25話 嵐、来たる

「暇だね」

「クエ」


 7月になり厄介な梅雨も終わりに近付き、街道が封鎖される程の雨は降らないだろうと思っていたけど甘かった。


 1週間も雨が降り続いて街道が使えなくなってしまった。

 それが原因で今日も配送が遅れて僕とアストルフォにリーリエさんとセリーヌさん、あと何やら物騒な物の整備をしているララさん以外の荷物の受け取りに行っている。


 何でもセイラム領全体で街道の整備が遅れているか雑に舗装ほそうがされて、ちょっとでも長雨になったら街道が水浸しになってしまうらしい。

 ただでさえ悪路なのに濘泥ぬかるみだらけとなれば当然、馬車は安全運転でゆっくり進むしかない。

 そして今年は梅雨が長引いてしまって配送の遅れが多発している。

 今日も酷く雨が降っている、きっと荷物を受け取りに行った皆はずぶ濡れになっていると思う。


 そうだタオルを用意しておこう、雨除けの外套がいとうを着て行っても濡れてしまうから体を拭くタオルが必要になる。

 幸い、洗濯物は魔法で乾かせるからタオルの不足はない。

 

 思い立ったが吉日と僕は立ち上がった、そしてララさんが手入れしている物が目に映ったしまった。


「長雨は嫌いなの、梅雨も嫌いなの、湿気で小銃の調子が悪くなるの」

「へ、へえぇ……」


 あれ、銃ですよね。

 薬莢?とか言う物も一緒に横に置いてある。

 何で持っているんだろう、第二次大戦の映画とかテレビで出て来る確か小銃?に似ているのを、酒場で働いているメイドさんが何で持っているんだろう?この世界では常識なんだろうか。

 さっきから分解して部品を一つ一つ丁寧に拭いたり、何か塗ったりしている。


「ユージーン・ガラン、あ、この小銃の名前なの」

「へ、へえぇ……」


 ユージーン・ガラン、校の先生でやたらと銃について詳しい人がいたけどその人が授業で第二次大戦時に各国で使われていた小銃?の名前を熱く語っていた、確かイギリス軍の使っていたのはリー・エンフィールドで、それと同じ感じで名前が付けられたんだろうか。


「これ狙撃銃なの、王国で正式採用されている小銃の中で工作精度の高いのを選んで狙撃銃に改造しているの、でも名前はそのままなの」

「へ、へえぇ……」


 何で持っているかは、聞かないでおこう。

 僕は何も見ていないと心で思いながらさっと顔を逸らしてその場を離れようとした時、ララさんが手入れしている物を見たリーリエさんが驚いて走って来る。


「ば!?お前何やってんだ!」

「もう終わったの?」

「終わったの?じゃねーだろ!マリアの前で何やってんだ」

「整備なの」


 その返答に頭を抱えるリーリエさん、どうやら本当は秘密にしていた事あらしい。

 良かった、ソルフィア王国はアメリカみたいに年中カーチェイスして銃撃戦している国じゃなくて、本当に良かった。


「あのさララ、いくら何でもそれは無いよ」


 後から来てセリーヌさんは頭を抱えるリーリエさんの肩を叩きながら呆れた顔をしてララさんに苦言を言う。


「子供の前でさ、小銃を分解して整備するとか、女将が怒るよ?」

「それは困るの、すぐに片付けるの」

「片付ける前によぉ最初っからするな……」


 頭を抱え続けるリーリエさん、僕は小銃とか見なかった事にする。


「ぼ、僕はタオルを用意してきますね、たぶん帰って来た時に濡れてしまっていると思いますので……」

「ごめんね、私はリーリエを見とくからお願い」

「はい」


 僕は二階のタオルとかが置かれている物置にアストルフォと一緒に行く、そう言えば一緒に暮らす様になってから常に僕と一緒に行動している、そして何かする時は手伝ってくれる。

 そして今は背中にタオルを載せ翼で器用に押さえながら運んでくれている、アストルフォは本当に器用過ぎるよね。


 タオルを持って物置から出ると入り口に取り付けられているベルの音が聞えて来た、荷物を受け取りに行っていたお母さんや皆が帰って来たのかなと覗いてみると、誰だろう外套を羽織っていて顔が分からないけどあの長身は、たぶん司祭様だ。


 後ろにいる同じ教会の紋章が描かれた外套がいとうを羽織っている人が三人いる、背の高さでは判別が難しいな、お母さんも女将さんも女性としては長身だ。

 ソルフィア王国の女性は長身の人が多いお母さんは170㎝は越えていると思う、女将さんは180㎝は間違いなく超えている、ララさんは背が低いけど他の人達も全体的に背が高い。

 外套がいとうの上からだと体付きは分かり辛いけど男性かもしれない。


「おい、何でお前がいるんだよ」


 リーリエさんが不機嫌そうに司祭様に近付いて行く、それに続く様にセリーヌさんやララさんも近付いて行く、三人とも何か雰囲気が何時もと違う。


「リーリエか、すまないがマリアはいるか?」

「ああん?何でお前がマリアに用事があるんだよ」

「なに、確認の為だ」


 確認、何のだろう。


「帰るの、すぐに帰れば大事にならないの」


 ララさんの声、何時もの明るく少し暢気のんきな雰囲気なのに喋り方も何時もと変わらないのに少し苛立っている感じだ。

 ララさんの声に反応して後ろに控えていた三人が司祭様を庇う様に前に出る。


「やる気なの?いいなの、分かりやすいの」

「やめろお前達、私は話をしに来ただけだ。大事にはしない」

「信用しろって言うのかよ、悪名高いあんた等を……」


 一瞬だけど背中にゾワッとした、セリーヌさんの声はさっきまで明るく喋っていた時と違って低く、殺気だっていた。


「レオニダス殿、二階でこちらを見ています」


 何で隠れ見ていたのに、目も合っていないのに何で僕がいるって分かったんだ!?


「マリア、下りてきなさい」

「下りて来るなマリア、レオニダス、私を怒らせたいのか?」


 司祭様が僕を呼んだ瞬間、ララさんは聞いた事がないくらい低い声で僕を静止して、司祭様を睨みつける。

 え?ララさん、喋り方が変わってますよ!?


「雪原の死神を怒らせたいとは思っていない、だが期日は過ぎた、そして何度も延ばしてきたがこれ以上は待てん」

「こちらも何度も言ったぞ?まだ早過ぎる」

「遅過ぎる、理解するだけの頭を持っているなら話す必要がある」


 二人の間に剣呑な空気が充満している、リーリエさんもセリーヌさんも明らかに殺気立っている、司祭様の後ろに戻った三人も何時でも動ける様に身構えている。

 一触即発、駄目だ、このまま隠れていたら大事になる。

 素直に出て行こう、そう思って物置の陰から出ようとするとアストルフォが僕の足を掴んでいた。


「大丈夫だよアストルフォ」


 アストルフォの頭を撫でて笑って見せると渋々と言った感じに僕の足を掴んでいた前足から力を抜く。


「はい、司祭様。何か御用でしょうか?」

「何で下りて来た!?」


 一階に降りると動揺したララさんが僕の肩を掴む。


「あいつは危険な男なんだ、人の好さそうな面を――」

「分かっています、普段とは別の顔を持っているのは、前にも少しだけ見え掛けました」

「ほう、私の司祭としての顔以外に気づいていたとは……」


 入院している時に感じた違和感、そして時折観察されている気がしていた、そして今日でそれが確信に変わった。

 この人にとって笑顔は張り付ける物だ、お母さんみたいに感情の発露じゃない

「二人で話をさせてもらえるか、書類なら持って来ている、見せる必要はあるかな?」


 ララさん、セリーヌさん、リーリエさんは司祭様が懐から出した羊皮紙みたいな物を見て苦虫を噛み潰したかのような顔になる。


竜皮紙りゅうひしかよ、くそ!」

「やってくれたな……」

「……(チャキ)」


 りゅうひし?何だろうそれは、いやそれ以前にセリーヌさんが手にナイフを持ってるんだけど、何時出したの!?


「理解したのなら奥へ行っていてもらおうか、ロド」

「はっ」


 後ろに控えていた三人は前に出てララさん達を中庭に連れて行く。

 僕と司祭様だけが残された、二階にはアストルフォが控えていて何かあればすぐに出られる態勢を取っている。

 正直、怖いけど逃げる訳にはいかない。

 僕は真っ直ぐ司祭様の目を見る。


「ふむ、この状況で怯えないという事は中に入っている魂はそれなりの年齢の様だ」

「え?」


 入っている魂?年齢?何を言っているんだ、まさか僕の正体を知っている?


廻者まわりもの、生まれた時に気付いていたよ。何人も見て来たからね、あの時も、生まれた時も泣き方が普通の赤子と違っていた」

「……」


 そんな生まれた時にもう知られていた、だったらお母さんは……。


「ベアトリーチェも知っていた、いや、この淑女の酒宴で働く者全てが知っていた、知っていて今まで隠して育てて来た」


 知られていた、気付かれていた。

 駄目だ、頭が回らない、頭を鈍器で殴られた様な感覚がする、眩暈めまいがして立っていられない。


「座りなさい」

「……はい」


 そんなでも、だったら何で今まで、そういう素振りもなかった。

 普通に、普通の子供に接する様に毎日、朝起きるたびに抱きしめてくれて、ご飯を食べる時だって一緒に眠る時だって普通に子供の様に接してくれいた。

 皆も、リーリエさんも、シェリーさんも、ララさんも、キルスティさんも、セリーヌさんも、アデラさんも、副女将さんも、女将さんも、普通に子供として接してくれていた。

 さっきだって僕を守ろうとしてくれていた。

 でも廻者まわりものは殺さないといけない筈だ。


「安心しろ、全てを承知した上でお前を育てていた、確かな愛情を篭めてな」

「……」

「だがそれはお前が何者かを知らずに、でもある」

「……」


 声が出ない、頭が動かない。

 息が苦しい、これは恐怖?それとも別の感情?


「今日は確認の為に来た、お前が何者なのかのな」

「……」


 落ち着け、頭を働かせろ、生前は当たり前のことだっただろ。

 突然呼ばれて一方的に吊るし上げにされるのは、全ての教科で満点を出して不正を疑わるのは何時もの事だっただろ、同級生に何度も一番大切な時に嫌がらせを受けて窮地に立たされるのは、突発的な事態に一番していけないのは思考を考える事を放棄するだ。

 大きく深呼吸をする、そして顔を叩く。

 頭が動き始めた、目を逸らすな真っ直ぐ見ろ。

 自分に後ろめたい事が無いのなら堂々と構えろ。


「ふむ、私の質問に嘘偽り無く答えてもらおう」

「はい」


 僕の返事を聞くと司祭様は懐から何かを取り出してテーブルに置く。

 水晶?銀細工の奇妙な形の土台に水晶がはめ込まれた物だ。何だろう、不思議だ何で水晶は土台から外れないんだろう、細く緻密ちみつ繊細せんさいな細工が施されていて水晶を支えている部分に至っては少し力を入れただけで折れてしまいそうだ。


「これは偽りを見極める魔法が付加された魔法道具だ、偽りを言えば色が変わり、その色で嘘の内容を教えてくれる」


 この世界で初めて見る本格的な魔法を使った道具だ、でもその機能が都合の良い事実を作る為の道具という可能性もある。


「実際に使ってみていただけませんか?」

「ああ、分かった。私は女だ」


 水晶は真っ黒に染まる、司祭様の言葉を判断すると事実とは真逆の事を言えば黒くなるみたいだ、そして次々と司祭様は喋りその度に色が変わる。

 灰色は事実に対して多少の偽りや誤魔化しがある場合、事実の場合は水晶は無色に戻るか無色を維持するか、色はこの三つだけだ。


「さて、では質問を始めるぞ」

「分かりました」

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