15話 開戦

「総員、傾注!団長殿からのお言葉である、心して聞く様に!!」


 アーカムの近郊にある小高い丘の上にバウマンの私兵団は布陣していた。

 当初の予定ではアーカムに勢いをそのままに雪崩れ込み蜂起した住民を掃討する作戦だった、しかしいざ到着してみれば門前広場から伸びる三つの大通りにはバリケードが設けられ、さらに銃弾対策で土嚢まで積まれていた。

 無抵抗の住民を一方的に掃討する予定だった私兵団は一旦、丘の上に布陣して様子見を行いつつ遅れて来る残りの私兵団の合流を待っていた。

 そして予定より一日遅れて残りの私兵団が合流した。


 準備は整った、後は攻め込むだけだと判断した私兵団を率いるホエル・ムルシア男爵は踏み台になる木箱を用意させるとその上に上り部下達を見渡す。

 ホエル・ムルシア男爵、狡猾で頭は回るが見通しが甘い、弱者に強く強者に弱い典型的な悪徳貴族という男でその服装からもその性格の歪み具合が見て取れた。

 場違いな金糸や銀糸をふんだんに使った豪華絢爛な服や帽子を身に纏う姿は、バウマン以上の自己顕示欲が見て取れた。


「諸君!栄えあるバウマン子爵閣下より選ばれし精鋭諸君!堅牢堅固にして最も深く最も高く子爵閣下に忠義を尽くす諸君!吾輩は悲しい……」


 ムルシアは唐突に涙ぐむ。


「吾輩は子爵閣下程の大器を見た事が無い、そして子爵閣下が治めるセイラムは真に豊かで笑いが絶えず、誰もが幸せに暮らすまさに理想郷だ」


 ムルシアは顔を上げる。

 その顔は沈痛な面持ちだった。


「されど、されど!事もあろうに、吾輩達を導き今日の豊かな繁栄をもたらしてくれた、大恩人であり偉大なる子爵閣下に愚かにも反旗を翻した者達がいる!」


 ムルシアはアーカムを指差して怒鳴る様に怒りを篭めて喋り続ける。


「その者達は子爵閣下が住まわれている領主館を包囲している!諸君らはこの悪行、許せのか!」

「「「否!否!否!」」」


 ムルシアの呼び掛けに部下たちは答える。


「そうであろう、そうだろう、諸君!これより吾輩達は日頃の御恩を忘れ、愚かにもバウマン子爵閣下に反旗を翻した愚民共に裁きの鉄槌を下し、籠城し我らの到来を待ちわびておられるバウマン子爵閣下をお救いするのだ!!」


 まるで舞台俳優の様に台詞を言い切り悦に浸るムルシアは部下達が銃を高らかに掲げて雄叫びを上げるさまを見ながら思う。


(さて、確かギルガメッシュ商会の支店があったな。くくふ……これはまた大金が手に入る、バウマン様様だ)


 と、今から住民を掃討した後に手に入る臨時収入の計算を始めていた。

 先程まで主君であるバウマンの身を案じる忠義の臣という表情は消え去り、絵本に出て来る悪い盗賊の様に醜悪な顔になっていた。

 何より私兵団の敵に威圧感を与え威嚇を目的とした派手な格好がその醜さをさらに増長させていた。



♦♦♦♦



「歩兵隊!戦列を組め!!」

「「「おおぉお!!」」」


 四つある部隊の内、歩兵部隊を率いるロペス準爵は門を通れる程度の幅で部下達に横隊を組ませる、それを何列も組ませて密集陣形を形成したのを確認したロペスは馬上から副官達に合図を送る。


「「「前進!」」」


 旗を持つ副官の号令に従い戦列歩兵は前へと進んで行く。

 軽快に太鼓の音が鳴り響く。

 一糸乱れぬ、とは行かず歩幅がバラバラで前や後ろで、左や右でぶつかりながらも数百人が一斉に動くさまは不格好ながら圧巻だった、次から次へと城門をくぐり広場に集結する歩兵達は銃撃されるとは思っておらず、実際に住民はバリケードの向こう側から顔を出してはいるが撃って来る気配は無く、門を苦くぐる為に狭めていた陣形の幅を即座に通常の幅に戻す。

 そして副官達は部隊長であるロペスが到着するのを待つ。


「聞けええぇ!愚かにも子爵閣下に牙を剥いた愚民共!大人しく降伏し、子爵閣下を開放するというのならこちらは寛大な処置をする如何!?」


 ロペスは馬上からバリケードの向こう側にいる住民に降伏勧告を行うと「分かった、降伏するから撃てないでくれ!」という返答が聞こえて来る。

 両手を挙げた人影が見えた瞬間だった、ロペスは叫んだ。


「構え!撃てぇ!!」


 その掛け声共に一斉に銃声がアーカムに響き渡る。

 人影は一瞬の内にズタボロになる。


「はっはっはっは!馬鹿共がこちらは最初から皆殺しにしろ言われているのだ!大人しく無様に抵抗し―――」


 ロペスはその先を言う前に銃撃されてズタボロになった人影の正体が何だったのかを理解する、それは布団や毛布を束ねて服を着せた不格好な人形だった。

 


♦♦♦♦



「ふむ、これは驚いたのうぉ。まさか、ワシが新兵の頃に使っていた火縄式マッチロック燧発式フリントロックを使っとるわい」

「いや、感傷に浸ってないで指示をくださいグスタフさん!」


 グスタフは広場が見える程度の高さのある建物から広場に集結するバウマンの私兵団を見下ろし持っている武器の古さに若き日の自分を思い出し、それに対してアッシュが呆れつつも慌てていた。

 そこはギルガメッシュ商会の支店の三階、普段は使われていない場所で若干埃臭かったが窓から広場が見える位置にあるという事から臨時の指揮所となっていた。


「ふむ、では発光信号で予定通り。相手が撃って来るまでこちらから撃ってはならん」

「……今なら一方的にやれますよ?」

「大義名分じゃよ、こちらは身を守る為に仕方がなくだ」

「分かりました、おい!発光信号を送れ!」


 アッシュは少し不服に思ったが百戦錬磨にして魔導歩兵から准将にまで上り詰めたグスタフの言う事なら間違いはないだろうと思い、控えていた連絡員に指示を出す。

 そして指揮所は慌ただしくなる。


 広場を埋め尽くすバウマンの私兵団、それに対して警邏官と自警団に退役軍人達を合わせて200人程度、彼我の戦力差で今こちらから攻撃しなければ数の差で圧倒されるとアッシュが不安になるのも当然だった。

 しかしグスタフは笑っていた。

 その表情は勝利を確信した笑みだった。

 轟音が鳴り響き私兵団が銃撃して来た事を悟ったグスタフは呟く。


「では授業の時間だ、アッシュ君。講義の内容は近代戦に置いて戦列歩兵が廃れた理由と何故、斉射砲が機関銃が登場するまで我が軍で多用されてたか?だ」

「……はい」

 


♦♦♦♦



「どぅわぁ!どうすりゃいいんだよ!」

「落ち着け!ここいらは全部、土魔法で補強されてるから貫通しねえよ、それより信号は?」


 布に覆われた何かの下で淑女の酒宴の常連でトマト騒動を引き起こしたダレンは悲鳴を上げて混乱するトマト農家のトーニオを怒鳴りつけ、仲間にグスタフからの指示を確認する。


「そろそろ突撃をして来るからその瞬間に撃て、だ!」


 銃声が止み自警団員や警邏官は顔を出す。

 銃撃が止んだのは弾込めの為ではなく突撃を始めた事を確認する。


「「「うぉおおおおお!」」」

「来たぞ!撃ちまくれ!」


 ダレンとトーニオは覆っていた布を取り外す。

 現れたのは一見すると車輪が取り付けられた大砲だった、しかし砲口には胡椒入れの先の様な無数の穴が開いた蓋が取り付けれている。

 そして横にはハンドルが取り付けられていた。

 トーニオはハンドルを握り狙いをつけ回した。

 バン!バン!バン!と砲口にはめられている穴が次々と火を吹き突撃して来る私兵達は次々と倒れて行く。

 ダレンとトーニオが操作する一見すると車輪が付いた大砲の正体は陸軍で機関銃が登場するまで使われていた斉射砲と言われる連射の出来る火器だった。


「撃ち切った!」

「分かった、よし各自の判断で撃ちまくれ!」


 警邏官と自警団は一斉に発砲する。

 突撃の失敗で浮足立っていた私兵団は突然の絶え間ない銃撃に晒され混乱し瓦解しはめるが、後で督戦隊と控えていたロペスは逃げ出そうとした者達を次々と射殺する。


「貴様等!行って死ぬか下がって死ぬかを選べ!」

「ひぃ!?しかし!」

「馬鹿者が!まだこちらはには擲弾兵がいるのだ!」 


 ロペスは後方に控えさせていた擲弾兵を投入する事を決める、しかしこのまま行かせてはすぐさま銃撃されて終わる、だからこそ自分の命を守る為だけに後方で同じ様に控えさせていた部隊も同じ様に投入する事を決める。


「はっ!こちらより早く撃てると言っても単発、斉射砲も一回で撃てる量は機関銃の10分の1よ!」


 分厚い鉄の盾を持った一団がバリケードに迫る。

 後ろには握る柄が取り付けられた手榴弾を持つ擲弾兵。

 徐々に距離を詰めて行く。

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