13話 知らない天井

 知らない天井だ。こんな台詞、どこかで聞いた事がある。

 僕はどうして眠っているんだっけ?


「っぅ!?」


 思い出した、すっごく思い出した!


 ボクは留守番していたら、怪物の様に醜い顔の男に襲われたんだった。

 そして色々と知恵を巡らせたけど、結局はサッカーボールみたいに盛大に蹴り飛ばされて窮地に陥ったんだった。

 肋骨が折れてるかも、すごく痛い!


「ふむ…起きたか、痛む所は?当然あるだろうが具体的に言って欲しい」


 え、誰?どなた?何と言うか着ている服と容貌が噛み合っていない御仁は?2メートルはありそうな巨躯、野性味が溢れながら野蛮さは感じない顔立ち、鮮やかな金髪を丁寧に切り揃えていても清廉よりも溢れ出す漢が勝るライオンみたいな人は?


「ああ、そう言えば最後に会ったのは赤子の時だからな、覚えていないか……」


 赤子の時?そう言えばこの特徴的な美声、聞き覚えがある。

 確か、お母さんが司祭様と呼んでいた人だ。

 名前は……。


「レオニダス、司祭様ですか?」

「!?覚えていたのか……」


 あれ。何で名前を読んだら少し暗い顔になるんだろう?さっきは覚えてしないという顔をしたら落ち込んだのに、今度は覚えていたことで落ち込んでいる?何故なんだろう……。


「ごほん、取り合えず酷く痛む所はあるか?」


 酷く痛む所、お腹と脇腹と落ちた時に打った左肩と…後は体が妙に気怠けだるい事だけだ。


「成程、致命傷ばかりだったのだが、痛む程度まで回復しているとは……」

「僕は…そんなに重傷だったのですか?」

「そうだ、普通なら助からない。治癒を施しはしたが……破裂した内臓は完全に治っている、祖父譲りという事か、はたまた才能か」


 司祭様は僕のお腹に手を当てて目を瞑り、そして手から光を発した。

 お腹の中を探られる不快感はあったけど嫌な感じはしなかった、温かい光だったからかもしれない、そして目を開けて僕の体の状態を話し続ける。


「折れた肋骨とそれと脱臼した肩は完全ではないが大分治っているみたいだな、痛みはまだ残っているが、命に関わる傷は治っているみたいだな」


 そして次に運ばれて来た時の僕の状態を話してくれた。

 幾つかの臓器の破裂、肺挫傷、脱臼や骨折とか、あの男は僕を誘拐する為に襲って来た筈なのにあの蹴りにどれだけの殺意を篭めたんだ、何と言うか思っていた以上の想像を絶する馬鹿なのかな?


「しかし、三歳で……」

「?」


 何故、司祭様は言い淀んだろう、そう言えば衝撃的な発言で聞き流していたけど祖父譲りって何?才能という件も気になる。


「三歳で魔力に目覚めるとは、命の危機が故の目覚めだが、だが早過ぎる……」


 んんん?司祭様、僕にも分かる様に説明して欲しいのだけど、僕が魔力に目覚めた?でも確か6歳から10歳の間に目覚める筈だから早過ぎるけど、早く目覚める事に何か不都合でもあるのかな?でも、生まれた直後に魔力に目覚める天才もいるって本に書いてあった…説明を求む。


「すまない、つい考え込んでしまった。問題は無い、喜ばしい事だ」


 良かった、何か不味い事があるんじゃないかと不安になってしまった。


「治癒魔法って凄いですね、致命傷でも治してしまうなんて」

「いや、運ばれて来た時、私は助からないと判断した…君自身が治したんだ」

「ふえ!?でも、僕は…」


 何もしていない、何もできない。

 魔法の事は目の前で見て、本で読んで知っていたけどそれだけだ。

 自分で使った事もない、使おうと思った事もない。

 地球には無い、物語の世界だけの存在という考えが強くて現実味が無くて、自分に使えるという発想に至らなかった。

 なのに自分で自分を治した?そんな馬鹿な事があるのか?


「奇跡に、全ての可能性を賭けて治癒を施した。その時だ、君の中に眠る魔力が目を覚ましたのは、驚愕きょうがくした、底の見えない魔力だった…君が使った魔法は内向ないこう魔法と言われる、一般的で誰でも使える魔法だ、魔力がある者なら個人差はあるが誰でも使える魔法なのだが、君の場合は特殊だ」


 司祭様は淡々と説明を続ける。


 僕の魔法、それは内向ないこう魔法。

 体を強くしたり、傷を早く治したり、感覚を研ぎ澄ませたり、自身の体に作用する魔法で誰でも使える魔法でもある。でも、僕の場合は特殊で内向ないこう魔法に特化していて、それ以外の魔法は使えない代わりに致命傷でも自力で治してしまう。


「私が治癒を施した事が引き金となり、眠っていた魔力が目覚め、そして君自身の生き様とする本能が君を救ったのだ、その倦怠感けんたいかんは持てる魔力を全て治癒に使って魔力が枯渇したからだ」


 実感がない、僕が僕を救った?信じられない。

 才能は無く、努力以外の手段も無く、ただ死に物狂いで走り続けた記憶しかない前世、今でもその感覚が抜けていない、僕にそんな才能があるなんて思いもしなかった。


「何も…出来なかった。死に瀕する君を救えず、ただ神々に縋るしかなった……」


 司祭様の顔は苦しそうだった、確かに僕は自分の力で自分を救ったのかもしれない。

 でも―――。


「でも、司祭様が…諦めずに救ってくれようとしたから、僕は今、生きているんです」

「……」

「だから、ありがとうございます。僕はまだ死にたくなかった、まだお母さんに何も返せていないから、だから死にたくなかった」


 僕は、僕は、何の為にこの世界に生まれ落ちたんだろうか。

 死に瀕して強く思った、まだ死にたくない。


 お母さんに何も返せていない、皆に何も返せていない。

 だから生きてて良かった。

 僕はそう強く思った。 

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