16話 全ては大奥様の目論見でした

 それは立冬祭が始まる二日程前。

 その日は雲行きが怪しく日光が少ない事と上に世界樹がある事から外は薄暗く、明かりを持たずに外に出るのは少し危ないそんな日だった。

 そんな日に突然、大奥様が新聞記者さんを屋敷に招いたのだ。

 いや、評判の悪い新興の新聞会社の目を欺く事が出来る、真昼でも外が薄暗くなる日を大奥様は待っていたのだと思う。



♦♦♦♦



 大奥様は王都ルインでオルフェとデイ・モンドに次いで三番目に歴史のある大手の新聞会社ルインタイムズの記者を名乗る少しくたびれて色落ちをした背広を着たロジャーと言う名の青年を屋敷に招いた。


「いや本当に人使いが荒い、大恩のある元上官の依頼じゃなきゃ断ってましたよ」

「すまんな、ロジャー…で、どうだった?」

「見事に嵌りました、見事過ぎて芸術的な騙され様!少佐の作戦通りの展開です、連中…ルッツフェーロ商会はギルガメッシュ商会とルクレルク農園に打撃を与える為にそちらのお嬢さんからソースのレシピを譲って貰ったとあっちこっちの新聞会社に宣伝して回ってます」

「そうか…で、そちらの準備は抜かりないか?」

「ええ、ばっちりですよ…しかし連中、手に入れたソースのレシピがこちらから流した誘い水だって気付いていないですよ、それどころか意気揚々と幹部を派遣するつもりです」

「ふっ…腹を抱えて笑いたくなるな、マリアソースのレシピだと思っているのはただのエリンソースのレシピだというのに、で他の新聞会社への根回しは?」

「ルッツフェーロ系列以外の新興と…業腹ですがそちらのお嬢さんに取材をする為です、オルフェとデイ・モンドと協力関係を結んでいます、それと証拠集めも抜かりありませんよ」

「大満足だ、さて残るは当日の流れだが」

「あの…一体何のお話をされているんですか?」


 ボクは我慢が出来ず質問してしまった。

 コーヒーを持って居間の中に入ると、二人が悪魔も裸足で逃げ出しそうな不敵な笑顔で謀略に花を咲かせる光景を見たらさすがに気になってしまう、ましてやボクの名前を冠した恥ずかしい名前のソースが関わっているなら猶更だ。


「ふむ、マリアにはそろそろ説明しなければならないか」


 大奥様がそう呟いた瞬間だった、今までボクの後ろには誰も居なかったのに……。


「私共に教えていただけるのですよね?大奥様、それとシャーロット様にも」

「ええそうよ小母様、私を除け者にするなんて意地悪が過ぎますよ?」


 ロバートさんやシャーリーさん、それと他の皆が集まっていた。

 それを見た大奥様は少し考えてから「演技が苦手な者は話を聞かない様に、ああ、マリアは当事者だから途中まで聞くように」と言って嘘が苦手なリーリエさんやお母さんは少し迷ってから居間を出て行き、ボクは当事者という事からシャーリーさんと一緒に説明を受ける事になった。

 そして、それを確認した大奥様はコーヒーを一口飲んでから説明を始める。


「まずはこの男だが……」

「大丈夫ですよ、自分で説明します」


 説明を始めようとした大奥様を制して、ロジャーさんは立ち上がり少し身形を整えてから名乗り始まる。


「初めまして…では無いですがロジャー・プラシュマといいます、こちらのバンデラス氏の元部下です」


 そう言ってお辞儀をするとシャーリーさんが「元部下…情報部の人か」と小さな声で呟く、情報部?どいう意味だろう。


「そして今は清く正しく公正な報道を社是とするルインタイムズの敏腕記者です」


 この人…司祭様に雰囲気が似ている。

 嘘と真実を織り交ぜてどれが本当で、どれが嘘なのか分からなくしている人の笑顔だ。


「それでその口先だけは公正なルインタイムズの記者が、何で小母様と一緒に居るのかしら?まだ7歳のマリアちゃんをつけ回す清く正しい心の新聞記者が?」


 シャーリーさんの言葉にはこれでもかと刺々しかった、それはロジャーさんだけでなく大奥様に対してもだ。


「これは痛い所…まあそれが仕事なのでご容赦を…」

「ふーん…よ―――」

「シャーリー、話が進まんから後にしろ」

「では小母様が説明してください」

「…元からそのつもりだ」


 大奥様はロジャーさんとの関係から説明を始めた。


「王都に移住してからすぐにこの男が挨拶に来てな、その時にルッツフェーロ商会がマリアの居場所を探っていると聞かされた」

「ボクの居場所をですか、何の為に?」


 確かにアーカムに住んでいた頃に一度だけルッツフェーロ商会に対して間接的に打撃を与えたけど、あれはあちらから仕掛けて来た事でそれに自分達と協力関係にあった人が自滅をしてその煽りを受けてアーカムから追い出されたわけで、恨まれる様な事はしていない。

 それ以外の理由は…全く見当がつかない。

 その一件以外、ルッツフェーロ商会とは何の関わり合いも無いからだ。


「ソースのレシピを手に入れる為だ、連中は何を思ったのかバウマンがいないアーカムで公開されたアーカムソースのレシピを自分達が考案したルッツフェーロソースだと裁判を起こしてな、まあ結果は敗訴だったが…諦めがつかなったのだろうな」


 大奥様はそう言って深く溜息をついてその後の事を口に出して説明するのが馬鹿らしいという表情になり、それを見たロジャーさんが代わりに説明を始まる。


「狡猾だの卑劣だの言われている商会にしてはその後もぷくく…あまりに稚拙な幼稚でしてね、アーカムで敗訴したら今度は王都で特許申請をしてぷくく…当然、アーカムでの一件は王都にも伝わっているので即日却下、逆に次やったら法的な措置を取るとまで言われて……」


 そこから先ははっきりと言って迷惑限りなかった。

 ルッツフェーロ商会はアーカムソースのレシピを占有できないなら、アーカムの人達が競い合って再現しようとしているボクの名前を冠したソースのレシピをボクから手に入れて占有しようと目論み行動を始めた。

 自分達が出資している新聞会社や系列店、さらには闇社会の住人にまで声を掛けてボクの行方を血眼になって探し、ルッツフェーロ商会の悪事を暴く為に取材をしていたロジャーさんはその事を知り……。


「まあそれで知らせねば!と思ってバンデラス氏にそちらのお嬢さんが狙われてますよ!と伝えた訳です」

「そしてそれを知ったのがちょうどマリアが立ち向かうと誓った直後、このまま何もしなければマリアが危ないと思ってな、それでロジャーを通して大慌てで出来る限りの攪乱工作をしたという訳だ」

「大慌てでって…大奥様、即興でこんな謀略を張り巡らせたんですか?」


 大奥様とロジャーさんが行った攪乱工作を手帳に纏めたけど…まずはボクがセイラム事変で重傷を負って病床の身という事から始まり、少女ではなく相当な年齢の老婆で療養の為にアーカムの教会に身を寄せているとか、他にも二度とボクに近付けない様にルッツフェーロ商会が新聞の一面に載る様な悪事を自主的に働かせるとか…これ、本当に即興で考えたのだろうか?


「マリアちゃん…この鬼婆はね、どう考えても前から用意周到に練っていたとしか思えない程の事を即興で思い付く、質の悪い人なのよ……」

「ふえ……」


 しかも他にも大奥様は色々と策を巡らせている、即興で…末恐ろしい人だ……。


「立冬祭が始まればマリアの事は新聞に載るからな、その前に全ての仕込みを終わらせねばならず上手くはいかんだろうと思っていたが…存外、連中は間抜けだ」


 それから先の事は当事者だからという理由で特別に聞かせてもらえたけど、ボクもボクで演技は苦手だから聞かせてはもらえなかったけど、一体どんな事になるんだろう?

 分かっているのは時が来たら自分がマリアローズだと名乗る出る様にという事だけだった。



♦♦♦♦



「はっへ?」

「いえ、ですからボクがマリアローズですよ」

「はっへ?」


 またまたサルコジは間抜けな声を上げた。

 でもまあ、まさかこういう事だったとは…行き成り訳の分からない事を言う人が現れてルッツフェーロ商会の幹部だと言った時は大奥様の策を、ほんの一部だけでも理解することが出来た。

 何で初日に料理教室の講師を務めるのがボクだと公表しなかったのか、何で集まっている新聞記者さん達の中にルッツフェーロ商会に関わり合いがあるという新聞会社の記者がいなかったのか、そして何で偽のソースのレシピとボクに関する嘘をでっち上げたのか。

 それははこの瞬間の為だったのか。


「何度も言いますが、ボクが先程から貴方が言われているマリアローズですが」

「……嘘を言うな!マリアローズは相当な年齢の老婆だ!しかもセイラム事変で領主の私兵団が撃った迫撃砲がげんい―――」

「セイラム事変では迫撃砲が使われた記録はありませんよ、サルコジ氏、あとこの子がマリアソースの考案者であるマリアローズ本人です」


 とてもドヤ顔でロジャーさんが現れた。

 そして鬼だこの人達!偽の情報を鵜呑みにして意気揚々と偽の情報を基にした大嘘を立冬祭が始まる前から言い触らさせて、さらに立冬祭当日にも大衆の面前で同じ様に大嘘を語らせ取り返しがつかなくなった所でボクが登場し、そこでボクと全く面識が無い事を証言させてからのロジャーさんの登場だ。


 あとグスタフさんの気持ちがとても分かった。

 恥ずかしいよ本当に!ドヤ顔で「トドメを刺しに行きます」って、穴があったら入りたいのと今すぐ逃げ出したい!

 そうだよね、ボクが「どうもマリアローズです」と言っても子供の嘘だと言われたらそれまでだ、ボクが名乗り出てはっきりと面識がないと言わせてから、ロジャーさんという大手の新聞会社の記者さんが「この子がマリアローズですよ」と言わないと誰も信用しない。

 ああ…恥ずかしい……。


「ば、ば、馬鹿な事を言うな!我々は確かに大怪我を負ったマリアローズ本人からレシピを譲って貰ったのだ!実際に目の前で作ってみせて…はっ!?」

「記録にない迫撃砲の砲弾で大けがを負った老婆からですか?公的記録も住民側の記録にも存在しない迫撃砲が原因で大怪我をした相当な年齢の、しかも重傷を負った老婆が料理ですか実に…不可思議ですね」


 ロジャーさんはサルコジが失言をするたびに逃す事なくその矛盾を集まっている人達に証言する、存在しない迫撃砲の記録と相当な年齢の老婆がその迫撃砲で大怪我を負っているのに料理をするという矛盾を、そしてサルコジは自分が罠に嵌められたのだとようやく気付き始める。


「私はデイ・モンドの記者でノックスと言います、こちらはセイラムでバウマン子爵家統治下で唯一の真っ当な公的機関を担っていた教会に問い合わせて過去・現在においてマリアローズという名の女性はそちらのお嬢さんだけだそうです」

「オルフェの記者でルイスと言います、こちらはアーカムの市中警邏に問い合わせをして調べた結果、そちらのお嬢さんがマリアローズで間違いありません」


 さらに追い打ちを掛ける様に大手のデイ・モンドとオルフェの記者さんがボクがマリアローズ本人だと証言すると、サルコジの表情はあの名画「ムンクの叫び」のようになり開いた口の塞ぎ方が分からなくなってしまっている。


「という訳で初めましてルシオ・マリアローズ本人です、この場を借りてはっきりと言わせていただきますがボクはルッツフェーロ商会にソースのレシピは公開していません、それ以前にボクが贔屓ひいきしているのはギルガメッシュ商会です」


 ボクは初めましてを強調してサルコジに挨拶をすると既に取り返しのつかない状態に陥っている事にサルコジは気付く、だけどまだ諦めていないのか何か言おうと口を魚のようにパクパクとしている。


「ひ、は、え、ひ、ひ、ひひ久しぶりの初めてですねマリアローズさん、昨日ぶりですかな?確か…そう、確か…最後に会ったのは一週間ほど前にアーカムの王都にある商会本部でしたね?」

「あの、大丈夫ですか?言っている事が支離滅裂ですよ」


 それと声も裏返っているし…本当に大丈夫なんだろうか。

 それに言っている事が支離滅裂なだけじゃなく体が異様な、人のする動きとは思えない動きをしている、目もよく見れるととてもさっきからグリグリと、て怖!?目がグリグリと色んな方向に凄い速さで動いて明後日の方向を見てる。

 もしかしてこの人、錯乱してる!?


「こんちわまして、そうこんちわまして!マリアローズさん、そうそうマリアローズさん!ソース、ソースですか?教えくださいまして!!秘蔵を私にこんちわまして?!」

「ふえ!?」


 こっちを見た!こっち見ないであっち向いて!!


「ソースが秘伝なんですよ!それを私に秘伝してくださいよ!そうマリアをほほほほ!!」

「うわ!?何やってんですかサルコジさん!」

「取り押さえろ!」


 突然、ボク目掛けて走り出そうとして脇を固めるように立っていた大男達にサルコジは取り押さえられたけどそれでも「秘伝の私がソースで公開!」と錯乱して叫び続け、最終的にロバートさんが「煩いですよ」と拳骨一発でサルコジを静かにさせると大男達は何度も謝罪しながらサルコジを抱えて帰っていた。



♦♦♦♦



「では、この串カツやクロケットに使われているのは通常のパン粉ではないと?」

「はい、普通のパン粉はとても細かくて乾燥してますよね?ですが串カツやこのクロケットに使っているのは乾燥させていないパンをおろし器で荒くおろした物を使っています。ですのでザクっとした食感が楽しめるのです」


 ルッツフェーロ商会が騒動を起こしたからと言ってお祭りが中止になる訳でもボクの仕事が無くなる訳ではない、それどころか悪くなった空気を少しでも良くする為に奮闘しないといけない。

 ボクは今、新聞記者さん達の取材を受けつつ騒動のお詫びとして延長する事になった料理教室の真っ最中だ。


「では揚げ物は全て生パン粉にしたら料理は美味しくなるんですか?」

「いえクリームコロッケなどは細かくしたパン粉の方が美味しいです、パン粉の粒の大きさは料理によって相性が分かれます」


 とまあ、こんな感じで料理教室の参加者さん達と新聞記者さん達の質問に答えながら料理の説明をしているのだ。


「この串カツ…間に玉葱たまねぎが挟んであるんですか?」

「はいそうです、お肉だけだとくどくなりますが玉葱たまねぎを挟む事でさっぱりと食べられるんです」


 ちなみに串カツには前にルクレルク農園を見学しに行った時にユージーン様が絶賛していたロッソ家の人が丹精込めて育てた豚を使っている。

 肉質はキメ細かく赤みは癖が無く、そして脂はあっさりとしていて甘い、串カツに向かない訳がない。

 さっきから長蛇の列が出来ていて串カツの屋台を担当してるロッソさん一家は嬉しい悲鳴を上げながら、応援として串カツを揚げているアグネスさんの指導を受けている。


「余熱で火を通すので上げ過ぎには気を付けてください、揚げすぎると肉が固くなりせっかくの美味しいさが台無しになります、しかし生焼けにも気を付けてください」

「はい、あなた出来たわよ」

「おう、お待たせしました」


 さっきから作っては出しの…美味しそう……。


「お嬢さん、お嬢さん、涎」

「ふえ?あ!?」


 しまった美味しそうでつい涎が…ううぅ、後で休憩の時に食べさせてもらおう。

 ボクは激しく主張する胃袋を無視して説明を続ける。

 我慢すればする程、後で串カツを食べた時に美味しさが倍増するのだから!

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