26話 仄暗き幕間Ⅳ【潜入!ヴォロディーヌ邸】

「姉様!?」


 思わずわたくしは叫んでしました。

 振り向いた先にあった光景は骸骨の様に痩せこけた皺だらけの老人が、姉様に向かって灰掻き棒を振り下ろしている光景でしたわ、ただ姉様は冷静に振り下ろされた灰掻き棒を平然と掴んでいましたの。


「大丈夫だよメル、いるのは分かっていたから…それにしてもお前、メルを狙ったな?」

「ひぃいいっ!?」

「どうしてくれようか」


 掴んだ灰掻き棒を握力に物を言わせて曲げた姉様はとても冷たい声で、目の前の骸骨の…この老人をわたくしはどこかで見た事がありますわ。

 確か新聞で……まさか!どうしてここにいるんですの!いえ、それ以前にどうしてこのような有様なんですの!?


「老人と言えどもやった事にはケジメを付けてもらうよ?ボクじゃなかったらとても悪い事が起こっていたんだからね」

「まっ待ってくれ!私は脅されて!」

「抑えてアルベール!その方はピエール・ヴォロディーヌ男爵ですわ」

「っ!?この人が?だけど新聞で見た顔はもっと……」

「ええ、もっと若々しかったですの、ですが間違いありませんわ」


 枯れ木のように皺だらけで髪は真っ白になり殆ど抜け落ち、悲惨なまでに痩せこけた貧相な老人の正体はヴァレリーの父親であるピエール・ヴォロディーヌ男爵、ですが新聞で見た姿はもっと若々しかったですわ、一体何が起こったらここまで歳を取ってしまうのか?

 今回の事に深く関わっていそうですの。

 ですが今は連れ去れた方達ですわ。

 手足を鎖で繋がれ、満足に食事を与えられていないのか少しやつれています。

 体も汚れていて、何より暴力を振るわれていたらしく体中に青痣がありますわ。

 比較的、新しい痣も…言うまでも無く暴力を振るっていたのは後ろの男なのでしょう、ですがここでそれを指摘すれば姉様が激昂してしまうますわ、今は何とか抑えていますがこの事を知れば絶対に烈火の如く怒るのは目に見えていますの。


「貴女は誰?」

「ご安心を、わたくし達は皆さんを助ける為に来た正義の味方ですの、アルベール」

「分かった」


 姉様はヴォロディーヌ男爵を引きずりながら攫われた人達の元へ来ると、紙を千切るように容易く手足に嵌められた枷を壊して行き、ついでとばかりに壁から鎖を引き抜くとそれでヴォロディーヌ男爵の手足を縛ってしまいました。

 まるで芋虫のように地面に転がされたヴォロディーヌ男爵は忌ま忌ましそうな視線を姉様に向け、そして呪い殺さんばかりの勢いで言いましたわ。


「貴様!私にこのような事をして許される思っているのか!」

「……」

「アルベール抑えて、それでは男爵、わたくし達は急いでいますの、手短にしたいので質問に答えてくださいまし。大切な友人が攫われてわたくしもアルベールも気が立っていますの」

「黙れ小娘が!何様の―――」


 ズドン、という轟音が地下室に響き渡りました。

 ちゃんと気が立っていると言いましたのに…姉様の拳が地面に転がされているヴォロディーヌ男爵の真横に振り下ろされ、レンガは粉々になりここでやっとヴォロディーヌ男爵は自分が窮地に陥っている事を理解されましたわ。


「シャトノワ領を騒がす失踪事件の首謀者は誰ですの?」

「……っま!?待ってくれ言う言うから!ヴァレリーだ!あれが全ての元凶だ!」

「そう、では次の質問ですがまた渋るようなら今度はアルベールの拳は振り上げるだけで終わりませんわよ、ではレティシアさんはどこへ?」

「レティシア?さっきの女の子か?その子なら逆らったから、処刑するとヴァレリーが言っていた」

「止めなかったんですのね、自身の娘の蛮行を」

「逆らえば私が殺される!もうあんな女、私の娘ではない!!」


 醜悪という言葉がここまで似合う方は、そうそうにいませんわ。

 ピエール・ヴォロディーヌ、なんと醜悪な男なのでしょう、ヴァレリーがあのような性格になるのも当然ですわ。


わたくしからの最後の質問ですわ、この地下通路は一体何ですの?」

「それも知らない、この屋敷を買った後に気付いた……ここまで広いなんて知らなかった、私は、私は勧められて買っただけで本当に何も知らない!」

「でしたら、誰に勧められたんですの?教えてくださいまし」

「……知らない」

「こういう時のおふざけは嫌いですわ」

「ほっ本当に知らない!覚えていないんだ!ここ数か月の記憶が曖昧で本当に何も覚えていないんだ!私は被害者だ!!」


 責任を逃れる為に嘘を言っている、その可能性はありますが本当かもしれませんわ。

 ですが自分は被害者と、この場においても自己の保身を言い続ける。

 その姿、本当に醜悪ですわ。

 わたくしが心の中でヴォロディーヌ男爵の醜悪さに呆れ果てていると姉様はヴォロディーヌ男爵の胸倉を掴み、増悪に満ちた目で男爵を射殺さんばかりの目で睨みつけました。


「次はボクからの質問だ。男爵、貴方は外神委員会の配下ですね?」

「っ!?しっ知らない!私は知らない!」

「はぁ…成程、つまり貴方の正体は成り損ない、だからこんなにも臭いのか…ならヴァレリーも同じ存在になったんですか?」

「知らない!本当に知らないんだ!気付いたら使用人共がヴァレリーに操られて!私は本当に何も知らないんだ!」

「そう」


 姉様はこれ以上質問しても時間を無用に浪費するだけだと悟り、ヴォロディーヌ男爵から手を放し、上へと伸びて行く階段を見据えました。

 さて、もうこの男は用済みですので放って置きましょう。

 もう少ししたら警察の方が来てくださる筈、攫われた方達の保護はお任せしてわたくし達はレティシアさんを助けに行かねばなりませんわ。


「この地下通路は迷路になっていますので、下手に動くと迷子になってしまいますわ。警察の方がここに向かっていますので、待っていれば必ず助けが来ます、ですのでそれまでもう少し頑張ってくださいまし」

「はい、でもあなた達はどこに行くんですか?」

「友達を助けに」



♦♦♦♦



「えいっ!」

「けほっ!?ごほっ!?」


 地下室から伸びる階段を上がり切り天上に扉があったので、姉様が勢いよく押し開けると何かが宙を舞って思わず咳き込んでしまい足したわ。

 この灰色の粉…これは灰ですわね。

 とするとここは暖炉の中、だからヴォロディーヌ男爵は灰掻き棒を持っていたのですわね、いいえその事は後ですの、今はレティシアさんを助け出す事が優先ですわ。

 先に姉様が暖炉から出て周囲の安全を確認してからわたくしも暖炉から出る、ここはヴォロディーヌ男爵の屋敷の様ですわね、周囲には高価な調度品が溢れているので客間でしょうか?

 それにしても汚いですわね、天井の四隅い蜘蛛が巣を張っていますし…よく見たら調度品にも蜘蛛が巣を張っていますし、何よりなんでしょうこの蜘蛛?銀食器のような光沢と、無秩序に絵具を混ぜ合わせた様な雑多で毒々しい色合いがとても不気味ですわ。


「メル…絶対に蜘蛛の巣に近付いちゃ駄目だ、よく分からないけどこの蜘蛛から魔物に似た臭いがする」

「っ!?という事は人を攫っていた理由は……」


 魔物の餌、つまり地下室は食糧庫という事でしょうか?

 もしそうならヴァレリーはどこまで……。


「いやそれは違うと思う、もしそうなら人を襲うより先に家畜が消える事件が起こっている筈だ、だけどそんな事件は起こっていないからたぶん目的は違う。何より餌ならもっと丁重に扱う筈だ、痩せ細ったら栄養が少なくなるからね」


 確かにその通りですわね。

 餌とするのなら虜囚の如く扱うのではなく、旅人を太らせて食べる怪物のように連れ去った人達をもっと丁重に扱う筈、ですが実際はヴォロディーヌ男爵による暴行を許していたのだから、目的は別と言う事ですのね。


 異様な状況が立て続けに起こり過ぎて、少し頭が混乱していましたわ。

 そしてさすがは姉様ですわ。

 何度も危機的な状況に見舞われて来ただけあり、レティシアさんが攫われた事を知って一度は冷静さを失いかけていたのに、今はとても冷静に物事を観察していますの。

 私も冷静に、そうカサンドラ小母様が文通で何度も助言してくれように危機的状況や異常事態では冷静さを失った者が負ける、わたくしは大きく深呼吸をして頭を落ち着かせました。


「可能性は二つ、ヴァレリーが魔物を使役して今までの事件を引き起こしたか、ヴァレリー自身が魔物になって事件を引き起こしたかだね」


 姉様は言い終わると服の下に隠してある拳銃を取り出し、安全装置を外し拳銃を構えながら扉を開けて外の安全を確認して、手招きをしながら部屋の外へと出たのでわたくしは姉様の後を追って部屋の外へ出ました。

 調度品が飾られた通路にはあちこちに蜘蛛が巣を張っていて、屋敷自体の静けさも合わさって廃墟の様で、とても不気味ですわ。

 それとどんどんと前へ進んで行く姉様の後ろを歩きながら、わたくしは奇妙な感覚に襲われていました。まるで壁や天井に耳や目があるような、そんな不気味な感覚ですわ。

 

 姉様も同じなのかとても不快そうな表情を浮かべています、師であるベルベットさんとロバートさんが言うには、姉様は生まれついて常人より感覚が鋭く様々な事を臭いとして感じるそうですの。

 この異様な空気に包まれた屋敷は、きっと姉様にとって耐えがたい悪臭に満ち溢れているのですわ。


「ここだ、ここからレティシアさんの匂いがする」

「ダンスホールですのね、これはあからさまに罠ですが一秒も待ってはいられませんわ」

「うん、それじゃあ開けるよ」


 大きなわたくし達の背丈よりも大きい扉を開けて、まずは姉様が拳銃を構えながらっ―――レティシアさん!


「駄目だメル、気持ちは分かるけどもう少し待って」

「っ…はい」


 ダンスホールの中央にレティシアさんは倒れていて、思わずわたくしは走り出してしまいそうになり姉様に制止され、姉様が安全だと判断してからわたくしも周囲を警戒しながらレティシアさんの元へ。

 息は…していますわ、意識を失っているだけのようですの。


「レティシアさん!レティシアさん!」

「ううぅ……」


 名前を呼びながら体を揺すると、レティシアさんは小さく呻き声を出してからゆっくりと瞼を開き、目の前にわたくしと姉様がいて自分を助けに来たのだと理解され安堵から瞳を潤ませました。


「メル…アルベール君……」

「もう大丈夫ですわ、さあ泣くのは一旦後にして早くここから出ますわよ」


 レティシアさんを立たせ、さあダンスホールから出ようとした瞬間でした。

 カツ、カツ、という何か固く鋭い物で大理石の上を歩く音が響いてきました。

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