28話 愛は温もりに満ちていて

「さあ、行こうか」

「はい」


 司祭様に差し出された手を僕は握る。


 一旦、教会に移動して後からお母さんとお母さんの身元引受人をしている女将さんに事情を説明して手続きをする事になった。

 お母さんと離れたくない、一緒に居たい。

 でもそれはお母さんを犠牲ぎせいにする事だ、僕が居ればお母さんは自由に生きられない。

 これで良いんだ。


「雨足が強まったな、ロドに馬車を呼ばせよう」


 これで良いんだ。これが最良の選択なんだ。


「何故、貴方がここに居れるのですか?レオニダス」


 声がして顔を上げると副女将さんが出口の前にいた、後には女将さんやお母さんもいた。


「何故、貴方がマリアの手を握っているのですか?そして何故、マリアが悲壮な顔をしているのですか?」

「真実を伝え、彼女の同意により教会で引き取る事になった」


 司祭様の返答で普段、足を打っても表情一つ変えない副女将さんの顔が怒りに染まって行った。


「リーリエ!ララ!セリーヌ!何をしていたのですか!!」


 副女将さんは声を荒げながら三人を呼ぶ、けどその声に返事は帰って来なかった。


「っ!?三人に何をしたんですか!」


 僕は思わず司祭様に掴みかかろうとした、でも体格差と握られている手から何か奇妙な力が流されて動けなかった。


「何もしていない、結界を張って声が聞こえない様にしているだけだ、危害は加えていない」


 その顔は微笑んでいるけど、信じられない。

 目が語っている、面倒になったと、でも僕はこの男について行くしかない。

 怖い、逃げたい、でもここで逃げたらお母さんを苦しませてしまう。


「マリアをどうするつもりですか?」


 お母さんが副女将さんを押しのけて前に出る。

 その目は今まで見た事がない程に厳しく鋭かった。


「私の娘をどこに連れて行く気ですか!」

「さっきも言ったが教会で引き取る、マリアも同意した」

「グエ!グエ!グエ!!」

「アストルフォ?」


 アストルフォが僕の足を掴んでいた、行くなと言ってくれている様で決心が揺らいでしまいそうになる。


「本当ですお母さん、今までお世話になりました」


 僕は深くお辞儀をする、今までずっと愛しくれていたお母さんにせめて感謝を伝えないと、もう自分を犠牲にしなくてもいいと伝えないと……。


「憎い男の子供である僕を廻り者だとしっても今まで育ててくれてありがとうございます、こんな得体の知れない…化け物を愛してくれてありがとうございます」

「マリア……」

「僕は司祭様の下に行きます、そすれば、僕なんかが居なければお母さんがしあ――」


 そこから先の言葉が言えなかった、一瞬何が起こったのか分からなかったけど頬を走る熱と痛みで僕は生まれて初めてお母さんに叩かれた事を理解した。

 怖くて見れなかったお母さんの顔を見ると泣いていた。


「二度と、二度とそんな事を言うじゃありません。自分を化け物だなんて言うんじゃありません!」


 そう言うとお母さんは僕を司祭様から引き剥がすと強く、今まで以上に強く抱きしめてくれた。


「貴女は私の宝物なのよ、貴女が生まれて来てくれたから私は今まで生きて来れたんだから……」


 でも、僕が居るとお母さんは自由に生きられない。

 離れないと、でも体が動かない。


「司祭様!私は言いました、この子を手放さないと!絶対に手放さないと言いました!例えあの男との子供だとしても、この子は私の掛け替えのない娘だと!」

「でも僕は――」

「貴女がもし、あの男に似ていると思っているなら勘違いです!貴女は亡くなったお祖母様の生き写しです、髪の色も肌の色もお祖母様と同じです!」

「でも、でも!」


 僕が居ない方がお母さんは幸せになれる。


「これを見なさい!」


 お母さんは司祭様が持って来て魔法道具を僕に突き付けてはっきりと言う。


「私は貴女が生まれて来てくれたから、一人ぼっちだった私に生きる希望をくれたから今まで生きて来れた、貴女が私を苦しみから救ってくれた、化け物だなんて思っていません、貴方は私のたった一人の掛け替えのない愛娘です!!」


 水晶は透き通っていた、何よりも透き通っていた。

 それはお母さんの心からの本心だという証だった。


「だから、どこにも行かないで」


 真っ直ぐ僕を見るお母さんの目に自然と口が動いてしまった。


「はい…絶対に、ずっと一緒にいます」


 目が熱い、涙が勝手に溢れて来る。


 僕はお母さんと一緒に居ても良い、前世の記憶を持っている得体の知れない存在でもお母さんにとって僕は大切な存在なんだ。

 そうだ僕は逃げようとしていた、怖かった。

 父さんと同じ目で何時か見られるんじゃないかって、ずっと怖かった。

 勘違いだった、馬鹿な僕の勘違いだった。

 僕はお母さんを抱きしめ返す、ずっと一緒に居るって伝える為に……。


「もうこんな馬鹿な事をしないで、約束して」

「はい、約束します」


 ああ、僕はここに居て良いんだ。

 ようやく偽らずに生きていいんだ。


「ところでマリア、司祭様にはどういう風に聞かされたの?」

「え?」


 どういう風に?どういう風と聞かれると、取り合えず聞かされた内容をそのままお母さんに伝える、これでも記憶力はそれなりに良いと自負しているから多少の差異はあってもそれなりに正確に伝えられる筈だ。


「――という事でボクは司祭様の下に行くことに決めました」

「そう、そういう風に聞かされたのね」


 あれ?お母さんの声が何か低い……。

 それに周りの皆の顔もさっきより怖くなってる。


「ぶち殺すの!!」


 ドガンという大音を立てて裏口のドアが吹き飛び、ぼろ雑巾の様にズタボロの三人を引きずりながらララさんが現れて、後からリーリエさんとセリーヌさんが拳をポキポキと鳴らしながら現れる。


「おう!おう!おう!てめえ司祭コノヤロー!よくもマリアを泣かせたな!!」

「結界を張って入れなくするとか、随分ずいぶん用意周到よういしゅうとうだね?そんな死に急いでるなんて知らなかった」


 三人とも顔が怖い、特にララさんは狂気を宿した笑顔だ。

 え、もしかして僕は僕が思っていた以上に大切に思われていた!?


 でも中身は男だよ、可愛い要素とか顔以外は特にない筈だ。

 喋り方だって小さい子供特有の拙さとか一切皆無なんだよ。


「レオニダス、よくもマリアを泣かしたねえ、覚悟は出来てんだろうねえ?」

「っひ!?」

「ベル、一思いなどと言う情けは必要ありませんよ、拉致して拷問して埋めましょう」

「ちょ!?待ってくれ!そもそも君たちが期限を過ぎても確認を行わなかったからだろう、私は立場上、確認しなければならないのだ!」

「……遺言は以上という事で良いのかしらぁ」

「シェリー、君は元々こちら側だろ?」

「元ですよぉ、今はぁ見ての通りのメイドでぇす」


 シェリーさんの目は笑っていなかった、とても良い笑顔なのに目は笑っていなかった。

 少しずつ司祭様を囲まれて行く。

 あ、ララさんに引きずられて来た三人が目を覚ました。


「レオニダス殿、我々も正直ドン引きです、廻者まわりものとは言え享年15歳という事はまだまだ子供、それも悲惨な人生を送って来た子にあのような配慮はいりょの無い物言い」

「我ら異端審問官なれど外道に非ず、貴殿の行い正に外道」

「今すぐに処したいです」


 あ、話している内容は外に丸聞こえだったんだ。


「痛!?」


 何かに頭を突っつかれて振り向くと、目が座ったアストルフォがいた。


「グエ!クエ!クエ!グエ!!」


 アストルフォは僕に怒っているみたいだった、本当にごめんね。

 僕がアストルフォを抱きしめると同時に女将さんが司祭様の胸倉を掴んで持ち上げる。


「ここで、暴力で、解決したらマリアに悪い影響があるさね、だからとっと帰んな」


 そう言って司祭様を外に放りでしてしまった。

 受け身も取れず顔面から地面に激突して生まれたての小鹿の様に立ち上がると、一緒に来ていた三人を睨む。


「か、帰るぞ」


 そう言われた三人は大きく溜息ためいきを吐いて外に出る。

 そしてこっちに振り返って頭を深く下げる。


「この度は大変なご迷惑をお掛けしました、今後一切の審問を行わないとロド・ペンスの名の下に誓いまして帰ってらあの馬鹿は処しておきます」

「今回の審問でルシオ・マリアローズに一切の悪性を持たない魂だと判断いたしまた帰ったらあの馬鹿は埋めておきます」

「埋めます?解します?沈めます?それとも燃やします?」

「貴様ら!!」


 後ろに鼻血を流している司祭様が叫び三人は再び大きく深く溜息をついて帰って行った。

 お笑い芸人なんだろうか?


「さてと、今日は臨時休業さね、マリアにはあの馬鹿が伝えていない事も話さないといけないからね」

「では家族会議といきましょう」


 そう言って女将さんは僕をお母さんの膝の上に座らせて、皆は椅子に座る。


「まあ、あれさね、ベティーがマリアを身籠った経緯はあの馬鹿が言ったとおりだけど、その後は丸っきり違うさね」

「ええ、マリアが前世でどんな子でどんな死に方をしたのか、ベティーは知っていましたし」


 え、ちょま、え!?僕が廻者まわりものなのは皆知っていると聞かされていたけど、一度もお母さんに前世の事は言っていない、誰にも言っていない、アストルフォにだって言っていないのに何で知ってるの。


「父親の名誉の為によぉ努力した息子を普通、殺すかあ?」


 リーリエさんまでご存じで!?

 と言うより皆ご存じで!?


「実はねマリア、この世界では他人の夢や記憶に繋がる事が珍しいのだけど起こるの、そして親子は起きやすいの、そして貴女の記憶に私は触れた」

「何時!?」

「生まれる前にね」


 わお!!速攻で胎児の段階で知られていたんだ。


「つまり僕は前世では男だという事も……」

「ええ、知っているわ、皆もね」


 はっはっは、全部承知の上でしたか……。

 何だろう、必死に隠して怯えて悪夢にうなされのが馬鹿みたいだ。開き直って正直に全部話しておけば良かったんだ、馬鹿は死んでも治らないって本当の事だったんだ。


 あれ、でも疑問が残る。

 そもそも僕をおろせなかったのは法律で堕胎だたいが許されている期間を過ぎていたからで、それなら産んだらすぐに教会に預けられる筈だ、でも僕は預けられることなく今まで生きて来た。


「マリア、あの馬鹿は意図的に伝えなかった事が幾つかあるので今から説明します」

「意図的に伝えなかった事、ですか?」

「そうです、ではベティーの口から伝えてもらいましょう」


 お母さんは僕を正面に向けて座らせ直して、真っ直ぐ僕の目を見る。


「マリア、よく聞いてね。私は貴女をおろす事を拒みました、司祭様からは秘匿ひとくするからと何度もおろす様に言われたのだけど貴女の魂に触れて、これから生まれて来る子は私以上に苦しんで、幸せをしる事なく死んだと知って絶対に産むと決めました」

「お母さん」

「何より貴女を殺すという選択をすれば、私はあの男と同じになってしまう。私を育ててくれた両親に胸を張れない事なんて出来ない、そして貴女に胸の張れない母親になってしまう」


 お母さんはすごい、普通なら生むという選択肢も育てるという選択肢も普通は取れない。

 取っても誰も非難しない、それが当たり前だからだ。

 でもお母さんは選んだ、お母さんは気高くて強くて温かくて優しくて、僕はこの人の娘として生まれて良かった、生まれて来て良かった。


「私は今、とても幸せです、孤独の中で苦しんでいた私に生きる希望を与えてくれた愛おしい娘と暮らせて、そしてその愛おしい娘の成長を見守る事が出来て私はとても幸せなの」


 だからちゃんと言わないといけない、あんな言葉じゃないちゃんとした感謝の言葉をはっきりと伝えないといけない。


「お母さん、僕も、お母さんに産んでもらえて、お母さんの娘として生まれて幸せです、僕もずっと苦しかったから、お母さんと皆に出会うまで僕は一人ぼっちだったから、だから、だから僕はお母さんと皆に出会て幸せです」

「ええ、だからもっともっと幸せになりましょう」

「はい!」

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