第4章Ⅰ 王都ルインなどでの賑やかな事件録
1話 旅の始まりは過去から
線の細い少年が家族と一緒に下校して行くクラスメイトの姿を見つめている。
桜並木を嬉しそうに、恥ずかしそうに、煩わしいそうに話をしながら下校して行く姿を、そう確か小学生のボクはその光景をただ羨ましくて見つめていたんだ。
今日は卒業式で。
父さんは来る筈はなく。
母さんはボクが生まれる前に亡くなっている。
一人ぼっちがとても辛くて全員が帰り終えるまでボクは教室で待っていた。
お母さんと出会う前、生前の僕だった頃の自分が目の前にいる。
何で、何で今更、過去の夢を見るんだろう?
ボクは何か大切な事を忘れているのだろうか?
分からない。
ボクが悩んでいると、僕が振り向く。
顔は真っ黒で輪郭がぼやけて居るのに顔がある様に感じた。
そして僕は聞き取れない声で何かを喋った。
「―――――――」
♦♦♦♦
「クエ!」
「……おはよう、アストルフォ」
天幕越しから見える、朝焼けに染まった空を背にアストルフォがボクの隣にいて何故か、器用に前足を使ってボクを起こしてくれた。
悪夢でも見ていたのかな?と思ったけど、あれは悪夢ではなかった。
幼い頃の、生前の少し悲しい思い出だった。
だったと思うけど最後に僕は何を言おうとしたんだろう?
聞き取れなかった。
ボクは心の中で夢の出来事に整理しつつ朝の身支度を始める。
まだ眠っているお母さんを起こさない様にボクはテントから出る。
アーカムを出発して四日、リューベーク領までもう少しの所まで来た。
明日の昼にはリューベーク領に入り駅のあるリューベーク領の第二の都市エルベには明後日の午前中に到着して、そこから寝台列車に乗って王都に直行する予定だ。
「さて、今日の朝食は…食材は殆どない無いから缶詰のスープを温めて固焼きパンと一緒に、かな」
身支度が終わったボクは車の荷台に上って、持って来た木箱の中に入れられている食糧を確認して溜息が出そうになった。
軍用に作れた濃縮されたスープの缶詰、それと同じ様に非常時用に備蓄されている乾パンの様な固焼きの平べったいパン、本当ならもう少し早くリューベーク領に到着する予定だったけどセイラム領を出た後も街道が全く整備されていなくて自動車も速度が出せなかったから予定より二日も遅れてしまっている。
残っていたベーコンと割れずに残っていた卵は昨日の夕食に焼いてスープと固焼きパンと一緒に食べてしまい残っているのは固焼きパンとスープ缶だけ、両方とも不味くはないんだけど少し味ッ気が無くて朝一番の活力の源がこれだと力が出ない。
そして何よりボクを憂鬱にさせるのは残っている量だ。
二人で一食分を分けないと足りない領しか残っていなかった。
「スープ缶は…あと、これだけみたいだ」
「食べ盛りの子供には少々、食べたりないでしょうがこればかりは仕方がありません。ですが午前中にはバウマンの影響を受けていない領に入りますので、それまでの我慢ですよ」
「あ、おはようございますロバートさん」
ボクがスープ缶と睨めっこをしているとロバートさんが後ろから現れる。
荷台から降りてボクは朝の挨拶をする。
「ええ、おはようございますマリアさん。早起きですね、関心です」
「はい、習慣なので」
ボクはスープ缶の入った木箱を持って野外炊事具の所に行き朝食の準備を始める。
女将さん達は慣れない車での旅が堪えたのかまだ眠っている。
ボクは、バスや電車で通学していたから慣れているけど慣れていない人には何時間も激しく揺れる車の中で座り続けるのは辛いと思う。
ボクは野外炊事具の前に木箱を置いて缶詰を見つめる。
味は悪くない、けど具材は少なくて何より……。
「何かもう一品欲しいですね」
「量は何時もの半分程度ですが、朝はパンとスープか、パンの上に野菜やハムを乗せるか、何時もの普通の朝食だと思いますがそれにご不満でも?」
「ええと、やっぱり個人的には朝食は一汁三菜という感覚がまだ抜けてなくて、どうし―――」
ても生前の感覚で……しまった!ロバートさんにはボクの素性は知らせていないんだった!廻者だって知られたら……。
ボクは恐る恐るロバートさんの顔を見上げるとロバートさんは優しい微笑みを浮かべていた。
「安心してください、事情は全てデュキカス殿から聞いております。マリアさんの昔の故郷では朝食はしっかりと食べるのですね」
良かった、と言うべきなのだろうか。
そして!またですか司祭様!何で貴方はボクの素性をあっちやこっちで言い触らすのかな!?何で色んな人がボクの素性を知っているんですが!
はぁ……ここで居ない人の愚痴を言っても仕方がない。
兎に角、朝食の準備だ!
「手伝いますよ、とは言ってもスープを温めるだけですが私一人で問題ありません」
「でしたらボクはお母さんを起こしに行ってきます、その後に食器の準備をします」
ボクはロバートさんに鍋を任せてお母さんを起こしテントに向かう。
さっきからアストルフォの呻き声が響いて来ている。
たぶん寝惚けたお母さんがアストルフォを抱き締め上げてるんだと思う。
早く助けに行ってあげないと……。
♦♦♦♦
「マリアローズさん、少し良いですか?」
「はい?」
朝食を終えて後片付けをしているとダンテスさんが話があるとボクを呼んだのでテントから少し離れた、兵隊さん達に話が聞かれない場所に移動する。
リューベーク領は北寄りなだけあってアーカムではまだ残暑が厳しかったけどこの辺りは秋の始まりを告げる少し冷たい風が優しく吹いている。
ボクがそう思っているとダンテスさんは意を決したように話し始める。
「私は貴方に謝らなければなりません、
そう言ってダンテスさんは頭を下げようとしてボクは思わず静止する。
「ボクは全然気にしてないです、それが当たり前ですよダンテスさん、ボクだってボク自身が気持ち悪い存在だって理解しています」
「そんな事はありません!」
「ふえ!?」
あれ?何でダンテスさんは声を荒げたんだろう?だってボクはこんな少女の姿をしているけど中身は男で、生前の年齢を加算すると精神年齢は20代の青年だ。
普通に考えて気持ち悪いのが当然だ。
「これは良い訳ですが、私が育った国は今はもう地図には載っていません。
「つまり、ダンテスさんは……」
「はい、難民です。本当にあっと言う間に祖国は滅びました、血を吐いたり髪が抜けたり肌が爛れたり、奇病で次々と人が死んで行き幼い私はただ
「……」
何も言えなかった。
恨まれて当然だ。
何となくだけどその物質に心当たりがある。
ボクが生前、生まれ育った国に住む人なら、少なくてもボクの生まれ育った街に住む人なら絶対に分かる、人類が生み出した無限の可能性と終わらない悲劇の根源、たぶんダンテスさんの故郷の人達は被爆したんだ。
そしてその
それが何の為なのかは分からない、発電の為なのか兵器としてなのかそれとも別の何かなのか、でも言える事は取り返しのつかない事をしてしまった。
あんな物をここでも作るのだから……。
「デュキカス殿に貴女の事を教えられ守って欲しいと頼まれたというのに私はどうしても
ダンテスさんはそう言って深くボクに頭を下げる。
でも、ボクはダンテスさんの怒りを受け止める義務がある。
間違いなくボクのいた世界から廻って来た者が起こした悲劇なのだから……。
だけどダンテスさんは決して納得しない、そんな事を言ったらますます罪の意識を感じてしまう。
あと、またですか司祭様!?何で貴方は事あるごとにボクの秘密を軽々と吹聴して回るんですか!
ううん、困った。
何を言ったら、ダンテスさんがこれ以上罪の意識を感じず綺麗にしこりを残さずに終わらせる事に出来るだろうか……あ、そうだ!
ボクは普段から持ち歩く事にしている、ボクがまとめたレシピノートをさらにお店で出すメニューに限定して女将さん達がまとめて作ったレシピ本を取り出してダンテスさんに渡す。
「これは?」
「淑女の酒宴で出していた料理のレシピ本です」
「いえ、何故これを私に……」
「前にアデラさんが中隊のご飯は不味いと言っていたので、ダンテスさんは小隊の隊長さんですよね?でしたらこのレシピで改善して欲しいなーと生意気を言ってみたり」
後半、少し及び腰なのは話せば話す程にダンテスさんの目付きが鋭くなって行くからです!たぶんリーリエさんと同じで強面なだけで本質はとても優しい性格の人だと思う。
だけど言い訳をするなら、ボクは最初に出会った時に殺気を飛ばされた事が少しトラウマになっていて、あの鋭い目で見られると……まだセーフだ、まだセーフだ!ちょびっとだけだから!!
「ですのでそれを参考に待遇の改善を、それで今までの事は過去の事、そうしましょう」
「……マリアローズさんがそれでいいなら、そうしますがその、この中にはあのメイド風ピクルの作り方は……」
「はい、載ってますよ」
「そうですか……分かりました、以前から食事に関して待遇改善の声が上がっていたのでまずは小隊で試験的に導入をしてみます」
あ、笑ったダンテスさん、すごく可愛い。
普段の厳しい目付きから笑うと美人かなって思ってたけど逆だった。
笑うと可愛い。
ああ、だから何だかんだとキルスティさん達はダンテスさんを慕っていたんだ。
ボクはそう結論付けてダンテスさんと一緒に皆の所に戻る。
もうすぐお別れだけど、少しだけ距離を縮める事が出来た。
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