
治安維持を担う組織も古い体制からの脱却の為に、街道警邏と言った不必要な組織の解体が行われている、だけど南部一帯ではそれに反発して街道警邏を独自の治安維持組織に位置付けて存続が計られている。
中央政府と対立してまで悪名高い街道警邏を存続させる必要はあるのか?慢性的に南部は経済格差が問題になっていて、中央政府の推し進める政策に反発してその流れに乗れなくなるのは致命的な筈だ。
つまり街道警邏が解体されたら困る領主や政治家が多いという事だ。
汚職か、それともまったく別の犯罪行為か。
少なくともオルメタの撲滅に中央が関与するのを嫌がる南部の領主や政治家が多く、そういった人達は街道警邏を支持していて、その街道警邏は外神委員会と何らかの繋がりがある。
全ては憶測で疑いだ。
ボクの考え過ぎ、誇大妄想かもしれない。
そう思っていたけど司祭様の言葉でボクの思い違いではなかったと確信を持つことが出来た、外神委員会の根はボクが想像していたよりも遥かに、という言葉よりもずっと大きく根深かったのだ。
「蒸気エンジンではない?ですがあの大爆発は間違いなく爆弾石の特徴でしたが…」
「廃灼石だ、まったくマリア、爆弾石ではなく廃灼石が正式な呼び名だ。でだあの車のエンジンだが奇妙な事に、液化した廃灼石を燃やして動いていたそうだ、マリアは何か知っているか?」
液化した…廃灼石、つまりガソリンだろうか?
なら答えは簡単だ。
小学生の頃に広島にある自動車メーカーへ社会見学に行った時、車のエンジンについて大まかに教わった。
ボクは記憶の中にある二つのエンジンを思い出す。
一つはガソリンを燃やして動かすエンジンと、もう一つはロータリーエンジン、メモ帳を取り出して覚えている限り図面として書き起こして司祭様とロバートさんに見せる。
「ふむ…成程…これは……何ともまあ、確かにマリアさんがいた世界に由来していますね」
「陸軍の技術部が作った図面と一致する部分が多いな、とすると最早疑う余地は無いのだな」
車に関して専門的な知識のあるロバートさんは二つのエンジンの図面を見て、即座に理解し司祭様は理解は出来ないけど調査した結果と一致していたのか、何かを確信したみたいだ。
ボクの車に関する知識は社会見学に行った時の思い出だからはっきりとは覚えていないけど、吸入し圧縮して燃焼・膨張させて排気する。
これをシリンダー内で繰り返す事で車は動いている…だったと思う。
車好きの人や専門家の人からは「違う!」と指摘されそうだけど、生前のそれも小学生の頃の思い出だから詳細は覚えていない、何よりこれ以上先は専門家の仕事でボクがするべき仕事は終わっている。
あと残すのは機関銃だけど…はっきりと言って名前と形以外に知っている事は?と聞かれたら答えに窮してしまう、だってどうやって使われているとか全く知らないのだ。
あくまでテレビで紹介されたから知っているだけで、それ以上先は殆ど知らない。
だけどM2重機関銃という存在はこの世界にとって早過ぎる技術だ、地球で二度に渡る世界規模の戦いを経て完成された物が、突拍子も無く目の前に現れたのだからきっと軍の技術者の人達は驚嘆していたと思う。
ただM2重機関銃に関して司祭様は国家機密だから教えられないと言って、これ以上の質問する事を許してはくれず、そのまま話を切り上げられそうになったからボクは司祭様の前に立ちはだかるように立って真っ直ぐ目を見据える。
「……どうしても知りたいのか?」
「はい」
「分かった…魔物と成り損ないの事はラインハルトから聞いているな?」
「はい、人をベースにしたのが魔物で成り損ないは魔物に人の理性や知性を持たせようとして能力が低くなった失敗作だと」
「ふむ…ではここからは機密、口外法度の事柄で多くは語れないが知っておくべき事がある、それは理想的な魔物にして外神委員会の切り札、眷族だ。成り損ないのような寿命以外は人間と大差無い、亜人もどきとは全く違う存在だ」
「つまり眷族は魔物という事ですか?」
「正確には少し違う、魔物としての能力と人の知性を持ちながら、人とは異なる理性で行動する兵器だ。個体差はあるが異形の存在で明らかに人と異なる特徴を持っている、何より成り損ないとは違い魔物としての権能を十全に発揮する」
「それが…眷族……」
司祭様は教えてくれた。
外神委員会は人間を人為的に魔物を生み出す技術を流用して、亜人に近い個体に変える術を大争乱の最中に確立させ、人間を言葉巧みに唆し成り損ないにして移民としてソルフィア王国に送り込んでいるらしく、カリムはその典型なのだそうだ。
そしてそう言った成り損ないの人達は魔族と呼ばれている。
次に最も厄介なのは眷族。
自分達が信奉する外なる神やその従者、もしくは眷族を模した異形。
今もどうやって生み出しているのかは分からないらしい。
そしてボクに教えてもいい事はこれだけだった。
そこから先は機密であり司祭様でも安易に語る事は許されず、ましてやボクが知る事は絶対に許されない。知りたい、知らなければ対策の取り用が無いと思うけれど所詮はボクは八歳の子供だ。
だけど、ならラインハルトさんが言っていた眷族とはいったい何だろう?
司祭様の話と食い違っている。
風を穢して歩む者。
いったい何なんだろうか?
♦♦♦♦
屋敷へと戻って行くマリアローズの後姿を二人は複雑な心境で見つめる。
幸せであって欲しいと願っていた少女が自らの意志でこちら側に、陰謀渦巻く世界の裏側に足を踏み入れようとしているのを止めたいと思いつつも、何も知らず巻き込まれるよりも教え導く方が良いのではないかという思いに板挟みにされ葛藤していた。
しかし二人には確信に近い予感があった。
いずれはマリアローズに大きな、今までとは比べ物にならない苦難が待っているという確信があった。
だからこそ本来なら機密として教えれない眷族や魔族について最小限とは言え、教える決断をレオニダスはしたのである。
「異能に関して教えるつもりは?」
「毛頭ない」
ロバートの質問にレオニダスは即答する。
外神委員会に所属する者が持つ魔法とは明らかに異なる力、異能。
異端審問会が把握しているのは「精神干渉」「精神操作」「精神支配」の三つだけ、他にもあるのか?それともこれだけなのか?かつては異端審問会でも中心的な位置にいたレオニダスですらそれ以上を知らなかった。
だからこそ異能に目覚める条件を揃えていたマリアローズを警戒して、精神に負荷を掛け異能を持っているか調べた。内心では自分が残酷な事をしていると自覚しながら、マリアローズに異能は無いと証明する為にレオニダスは悪役を進んで買って出た。
「何よりあの子は異能の事を知れば、間違いなく自分を危険視する。臆病な子だから大切な人を傷つける事を恐れて、自ら離れる選択をしてしまう。そんな選択は絶対に取らせはしない、その為に私は全てから恨まれる役を買って出たのだ」
「そうですか」
ロバートはレオニダスの返答に解体された異端審問会に所属していた者が、暴走してマリアローズに干渉して来る可能性は低い事を理解する。普段はいくら情けなくとも異端審問官として、確かな実力を持つレオニダスが絶対にさせないと豪語するのだから安心だとロバートは思う。
「おお、そう言えば対魔獣、対魔物用の魔道具を用立てないといけませんな、確か対魔物用銀製膨張炸裂弾がありましたよね?」
「……言っておくがやれんぞ、あれは危険極まりないし何より小銃用の実包だから陸軍の管理下だ、おいそれと持ち出せん」
「なら別の物……ディーノが使っていた物を参考に用立てますか」
「どっちだ?護身用と決戦用があるが」
「勿論護身用ですよ、確か試作品があったでしょう?当面はそれを改修して使いましょう。ただし間違ってもあれだけは持ち出さないでください」
「分かっている、ディーノが魔物狩りで使っていた物など危なっかしくて持ち出せるものか!まあいい、とするとグローブ型か…対魔式の組み込みは…早くて半年だな」
「随分と掛かりますね」
「イリアンソスで新しく制服等を採用しただろう?あれで腕の良い職人は軒並み手が埋まっているんだ」
「了解しました、では最後にもう一つ」
「何だ?」
次の言葉を口しようとするロバートの目は先程のような雰囲気はまるでなく、どちらかと言えば好奇心に満ちた目だった、その表情の変化に付き合いの長いレオニダスは何を言おうとしているのか察する。
「液化廃灼石を参考に人工魔石の液化が試みられている、それとあの車に使われていた幾つかの技術を目にした元技術士官が何か閃いたらしくてな、電気の実用化に目途が立ったとの事だ」
「ほう!それは何とも…とすると一般販売は十年以上先ですかな?」
「物があるんだ、数年内には実用化されるだろうな……まったく文明が百年以上も前に進みそうだ」
真面目な話し合いから一転して、ロバートの趣味の話に変わった事でレオニダスは妙な疲労感に苛まれながら、ロバートの質問に答えて行く。
王都での一件よりソルフィア王国は、急速に文明を発展させていき始めていた。それは本来ならもっと穏やかな筈だったこの世界の文明の歩みが、再び急速に進み始めたという事でもあった。
それは誰かの思惑の内なのか?それとも外なのか?
ただ言えるのはこれより一年も経たぬ内に、学園都市イリアンソスで電気が実用化される。
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