17話 忘れられていた彼が来た

 初日こそルッツフェーロ商会が問題を起こした事で夕方近くになると客足は鈍ってしまったけど翌日の朝刊で大手三社が一面で大々的に報道したから、その後は予想を遥かに上回る客足で一時はパンクしかけたけど、皆が一丸となって頑張ったから何とか最終日まで、大きな問題も起こらず遣り遂げる事が出来た。

 最終日はさすがに夜通しで六日間もお祭りをしていたから客足は少なくなっている。

 立冬祭七日目の夕方からは出店している人達が打ち上げをするのが慣習になっていて、お客さんの多くが友人か身内の人ばかり、観光客はお盆ラッシュのように七日目には早朝から自分達の住む領へと帰って行っている。

 だから特設会場は今まで頑張って来たギルガメッシュ商会とルクレルク農園とロッソ養豚場、そしてリンドブルム家の皆と会場となっている通りに住んでいる人達も招待して楽しく打ち上げと反省会をしている。


「問題はこの後だ、マリアソースは文字通りマリアちゃんしか知らない、もしも串カツの店を出すならマリアソースのレシピを提供してもらおうか、完全にオリジナルのソースを作るかの二択だ」

「マリアソースのレシピを無料で教えてもらおうってのは虫が良すぎるからな…それだと、アーカムソースを参考に改良を加えるしかないな…串カツに合うソースか……」

「うちとしては前からやって見たかったベーコンやソーセージ作りに手を出そうかと思ってる、来年はそれを売りにしたいと思っているんだ」


 と、今後の事を話し合っている人もいれば。


「これがギョーザか!噂以上の美味さだな!」

「ねえねえこの串カツ、本当にビールに合うは!あとこのハムカツも!」

「なんか上の人が言っていたけど、生パン粉は製品化が難しいけど通常のパン粉より肌理の粗いパン粉を製品化するらしいぞ、しかも提案したのはマリアちゃんらしい」


 と、今まで売る側に専念して食べる事が出来ずにいたギルガメッシュ商会とルクレルク農園の従業員さん達が料理に舌鼓を打っていたり、そしてボクは……。


「じゅるり……」

「マリアちゃん、また涎が垂れてるよ」

「ふえ?あ!」


 串カツをずっと我慢しています。

 ううぅ、目の前で美味しそうに…羨ましい!そりゃあギョーザに関してはボクが一番焼くのが上手だし、今日まで頑張ってくれていた人達への労いと会場の設置を快く了承してくれた近隣住民へのお礼の為だから、ボクが腕を振るわない訳にはいかないけど…今日こそ絶対に串カツを食べる!


 ボクはお客さんに言われた涎を服の裾で拭い、気合を入れてギョーザを焼く。

 すると体の大きさに対して大きさが不釣り合いなコップを持った、これだけ立派な体格をしているのにとてもお酒に弱い下戸なユージーン様がギョーザを貰いにやって来た。

 頑張ってくれた従業員の人達を優先して今まで遠目からギョーザを眺めていたけど、全員が食べたのを確認すると我慢が出来なくなったみたいでニコニコと笑いながらギョーザが焼き上がるの待っている。


「噂は何度か耳にしていたが、実際に見てみると確かに見た目はラビオーリに似ているがこっちは煮るのではなく焼いてるのだな」

「はい、もっと正確に言うと蒸し焼きです」

「ほう…それは楽しみだな」


 出来上がりお皿の上に乗せられた羽根つきギョーザをエデ様の分も受け取ると、少しスキップ気味に歩きながらユージーン様はエデ様の所へ戻って行く。

 そう言えば今日が王都でのギョーザの初デビュー、王都でもギョーザとビールが広まるのかな?ちょっと楽しみだ…楽しみだけど遠目に見える串カツを売っている出店の方がここ以上に列が並んでいる事が心配だ。

 ボクの分が無くなっていたら…泣いてしまいそうだ。

 串カツが売り切れるか否か、ドギマギしながらギョーザを焼き続けているとリーリエさんが追加のギョーザが入った木箱を抱えてやって来た。


「少しはえーけど交代の時間だぞ、ほら早く行かないと売り切れるぞ」

「ありがとうございますリーリエさん!では行ってきます!!」

「おう、慌て過ぎんなよ」


 やった!リーリエさんが気を利かせて予定より早く交代に来てくれたおかげで、串カツが売り切れる前に列に並ぶ事が出来る!ロッソさんが言っていたけど予定を上回る売れ行きで在庫が少ないと言っていた。

 だから少し諦めていたけど、ありがとうリーリエさん!

 ボクは意気揚々と列に並ぶのだった。



♦♦♦♦♦



「これが…これが串カツ!美味しそう……」


 良い匂いだ…待っている間にもボクを焦らすように油の跳ねる愉快な音を響かせていた串カツ…ああぁこれが、初日からずっと憧れていた串カツ!早く食べたいけどお母さんが座っているテーブルに着くまで我慢しないと!

 自分一人だけで楽しみを独占するのも良いけど、やっぱり誰かと一緒の方が独り占めするよりも何十倍も美味しく感じる、だからそれまで我慢だ!お腹の虫なんて聞こえないし鳴ってない!


「やっと見つけましたよ!!」

「ふえ!?」


 何?あっ!危なかった…驚いて危うく串カツの乗った皿を落とす所だった。

 もう在庫が無いからこの二つが最後なんだ、落としたら…正気を保てる自信がない。

 それにしても一体誰だろう?と思いながら辺りを見渡すと一人の少年がすごい剣幕で立っていた。


「何だネスタか…」

「何だネスタか…じゃないですよ曾祖母様!」


 大奥様にネスタと呼ばれた少年はそんな状況でも気にせずギョーザを肴にビールを飲む大奥様、それとラッセ様とイネス様を見てさらに目付きが鋭くなる。


「何で一言も無かったんですか!」

「ああ、その…すまないネスタ!急に決まった事で連絡するのを忘れていた!」

「忘れていたじゃないですよ父さん!家に帰ったら伯父さんが住んでる上に俺の部屋は小便ベニートがいるし…どれだけ焦った事か……」


 ラッセ様の言い訳を聞いたネスト…様?は力なく項垂れる、だけどこの状況でも食べるのを止めない大奥様とイネス様にイラ達を募らせていく。


「こっちが飲まず食わずで王都に来たっていうのに、何で平気で飲み食いを続けられるのか…俺に馬鹿王子の側仕えをさせて置いて!!」

「ふむ、それは素直にすまなないと思うが…ギョーザは冷めると味が落ちるのだ、ほれお前も座って食べなさい、美味いぞ」

「そうよネスタちゃん、ほら座ってそれとこっちも美味しいわよ、メイド風クロケット!じゃが芋が主役で何よりパン粉が―――」

「そういう話を俺はしているんじゃない!何で一言も無かったかという事です!俺がどれだけ!!」


 何とか場を治めようと大奥様とイネス様はギョーザとコロッケを差し出したけどそれは火に油を注いだだけだった、差し出された料理を見るなりネスタ様は怒りは爆発してしまい背負っていた旅行鞄を地面に叩きつけてしまい、鞄の中身が飛び散り流石の大奥様も唖然として押し黙ってしまっている。

 このままではいけない!だけどどうしたら…何か小粋なジョーク…を言えるだけのユーモアはボクには無い、それなら取り押さえ…仕えている主の御子息を取り押さえるとか即時解雇案件だ。


 駄目だ!何も思い付かない!だけど急な出来事に殆どの人が唖然としていて動けそうにない、頼りのメイド長さんはアグネスさんは食材を取りに行って不在でロバートさんは来客の対応をしていて手が離せない。

 他の皆もそれぞれの持ち場にいたり離れた所にいる、ここはボクが何とかしなければ!

 その時、それがボクの目に映った。

 とても大切な物だけど、だけどこの諍いを治める事が出来るのなら!

 ボクは速足でネスタ様に近付く名前を呼んでそれを差し出した。


「ネスタ様!ボクの串カツを差し上げますのでどうか、ここは串カツに免じてお怒りを治めていただけないでしょうか!」

「は?え?は?え?えぇと……」


 急な事だったからネスタ様は混乱しているようだけどそのおかげでどうやら怒りは静まったみたいで、串カツとボクを交互に見て何か諦めた様な表情になるとボクの頭を撫でると優しい微笑みを浮かべる。


「ああ、あれだすまん!暢気に酒を飲んでる姿を見たら急に腹立たしくなっただけだ、感情に任せて喚いたからもう怒りは治まった、それとその串カツ?は君の分だろ、俺はそこで酒を飲み続けている馬鹿親から貰う」

「馬鹿親とな何だネスタ!確かに、まあ、うっかり言い忘れたがお父さんは馬鹿じゃないぞ!」

「そうよネスタちゃん、お父さんこれでもすごく上の役職なのよ!」

「この両親は……」


 ネスタ様に馬鹿親呼ばわりをされた事に楽しそうに腹を立て言い返すラッセ様とイネス様に絞り出すような声で「この両親は……」とネスタ様は言った瞬間だった、とても大きなお腹の虫の声が聞こえた。


「本気で腹が減ったな…流石にルサディールからまともに食べてないから、腹が減り過ぎて倒れそうだ」


 ルサディールって大奥様が王都に移住される前に住んでいたルサディール領の事だ!アーカムと距離的に同じくらいだった筈だから、そんなに長い間ちゃんと食べていないのならお腹が減り過ぎてとても辛い筈だ、それならばボクが再現した特製ソースを掛けた串カツを食べてもらおう。


「それでしたらこちらをどうぞ」

「ああ、ありがとう……」


 ボクから受け取った串カツを口に入れるとネスタ様は急に黙ってしまい、モグモグと串カツを咀嚼すると何故かボクの両肩を掴む。


「ええと、この串カツは君のだろ?しかも二本しかない、俺に食べさせて良かったのか?」

「全く問題無いですよ、とてもお腹が減っていらしたみたいだったので」

「……ああ、うん、まああれだな、取り合えずどこか座って食べようか」

「はい、それでしたらギョーザとかお勧めですよ、アーカムの看板料理の一つなんです」


 という訳でボクはネスタ様と一緒にお母さん達が座っているテーブルに移動する、そこにはお母さんやシャーリーさん、それとララさんとアストルフォがテーブルいっぱいに料理を並べて夕食を食べていた。


「お疲れ様マリアちゃん、あれ?ネストルじゃない…そう言えば送って来た家具にネストルのが無かったけどもしかして……」

「お久しぶりですねシャーロットさん、ご想像通りで俺には一言も無かったですよ」

「鬼婆、孫可愛いさで曾孫を忘れるとか……」

「ねえシャーリー、この子は?」


 シャーリーさんは面識があったみたいだけどお母さん達は面識はなかったみたいでそれを察したネスタ様は…あれ?シャーリーさんはネストルって呼んでいた、もしかしてネスタは愛称でネストルが正式な名前なのかも。


「俺は元ネストル・ナダル・バンデラスで今日からネストル・リンドブルム、ラッセ・リンドブルムの息子だ、まあ父さんは俺の事を全く言ってなかったみたいだけどな」

「これは丁寧にありがとうざいます、私はシャーリーに仕えているメイドで今はリンドブルム家の使用人も兼任しているルシオ・ベアトリーチェと申します、そちらの串カツを持っているのが娘のマリアローズです」

「という訳でマリアローズです、ネストルさ―――」

「ちょっと待った!」


 ボクが名前を呼ぼうとした瞬間、ネストル様はボクの口を塞ぐと何やらノイローゼになり掛けている人の様な顔になる。


「頼むから様付けだけは止めてくれ!もう辟易しているんだ、王子の側仕えだってだけで伯爵家だの侯爵家だの子息から様付けで呼ばれるのに!俺はただの家が少し歴史のある軍人一族なだけで普通の12歳の子供なんだ!様付けで呼ばれる様な男じゃない、だから様付けだけは止めてくれ!」

「それは…お察しします……」


 それは確かに精神的に大きなストレスになる、自分は普通なのに仕えている人が偉いというだけで自分より身分の上な人達に畏まれるなんて、考えただけでも胃がキリキリしそうだ。


「それじゃあ、お姉様達はネストルの事を何て言えばいいの?さすがに呼び捨ては無理よ、私は姉妹の契りをお姉様と交わしているから問題無いけど、それ以外の人達は普通に様付けだから」


 シャーリーさん、ボクも様付けで呼んでいないですよ?と心の中でツッコミを入れていると考え終わったネストル様が自分をどう呼ばれたいか決まったみたいだ。


「坊ちゃまだ、様付けされないなら坊ちゃまで我慢する…本当は嫌だが背に腹はかえっれない、坊ちゃまで頼む」

「分かりました、では坊ちゃま、今後ともよろしくお願いします」


 お母さんとボクはお辞儀をしたけどララさんは食事中だ、そう言えばララさんは会場内の警備を担当していたから満足にご飯が食べられていない、ここは見なかった事にしよう。


「ああ、そうだ、マリアちゃんはネスタお兄ちゃんもしくはお兄ちゃんって言ってあげたら?ネスタは前に妹が欲しいって言っていたから」


 成程、ネストル様はボクより5歳年上な訳だからお兄ちゃんだ。

 うん、ここはリクエストに応えて……。


「ネスタさん、ネスタさんで頼む!それとシャーロットさんも血の繋がっていない子にお兄ちゃんと呼ばせるとか、何考えているんですか!?」

「いいじゃない、私だって子供の頃は10歳年上の人をお兄様と呼んで慕っていたし今も血の繋がっていないけどお姉様をお姉様と呼んで慕っているわ、そこに血の繋がりは必要ないの!さあ、呼ばれなさい!」

「そんな暴論…マリア、真に受けなくて良いからな!いいかネスタさん、ネスタさんと呼んでくれ、いいな?」

「は、はい分かりました、ネスタさん」


 こうして本当だったら随分と前に会えなくても紹介だけはされておかなければならなかったラッセ様とイネス様のご子息のネスタさんも一緒に住む事になったのだった。


「ていうか、はあ!?何でヒポグリフがいるんだ!」


 そしてようやくアストルフォの存在に気付いたみたいだ。

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