9話 憂う少女と拙い悪

 エマが大声で泣いた事であの後、すぐに皆が部屋に入って来て大騒ぎになった。

 そして皆から代わる代わるお説教を受けた。

 どうやらボクは半日ほど、眠っていたみたいだ。


 ちなみにボクが心配していたバウマンによる暴動鎮圧と言う大義名分の名の下に軍隊もしくは私兵団が襲ってくるかもしれないというのは、実は前から予想されていた事で既にバウマンの屋敷の前と三つある大通りは自警団が封鎖しているらしい。

 土嚢を積み馬車を倒してバリケードを設置している。


 あと最後にエマはどうやってボクが炎から逃げ遅れた人を守ったのか見ていないらしい。

 ボクもその時の記憶がすっぽり抜け落ちているので何とも言えない、それと顔の左側なんだけど、どうやら少し火傷をしているみたいで薬を塗っているから2,3日すれば良くなるらしいだけど、今は悪化しない様に治癒の術式が編み込まれた包帯を巻いている。

 なので左側が見えなくてうっかり蹴躓つまずいてしまう。

 何より一番辛いのはこの倦怠感だ。

 何だろう前よりも酷い、何と言うか二人分という感じだ。

 ご飯を食べたら少し楽になったけどまだ辛い。


 それからエマだけど、驚くべき事にエマという名前は偽名だった。

 本名はグリンダ・ウォルド=エマーソン。

 本来のセイラム領領主である今は亡きマーガレット・ウォルド=エマーソン伯爵の一人娘で、その伯爵は何と警邏官のお兄さん奥さんだった。

 もう一度言うけど警邏官のお兄さんの奥さんだった。

 警邏官のお兄さんはエマ…グリンダのお父さんだった。

 おい、と一瞬だけボクは殺気立ったけどエマの手前だから責め立てはしなかった。

 だけどお母さんに何度も告白している姿からどうしてもこの野郎、と思ってしまった。

 なんでそう思ったのかは良く分からないけど。



♦♦♦♦



「つまりエマの本名はグリンダ、という事になるんですね」

「うん、その騙していて本当にごめん?私はウォルド=エマーソン家の最後の生き残りでお父様は入り婿、だからどうしても血統を守る必要があって……」


 すまなそうにするエマ、いやグリンダなんだけど違和感が凄い。

 今まで俺口調のグリンダを見ていたから、急にお淑やかな喋り方をされると少し鳥肌が立ってしまう。

 声も改めて聴いてみると無理に低くしていたという感じだ、つまり本来のエマじゃなくてグリンダはお淑やかな?お嬢様と言う事だと思う。

 何で疑問符が付いたのかというと、たぶん本質は勝ち気で単純なんだと思う。

 ご飯を食べている時は普段と同じだったから、口調がお嬢様になっただけだった。


「気にしてませんよ、ボクだって廻者まわりものである事を隠していましたし」

「それとこれは違う!私のは保身、だけどマリアのは―――」

「ボクも保身です、それにまだ秘密はあります」

「マリアのお父さんがバウマンって事?」

「ぶふぁ!?」


 ボクは飲んでいたお茶を噴き出してしまった。

 何で知ってるの!話したっけ?話してないよ、一度だってバウマンのバの字も出してないよ、誰が言ったの?あ……一人だけ心当たりがある、絶対にあの人なら平然と言っている筈だ。


 そもそもヴォルト=エマーソン伯爵家は本来のセイラム領の領主一族だ。

 ただ先代の領主が謎の死を遂げた時、グリンダのお母さんで先代領主の一人娘のマーガレットさんはまだ赤ちゃん、他の親族が領主代行となる予定ったけどその人達も次々と不審な死を遂げ、何故か全く血縁関係の無いバウマン子爵家が領主代行となった。


 そして領主の座を守る為にバウマンはマーガレットさんとグリンダを暗殺しようとして、マーガレットさんはグリンダを庇って凶弾に倒れてしまった。

 という経緯を考えるとボクの事を喋ったのはあの人だけだ。


「また司祭様か……」

「え、もしかしてデュキカス司祭と知り合いなの?」

「はい、グリンダも知り合いなんですね」


 やっぱりレオニダス司祭様か!あの人は!口が堅いのか軽いのか、頭が良いのか悪いのか、はっきりとして欲しい。

 そうなるとたぶんボクとグリンダが仲良くなるのを阻止する為にボクの出生を話したんだと思う、残さないといけない大事な血統とバウマンに目を付けられているボクが接触する、それは避けたい事態の筈だ。

 だったら一言言って欲しい、そうしたら……ボクが避けてもグリンダの方からグイグイ来て結局は友達になっていたと思う。

 司祭様の狙いかな?あの人は本心が全く分からない。

 上手く隠しているから本質がまるで見えない、たぶん悪い人ではないと思うけど簡単に善人とは言えない。


「あの人は……目的はボクとグリンダが接触するのを避ける為にですか?」

「うん、だけど私はマリアと友達になりたかったから断った」


 思った通りだった。

 さてそれだとグリンダは淑女の酒宴で守る事になる訳だ、理由はたぶんバウマンに知られたから、そして淑女の酒宴は何でか分からないけど実力者揃いだ。

 セイラムの最後の正統な領主の血統、守らないといけない。

 そしてボクは友達のグリンダを守りたい。

 だけど困った、この一大事に黒幕の様に振舞っていた人が不在だ。

 どこ行ったんだろう、司祭様は……。



♦♦♦♦


 マリアローズとグリンダが友情を深め合っている同時刻。

 バウマンのいる領主館でセーシャルは苛立っていた。

 

 目の前にいる男に対して苛立っていた。

 親子でここまで性格が異なるとは、何故この男は自分の娘の様に頭が回らないのかセーシャルは不思議でならなかった。

 あの後、見事なまでに自分が仕掛けて行ったカリムと言う名の爆弾を処理して見せたマリアローズに敵ながら称賛を送りたい気持ちのセーシャルは父親であるバウマンの無能っぷりが不思議でならず、そして苛立っていた。


「カリムが貴方の妄言を鵜呑みして学校でテロを起こしました」

「そうだが、まあおかげで大義名分が出来た。後は処理するだけだ」


 馬鹿が!とセーシャルは内心でバウマンを罵倒した。


 ここが中国だの朝鮮だのロシアだの、民主主義の理念は戸棚の中に入れたまま忘れ去られる缶詰と同義の国だったらそれで良かった、しかしソルフィア王国ではその理屈は通らない。

 暴動を起こさせてそれを見せしめとして私兵団で掃討する、干渉して来る中央には領域の自主権への侵害だと言って跳ね除ける、そんな杜撰ずさんな計画が上手く行くとはセーシャルは到底、思えなかったし何より一番厄介なレオニダスの不在が何より気がかりだった。


 だからこそセーシャルは内心でひたすらバウマンを罵倒する。

 そして選択を迫られていた。

 このままバウマンを置き去りにして自分は本拠が置かれているアルビオンに戻るか、それとも危険を承知でバウマンを連れて山脈の向こう側にある内陸国へ逃れるか。

 内陸国の多くは今でも何かと小規模な紛争が続いている。

 比較的、安定しているスラーヴィア共和国に一時的にバウマンを亡命させるか。

 セーシャルは計画を練り続ける。

 そしてふと思い出す。


 (カリムに頼まれて貸していたアリスは無事に王都に到着してセドリックとオズワルドの二人の王孫に接触が出来たのかな?ちょうど入れ違いだったから確認が出来ていない)


 ここでセーシャルの計画は定まる。

 バウマンは見捨てる、証拠は隠滅する、そして王都に立ち寄った後にアルビオンに戻る。


 予定が決まったセーシャルは部屋を出てバウマンの書斎に向かう。

 自身の転移魔法でしか入れない壁の中に設けた隠し部屋に保管しているバウマンと委員会の顧客名簿、そして数々の違法取引の帳簿を破棄する為にセーシャルはバウマンの書斎に向かう。

 そして部屋に入ろうとドアノブに手を掛けたと時、奇妙な違和感を覚える。


 鍵が掛かっていたのだ。

 普段から鍵を掛けない事で隠すものなど無いと装っていた書斎に何故か鍵が掛かっていた、それに強い不安を感じたセーシャルは力任せにドアを蹴破り中に入りそして絶句した。

 書斎は物取りが入ったという次元を超えて何か怪物でも暴れたのかという惨状だった。

 机や本棚は倒され破壊され壁は、隠し部屋がある場所の壁は斧か大槌で破壊されていた。

 そして隠し部屋に置かれている大型の金庫もまた扉が破壊され抉じ開けられていた。


 セーシャルは目の前の現実に呆然とした。

 全ての書類が持ち去られている。

 焦り部屋を出ると最後の部下であるラシードが顔を青くして現れる。


「セーシャル様!バウマンの私兵が!」

「それは私の指示だ、淑女の酒宴を襲って来いと命令を出しておいた。まあ嫌がらせだ」


 セーシャルは少し楽しそうに笑う。

 あの小賢しくも強かな少女はバウマンの私兵をどう対処するのか、セーシャルは一種の遊びとしてバウマンの私兵を淑女の酒宴に差し向けた。


「では、シャーロットの件も……」

「シャーロット?あの小娘がどうかしたのか?」

「いえ、試作品の蒸気自動車を盗んで先程、領主館を逃げ出しました」

「―――!?」


 セーシャルは暢気に話すラシードを今すぐくびり殺したい衝動に襲われる。

 何故、止めるか始末するかしなかった、とラシードの無能っぷりに一度は収まった苛立ちにセーシャルは再び襲われる、がそれでセーシャルの考えも決まる。


「ラシード」


 セーシャルはラシードに向き直ってはっきりと言う。


「淑女の酒宴に行き、グリンダ・ヴォルト=エマーソン及びルシオ・マリアローズを殺害し、そののちに死ね」

「……セーシャル様?」


 一瞬、ラシードはセーシャルが何を言っているのか理解する事が出来なかった。

 今まで委員会の崩壊した後も付き従っていた自分を何故、切り捨てるのかラシードには理解が出来なかった。


「ああ、今後の事は問題ない、有能な部下を仕入れたからお前は用済みだ。これは情けだ、ここで無様に死ぬより華々しく戦って散りたいだろ?それともここでバウマンと共に命乞いでもするか?」

「……はっ!」


 ラシードは静かに覚悟を決めてその場を去る。

 その姿を見てセーシャルは思う、早く切り捨てておけばよかった。

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