20話 吟遊詩人
子供が夜更かしすると成長に悪い影響がある事は知っているけど、気になるから仕方がないのだ。
お母さんの仕事振りとか皆が普段どんな事をしているのかとか、気になるから開店して食べる事より飲む事が中心になる時間帯に、こっそりドアを開けて話し声に聞き耳を立てるのが最近の僕の日課である。
本当に色んな話が聞こえてとても面白い。
例えばアーカムに住む人の大半が農園や牧場などで働いている事、領税の関係から飲食店が極端に少なくてお酒を提供している店は淑女の酒宴以外は無いとか、知らなかったことがいっぱいで楽しい。
それとやっぱり年齢に関して地球とは大きく異なるのは事実みたいだ、最初はシェリーさんの冗談かと思っていたけど、少なく見積もっても5倍以上はある。60歳位のご老人は400歳から先を数えていないとか言っていた。
今日も日々の仕事の疲れを癒しに、自分への労いの為にお酒を飲みにお客さんが来ている。騒いでいる人や静かに飲んでいる人とか様々だけど一様に木製のビールジョッキでお酒を飲んでいる。
窓とかにガラスが使われているからガラス製品とか普及していると思っていたけど実際はそこまで普及していないみたいだ。
「だからよ!ガラス税を減らしゃーよー、俺の暮らしも楽になるんだよ!」
「馬鹿かお前は!ガラス税じゃねえよ一枚肉税だ!一枚肉税を無くせばステーキ食い放題になるんだよ、そっちの方が生活が楽になんだよ!」
ガラス税?一枚肉税?何それ!?馬鹿なの?そんなに税金だらけにしたら収税は増えるどころか減る一方だよ、ここの領主は本当に救いようのないお馬鹿さんなんだな……。
「人頭税とか無くならないのかな……他の領地だと無いらしいぞ」
所得税があるのは知っているけど、所得税が導入されているのなら人頭税は無い筈なのに、セイラム領では時代錯誤な税がまだ施行されているとは……その内、クーデターが起こるんじゃないだろうか。
「税金が高過ぎんだよ、何なんだ砂糖税て?」
「知らねーよ、塩税とかも分けわかんねーよ!」
僕も分からない、北側の朝鮮なんだろうかここは?
もしかして呼吸税とかあるのかな、いやあったら既に暴動が起きてる。
「ギルガメッシュ商会が来なかったら、俺はとっくの昔に他領に移住してた」
「ああ、ギルガメッシュ商会様様だな、あそこのおかげで日用品の値段が下がって母ちゃんに稼ぎがすくねーて怒鳴られなくなった」
「馬鹿、そりゃあお前が毎日ここに飲みに来るからだろうが、器量よしの奥さん貰っといて文句言ってんじゃねえぞ!」
そう言えば淑女の酒宴で提供されているお酒類や日用品とかギルガメッシュ商会から購入しているって前にキルスティさんが言っていた。
僕と同じ色白な肌と少し薄いブロンドの髪、地味な顔立ちだけどそれが知的な印象を与える美人、それがキルスティさんだ。
今、お尻を触ったお客さんの腕を
おや、また新しいお客さんが入って来たみたいだ。
少し背伸びをしたら入り口が見えるから気づかれない様に慎重に覗いてみると、何あれ?派手な恰好で来ている服の色使いも派手、被っている帽子は奇抜で帽子が本体と言う状態だ。
そして出で立ちが原因で存在感の薄いウクレレ?あ、確かリュートだ、が肩から下げられているけどこれは昔の日本の居酒屋で定番だったいう、流しと言われていた人と同じ職業の人だろうか?
「ああん?んで吟遊詩人が入って来てんだ、表に吟遊詩人お断りって書いてんだろうが」
リーリエさんが声を荒げながら流し、じゃなかった吟遊詩人に掴みかかる勢いで近付いて行く。
「見えましたよ、ですがやはり酒場には吟遊詩人が居てこそという物、試しに一曲聞いていただけませんか?」
「はあ?馬鹿言ってんじゃねえぞ、帰れつったら帰れ!」
リーリエさんの剣幕を前にしても吟遊詩人は一歩も退かずに一曲歌わせてくれと言い続ける、一進一退の攻防をお客さんもお酒の肴にして楽しんでる。
誰か止めた方が良いよ、このままだとリーリエさんの堪忍袋の緒が切れてしまう。
僕が心配していると女将さんが現れる。
「さっきから言ってるがね、内は吟遊詩人はお断りだ、客受けを狙って品の無い語りをする奴が後を絶たないからねえ」
「それは重々承知です、ですがそれは語り手の腕次第、いえ声次第という物、同じ語りでも声が違えば聞こえも違う」
女将さんを前にしてもまだ退かないなんて、と言うよりも微妙に論点がズレている気がする、女将さんもその返答を聞いて苛立っている見たいだ。
どうやら彼には無謀と勇気の区別が付いていみたいだ。
「せめて一曲、お代はいりません」
「……分かった、しょうもなかったら叩き出すからね」
女将さんからの許可を貰った吟遊詩人は入り口近くの空席に座りリュートの調子を確認すると咳ばらいをして語り始める。
「今宵語りますのは、やはり吟遊詩人の間では定番であり多くの者によって語られている物語、誰もが得意としながら語り手の違いで風味が変わる名作、古き世の古き歌でありながら今も色褪せる事の無いギリウスの火でございます」
ギリウスの火?何だろう、昔話の本はよく読んでるけど読んだ事がない。
古き世、どれ位昔なんだろう。
すごく気になる。
「今より三百年前の事…」
話は300年前、山脈の外にある小さな山間部の村に生まれた、青年の幼少期の思い出から始まった。
荒れた土地、畑を作ろうにも少し耕しただけで大量の石が出て来て土地自体も痩せていた、
そんな村に生まれたギリウスという青年は幼い頃から聡明な知恵者として知られていた。
彼は石の少ない場所を見つけては畑を作り、痩せた土地を知恵と工夫で改良して行った。最初は誰にも理解されず馬鹿にされていたけど次第に村の人達もギリウスの言葉に耳を傾ける様になり、やがて村から少しずつ飢えの苦しみが消えて行った。
ギリウスは村の相談役になり青年になる頃には沢山の革新的な政策を打ち出し続けたけど、村人は都合が良い時だけギリウスの言葉に耳を傾け冬の後への備えや獣への備えと言ったすぐに結果が出ない事には難色を示し続けたけどそれでも村は栄えて行った。
でも村に災いが訪れた。
昨年の冬に大雪が降り森が荒れてしまい食べ物に困った動物が次々と村の畑に押し寄せ、それを追って来た肉食の獣が村人という格好の餌を見つけて襲いだしたのだ。
最初は村人総出で獣を追い払っていたけど畑が荒らされた事で次第に食べる物が無くなり、村は再び飢えの苦しみが襲った。
ギリウスは突然、村人を集めて獣を狩り尽くす為の策を提案する。
翌日、村人たちはギリウスの策通りに動き獣を狩り尽くした。
その方法はギリウスの火という人間でも亜人の様に火を操る事が出来る物を使い、獣たちを罠に嵌めてギリウスの火を用いて焼き殺すというものだった。
獣を狩り尽くして村に平和が訪れたかの様にに思えたが村人は畑を耕す事を拒み、ギリウスの火を使って別の豊かな村を襲うと言い出したのだ。
ギリウスは必死に止めたが村人はギリウスの火で豊かな村を襲い、その村に住む人々を皆殺しにしてしまう。
村人たちはギリウスの火を使って勢力を拡大して行き、最終的にはギリウスの弟が中心にとなり国を興してギリウスの火の力によって増々勢力を拡大し行った。
だがある時、仲間の一人が裏切りギリウスの火の製造方法を他国に売り渡した。
ギリウスの火を独占できなくなった事で次第に追い込まれて行ったが、彼らをギリウスは見捨てる事が出来ず、彼らと共に最後を向かえた。
と、ここで一旦吟遊詩人の語りは終わる。
300年前に始まった戦乱、確か100年前に終わった大争乱の事だ。
最初は小さな小競り合いから始まって最終的に大陸中の国を巻き込んだ争いに発展したという、僕がいた世界で言う世界大戦みたいな出来事だ。
最終的にどの国も余力が無くなり小康状態が続いて100年前に休戦条約が結ばれた事で終結した、ソルフィア王国だと西部の国境にあるグラウ・ロス要塞攻防戦が最後の戦いで多くの戦死者を出したと歴史の教科書に書かれていた。
「さて、この後は歴史となりますれば詩人の語る事ではありません、教師の務めです。詩人が語る物語の続きは愚かなギリウスの事にございます」
愚かなギリウス、でも彼は村人を救いたい一心で頑張っていた。
愚かなのはギリウスの言葉を信じず都合の良い時だけ耳を傾け続けていた村人の方だ、冬の後の脅威だってギリウスは警告していたけど誰も信じなかったから村は獣に襲われたんだ、ギリウスが愚かなのは村人を見捨てなかった事かもしれない、けどそれが大争乱に繋がるなんて後の世の人だから分かる話だ。
その時を生きていた人にはその判断が最良だった。過去の出来事を今を基準にして断じてはいけないんだ。その時代にはその時代の考え方があるのだから。
「
僕はこの人嫌いだ、語り方が厭味ったらしい。
たぶんだけどこの人はただ喋っているだけだ、物語の奥深くまで理解していない、師から教わった内容をそのまま喋っているだけだ。
その証拠にリュートを全然弾いてないよこの人、語りに集中し過ぎてリュートの存在を忘れてるし何度言うか、街頭で宗教演説を聞いている気分になる、本当にこの人は吟遊詩人なんだろうか。
この人は僕の中で三流吟遊詩人に確定だ。
お、リュート弾き始めた、続きが始まるんだ。
「―――――――――」
今、何て言った?え、嘘だよね。
嘘、だよね……。
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