12話 新しい日々の幕開けⅡ【醸造家さん達】

 旦那様とシャーリーさんはすぐにジュラ公爵へ、クインスを原料とした醸造酒造りのアイディアを報告して、それを実際に作る旨を伝えた。

 その話を聞いたジュラ公爵は「素晴らしい!やって見たまえ!そしてやって見せたまえ!」と大小判を押してくれた。

 ただここからが問題。

 醸造酒を作るなら何が必要か?

 原料のクインスはある、醸造所もある、では後は何が必要か?それは……。


「とても、虫の良い事を言っているの分かっている、しかし僕は貴方達以上の醸造家を知らない、どうか力を貸して欲しい!」


 旦那様とシャーリーさん、そしてメルが頭を下げ、後に控えるボク達使用人一同も頭を下げる。

 目の前には親方さんのように頑固そうな職人顔の人達が居並ぶ。

 醸造酒を作るなら後は何が必要か?それは腕利きの醸造家だ。

 最初はジュラ公爵にお願いして、醸造家を紹介してもらおうという方針だったけど、ジュラ公爵は「私に頼む前に頭を下げるべき相手がいるのではないか?」と言い、その言葉を聞いた旦那様は目の前の醸造家さん達を呼び寄せた。


「父がした事で貴方達の誇りが傷つけられただけでなく、名誉を穢し、醸造家としての信頼を失わせてしまった事を許してもらえないのは分かっています、ですがどうか、どうか力を貸してください!」


 目の前にいるのはかつてヴィクトワール家に仕え、王室に納めるワインを作っていた醸造家さん達、先代の旦那様の父親が仕出かした不祥事に巻き込まれてシャトノワワインのブランドを地の底に落とした元凶として、シャトノワ領に住む醸造家達から恨まれ、今はジュラ公爵の経営するワイナリーで働いている。


 彼等は別に何も悪い事をしてないのに、自分の父親と元妻とその一族が仕出かした不祥事で路頭に迷わせた事で恨まれていると思っている旦那様は、すごくばつが悪そうな、逆に恨み言を言われると思っていたら頭を下げられてしまい、どうしたらいいか?

 そんな表情で頭を掻く職人さん達の顔が見えていなかった。


「ああ…その…顔を上げてくれ若旦那!俺達は別に若旦那を恨んじゃいねえ!それどころか、てめぇ可愛さに若旦那を見捨てて逃げちまったんだ。謝るのは俺達の方だ、だから顔を上げてくれ」

「マルクさん……」

「逆にこっちが言わせてくれ、俺達にもう一度、若旦那の下で働かさせて欲しい」

「ええ!お願いします!」


 旦那様と醸造家さん達のリーダーであるマルクさんは握手を交わす。

 うん、良かった。

 出だしから躓いたらどうしよう、そう思っていたけどこれなら心配はなさそうだ。


「それで、隣の女性はもしかしてあの野生児か?」

「なっ!?娘の前で昔の事を言わないでよ!相変わらず口数が少なそうな見た目なのに、余計な事ばかり!」

「いいじゃねえか、しかしそうか、結婚したか!あの何時も裸足で野山を駆け巡っては若旦那に怒られて娘っ子がなぁ…」

「そうなんですの?お母様」

「え?ああ…その……」


 メルの問いかけに、シャーリーさんの目はすごく泳いでいた。

 素足で野原を駆け巡る幼いシャーリーさん…どうしよう、想像が出来てしまう!

 でも今は関係ない。


「さて、後の面々には初めましてだな、俺はマルク・レニエ。以前は醸造所を仕切っていた杜氏だ、んでこいつらは俺の仲間で一人を除いて腕利きの職人共だ」

「酷いっすよ師匠!確かにオイラはまだ未熟者ですが、これでも心は職人っすよ!」

「何が心はだ、まだまだ尻の青い半人前だ、と若旦那、こいつは俺の弟子でジュールって言うんだ」


 マルクさんはそう言って自分に抗議していてジュールさんを旦那様の前に立たせる。

 人懐っこそうな笑顔を浮かべながら旦那様にお辞儀をして自己紹介をする。


「オイラはジュールって言います!マルクさんの弟子で、将来はソルフィア王国一の醸造家になる男です!」

「そうか、マルクさんは厳しいけどその腕は本物だ。よく学ぶんだよ」

「はい!」


 元気よくハキハキと喋ると親方さんの隣に立ち、後ろにいる先輩方に頭を小突かれて後ろに下がるジュールさん。何だろう、情熱と熱意はすごいけど精神年齢の低そうな人だ、ただお調子者という感じはしない。


「それじゃあ懐かしの醸造所へって…という前に若旦那、一つ聞いて良いか?」

「?いいが、どうしたんだい」

「いや、そこの妙に艶っぽい坊主?なんだが、もしかして噂でささやかれてる……」


 ああ、そう言えばそうだった。

 ジュラ公爵に言われていたんだった。

 男装しても髪の色を変えなかったら変装とは言えない、そして今のボクの髪の色は白色のままだった。

 シェリーさんんが知り合いに頼んで、変装用の魔道具を取り寄せるって言っていたけど、それが届くまでは帽子で隠すくらいしか出来ない。

 普通にバレルよね……。


「初めまして、ボクはアルベール・トマと名乗っているルシオ・ベアトリーチェの娘で、ルシオ・マリアローズと言います」


 だから変に言い訳をして怪しまれたり、不審がられるより素直に名乗っておいた方が良いい、何よりボク自身後ろめたい事など一つも無いのだ。

 なら堂々とすればいいのだ。


「マリアローズって、あの犯罪者の?痛!?」

「馬鹿野郎!すまねえ若旦那、うちの若いのが」


 ジュールさんはマルクさんに拳骨を喰らい、痛みのあまりうずくまる。

 ボクは犯罪者じゃないですよ、ただの冤罪ですよ。


「まあ、何だ…おいジュール!口外法度だ、少しでもその口から嬢ちゃんの事漏らそうものなら、シャンタルに口縫ってもらうからそのつもりでいろよ?」

「分かってますって、さっきのはちょっと考えなしだっただけでっすよ、これでも口は堅い方なんすよ?」


 どこが?と喉の所まで出て来ていた言葉をボクは飲み込んで、話がややこしくならない内に旦那様は今後の方針を醸造家さん達に伝える。


「クインスをか?まあ…理論的には可能だな。リンゴやナシからシードルが作れるんだ、それにミードだってその気になれば手軽に作れる、てならクインスでもやれねぇ道理はない」


 マルクさんはそう言い、話を聞いていた醸造家さん達も頷く。


「そーなるとだ、最初の仕事は二つだ。放置されてる醸造所と併設されている宿舎の掃除、それとクインスの収穫だな」

「成程、では醸造所はお任せしてもよろしいですか?素人が下手に弄って台無しにしてはいけませんので」

「ああ、なら宿舎とか頼むぞ」


 ロバートさんとマルクさんはお互いに仕事を確認すると、お互いに後ろにいる人達へ指示を出し始める。


「では、私は必要になる機材などの手配等の関係から旦那様と行動を共にしますので、陣頭指揮は任せましたよ」

「ああ任せるさね、それじゃあ敵情視察だ、宿舎は醸造所の隣だ。各自、掃除道具を持って向かうよ!」

「「「はい」」」



♦♦♦♦



 醸造所はヴィクトワール邸から徒歩数分の所にある。

 昔は王室に納めるワインを作っていただけあり、外観は立派だけど放置されていた所為で少しボロボロになっている、といより誰かが意図的に壊した跡がある!誰だ!そんな酷い事をする人は!


「宿舎の方も酷いね、窓ガラスが割られて…こりゃあ、一時的に浮浪者が住んでたね」

「ええ、まったくこれは掃除だけじゃなく大々的な補修と後は消毒が必要です」


 アーカムに住んでいた頃に見た、お店の裏にあった宿舎に似た構造みたいだけど、窓が割られたり床板が剥がされたりしている。他にもゴミが多くて、中には何かを燃やした跡まである。


「酷いですわ!ええ、ええ!本当に酷いですわ!」

「落ち着いてメル」


 宿舎の惨状を見るなりメルは怒りに震える。

 良かったシャーリーさんは旦那様とお母さんと一緒に醸造所の方に行っていて、ここに居たら怒り狂っていたかもしれない。


「はっはっは、これは酷い」

「他人事みたいに言うね…で、そっちはどうさね?」

「外観とは違い、中は全く問題ありませんでしたよ、清掃などは必要ですが二、三日以内には作業に入れるそうです」


 どうやら醸造所の方にはジュラ公爵の家紋入りの張り紙がされていて、そこには公爵預かりの物件である旨が書かれていたらしい。どうやらヴィクトワール家に恨みがあっても、さすがにジュラ公爵を敵に回す気になれない人達が、張り紙の張っていないこの宿舎に目を付けたみたいだ。


「となると、宿舎の修繕が終わるまで屋敷に住んでもらう事になりますね。一階の空き室はどれ位ありましたか?」

「全員住んでも余裕さね、私等が飯食う所も十分過ぎる広さだから、特に問題は無いね」

「ならまずは引っ越し作業からですね。彼等は確か、ジュラ公爵のワイナリーで働いてるのですよね?」


 こうして一番最初の大仕事が決まった。

 醸造家さん達のお引越しだ。

 ボクはシェリーさんが何故か持っていた黒色のカツラを被り…最初から魔道具とか取り寄せずにこれを使えば良かったのでは?気にしても仕方ない着替え着替え。

 メイド服に着替え、ロバートさんが運転する蒸気トラクターに牽引された荷台に乗り込み、ジュラ公爵が経営するワイナリーに向かった。

 途中、メイド服を着込んだ集団を見て驚き、目を丸くする通行人の人達がいたけど気にせずトラクターは軽快な音を立てながら長閑な農道を走る。



♦♦♦♦



「……宿舎?」

「……大きいね、マリア」


 ええと…ヴィクトワール邸より豪華。

 これで宿舎?


「はっはっは、正確には現在は宿舎として使われているがいずれはホテルに改装される予定の、元ヴィクトワール邸ですよ」


 わぁ……確かにこの大豪邸、いや宮殿と比べたら確かに今のヴィクトワール邸は小さいかもしれない、だけど比較対象がやっぱりズレてる。


「いらっしゃい、貴女達だね、新しいヴィクトワール家に仕える使用人と言うのは」


 屋敷の外で呆然と立ち尽くしていると、農作業でなのか肌が黒く日焼けした女性が現れた、するとマルクさんがその女性に手を振る。


「帰ったぞシャンタル、それと引っ越すぞ」

「じゃあ若旦那の所に戻るんだね?」

「ああ、んで引っ越しすっから手伝いに来てもらったんだ」

「へえ…何だ、新しく雇った使用人は全員腕利きじゃないか。特にそこの二人は元軍人かい?」


 すごい!一目でメイド長さんとララさんが元軍人だって見抜いた。

 この人がマルクさんの奥さんか、雰囲気が少しメイド長さんに似ている気がする。


「だけど前の宿舎は酷い状況なんだろう?どこで暮らすのさ?」

「ああ、一時的に若旦那の住んでいる屋敷に住む事になったよ、空き部屋だらけらしいからな」

「成程ね、それじゃあよろしく頼む?」


 宿舎の中はマルクさんの言った通り簡素だったけど、所々に元侯爵家の屋敷だった形跡があり柱とかの彫刻とか見事で、今にも柱から飛び出して来そうだった。

 そんな宿舎の廊下を進みマルクさん達、醸造家さん達が住んでいる区画に到着するなり荷造りをして、そこから二手に分かれて宿舎で荷造りをする人達と屋敷で荷物を運びれる人達に分かれて作業を進める。

 夕方までには何とか全ての荷物を屋敷に移動して、各部屋に運び入れ引っ越しは完了した。


 だけど、まだまだ始まったばかりだ。

 明日からさらに忙しくなるぞ!

 醸造所の清掃からクインスの収穫、増えた住民のお世話まで!

 何だか今まで一番、メイドの仕事をしている気分だ。

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