16話 死神の決意

 私は何者なのか?


 あの子と一緒に過ごしていると時折、自分が何者だったのかを忘れてしまう。

 私は、死神だ。

 今まで多くの死を積み上げて来た。

 100から先は数えていない。

 殺した数だけ称賛される、それが酷く嫌だったからだ。

 私が銃を握るのは復讐の為、称賛されたいからじゃない。


 父さんと母さんと妹とそして結婚を誓い合った愛しい人を無惨にも殺した人間が憎くて、条約を盾に越境を繰り返して略奪と殺戮を繰り広げる人間が憎くて私は兵士になり表に出せない多くの作戦に従事して人間を殺して殺して殺し続けた。

 何時か私の中で燃え続けていた炎が鎮まる事を信じて、それが鎮魂に繋がると信じて。

 ベルベットと出会って、私と同年代と勘違いしているアグネスと出会ってメイド道を習い始めても私の中で燃える炎は鎮まらず、もうこの炎は生涯に渡って燃え続けると諦めていた頃だった。


 あの子が、マリアが生まれた。

 廻者である事は知っていた。

 辛い人生を送ったのも知っていた。

 だからきっと私の様に何かが心の中で燃え上がっていると思っていた。

 だけどマリアは笑った。

 辛い事を飲み込んで、過去に囚われるより今ある幸せを大切にして懸命に生きる。

 誰よりも痛みを知っているからこそ、誰よりも優しい。

 自分一人に出来る事は限られていると自覚しているからこそ、出来る事を遣り遂げる。


 気付けば私はあの日、人間に奪われた幸せを取り戻していた。

 気付けば私の中の炎は鎮まっていた。

 だからこそ、許さない。


 マリアは私の、私達の宝物だ。

 マリアを傷つける者は全て、私の敵だ。

 マリから幸せを奪う者は全て、私の敵だ。

 だから、私は昔に戻る。

 彼方へと置いて忘れようとしていたあの頃の私に立ち戻る。


 弾薬盒から弾を取り出して装填する。

 ユージン・ガラン。

 ボルトアクション式で最初は便利に感じたけど今では単発で一回撃つ毎に装填しないといけない面倒な銃だと思う様になった、それでも新式の連発式は命中精度が悪くて確か動作不良を起こして、危うく私は死んでしまう所だった。


 だから私は仲間が次々と改良された新式の小銃に替えてもこれを使い続けた。

 そしてこれが私が何者だったかを証明する。

 私は殺す者だ。

 私は死神だ。

 私は雪原の死神だ!



♦♦♦♦



「クソ!硬い!」


 蝶番を前に開き空薬莢を排出しては新しい薬莢を篭めて蝶番を閉じて、そして盾に向かって撃つを何度繰り返したのだろうか?トーニオは思わず悪態を付いてしまう。

 斉射砲は故障してしまいダレンからララが使っている狙撃銃より1代前の、今では猟銃として使われている旧式小銃であるトラップドア銃を受け取ったトーニオは先程からジリジリと近寄って来る擲弾兵に向かって撃ち続ける。

 隣ではダレンも同じ銃で撃つが盾に弾かれて後ろにいる擲弾兵に届かない。


「おい!一つ聞いて?」

「何だ?この忙しい時に!?」


 ダレンは一つ疑問に思っていた事をトーニオに尋ねる。

 トマト農家のトーニオが何故、街の住民でもないのに一緒に戦ってくれているのか?

 ダレンはそれが気になって仕方が無かった。


「ああん?なんだそんな事か、決まってんだろが!南部人は一緒に食って飲んだ相手はその日から友達だ、友達が窮地に陥ってるなら助けるのが男ってもんだろ!」

「はっ!何だよそれ、馬鹿じゃねえのか?」

「んだと!?」


 ダレンはトーニオの返答を聞いて笑って、小馬鹿にしてそして覚悟を決めた。

 決意の篭った目でトーニオを見るとダレンは最後になるであろう言葉を告げる。


「馬の小躍り亭、あそこの看板娘な、あれ俺の妹でお前に惚れてんだ、だから後よろしくな!」

「は?な、馬鹿、おま―――」


 ダレンはバリケードから飛び出して迫りくる擲弾兵に向かって突進する。

 これ以上近付かれてたら手榴弾が飛んで来る、そうなれば今度はこちら側が瓦解する。

 だからダレンは盾の後ろにいる擲弾兵から手榴弾を奪って自爆する覚悟だった。

 しかし敵も住民側から決死の覚悟を決める者が現れるのを予測していた。

 バウマンの私兵団は四つに分かれている。

 歩兵部隊、擲弾兵部隊、督戦兵隊、そして選抜狙撃隊である。


 ダレンは足に激痛が走ったと思った瞬間だった、右足から力が抜ける感覚に襲われそこで自分が足を撃たれた事を理解する。

 あと少しの距離まで近付いたというのにダレンは悔しさから涙を流しそして振り絞る様に「ちくしょう!」と叫ぶが敵の歩みは止まらず、そして後ろから飛び出した擲弾兵が手榴弾を投げる。


 それは大きく弧を描いてバリケードの奥に行き爆発しなかった。

 ダレンの目の前で擲弾兵が次々と眉間を撃ち抜かれて力なく倒れて行く。

 擲弾兵が投げる筈だった手榴弾は仲間を巻き込んで爆発して行き、周辺に肉と骨片と血を撒き散らす。


「……」


 ダレンは何が起こったのか分からず呆然としていた。

 目の前で起こった事、そして今目の前で起こっている事がダレンには理解出来なかった。

 自分を撃ったと思われる狙撃手が次々と盾の後ろから倒れて行き、逃げ出そうとした隊長と思われる男が頭を撃たれて死んで、私兵団があっと言う間に瓦解したのだ。

 理解出来なかった、何が起こったのか。


「おいクソバカ!もといい義兄さん!」

「……は!?何でてめぇに義兄なんて呼ばれないと!」

「実は妹さんとお付き合いしてるんだよ!」

「……」


 ダレンは衝撃の事実を聞いて気を失った。

 駆け寄って来たトーニオが既に自分の愛する妹と付き合っている。

 衝撃の事実にダレンは意識を手放し臨時の野戦病院となっている淑女の酒宴に運び込まれて行ったのだった。



♦♦♦♦



「伝令!敵は総崩れです!」

「それは本当か?それよりも被害は?」


 アッシュは勝利の喜びよりも先に怪我人が出ていないか、もしくは死者が出ていないか気になっていた。

 誰にも犠牲になって欲しくない、殺し合いをしているというのに随分と都合の良い事だとアッシュは自覚しているが妻から託されたアーカムを出来るだけ血で汚したくない、それがアッシュの思いだった。


「負傷者は多数ですが幸い死者は一人も」

「そうか、それは良かった」


 アッシュが安堵する横でグスタフは上手く事が運んだ事に不安を抱いていた。

 用意周到に斉射砲まで設置する徹底した陣地構築とララ・フゥベーによる的確な狙撃、それに相手側の兵と武器の質の低さが合わさり、初戦は大勝利となった。

 だからこそグスタフは不安だった。


 敵はソルフィア王国の闇を支配すると言われるオルメタだった、それなら武器だってもっと質の良い物を集められた筈だ。

 グスタフはメモを取り出す。

 それはシャーロットから渡されたバウマン側が行う可能性のある破壊工作の一覧だった。

 下水道からの奇襲や壁によじ登っての狙撃、他にも夜襲などグスタフも予想していた物から全くの予想外な物まで事細かく書かれていた。


「アッシュ君、既に敵は正面から攻める気力はない、故に次は夜襲と奇襲との戦いになる。子供達が避難している教会の守りを厳重にしてくれ」

「教会ですか?ですがあそこは一番安全です、万が一も―――」

「万が一とは起こらないではないのだよ、万に一回は起こるという事だ」

「……分かりました」


 グスタフは静かに机の上に置かれているカンテラに目をやる。

 ソルフィア王国の国章、太陽と月を象った紋章と王室の象徴である獅子と若き青年の紋章が描かれたそのカンテラはグスタフに与えられている称号そのものだった。


「これは、久しぶりに国家魔導士の本領を発揮する必要が…あるかもしれんな……」



♦♦♦♦



 足が重い。

 早く帰ってマリアを安心させたい。

 だけどきっと今の私は人殺しの目になっている。

 眼鏡は失くしてしまった。

 あれがないと、私の目付きは酷く鋭い。

 そして今は普段の倍鋭い。

 そんな顔をあの子に見せたくない。


 私の足は酷く重くゆっくりと家へ、淑女の酒宴へと向かっていた。

 長年、旧式化して次々と戦友が新しい小銃に替えて行く中でも私はこれを使い続けた。

 ボルトアクション式で一発撃つ毎に弾を篭めないといけない、新式に比べると不便だけど命中精度は圧倒的にこれの方が上で、だけどもう寿命みたいだ。

 撃ち終わって違和感を感じて調べると色んな部品が壊れていた。

 それでも私はこれを担いで歩く。

 あの子にどんな顔で会ったらいいのか分からないまま歩いて、気付くと淑女の酒宴に辿り着いていた。


「こら!怪我人なんですからお酒は我慢してください!」

「いや、マリアちゃんちょっとだけ、ね?ちょっとだけ」

「ちょっとと言って結局は全部飲むんですから駄目です!その代わりに美味しいご飯を用意するので我慢してください!」


 マリアの声が聞こえた。

 どうやら負傷者の介抱をしているみたいだ。 


 私はゆっくりとマリアに気付かれない様に店に入ろうとしたけど駄目だった。

 メイド道で本来なら戦闘術は段位からなのにベルベットが自衛が出来る様にと級位の段階で戦闘術を教えてしまった所為で最近のマリアは、並みの兵士よりも感が鋭く人の気配を敏感に察知する様になってしまった。


「ララさん!どこに行っていたんですか!?」

 

 私の顔を見るなりマリアは血相を変えて駆け寄って来た。

 あ、そう言えばマリアには内緒にしていたんだ。

 だけど、うん、悟られてしまった。

 私の担いでいる狙撃銃と伊達メガネを外した鋭い目付き、勘のいい子だからもう知られた。

 マリアは大きく目を見開いた後、目を瞑って深呼吸をしてから優しく母親譲りの温かい笑みで私に言ってくれる。


「お帰りなさいララさん」

「ただいまなの、マリア」


 この子は絶対に私が守る。

 守ってあげられなかった妹の分も、必ず私がマリアを守る。

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