12話 騎士の様に

 意識が薄れて行く中でボクは綺麗な鳴き声が聞いた。

 とても澄んだ綺麗な鳴き声だった、痛みを忘れてしまう程に……。


 ボクは空を見上げた。


 鷲の前半身と馬の後半身を持つヒポグリフがいた。

 迫って来る男への恐怖が何故か、少しだけ薄れた。


 不思議な気持ちだ、死ぬ前に見た最後の光景がこれなのに心が落ち着いている。

 目の前に迫っている男は、手に持っている短剣を僕に向かって突き出して下卑た笑みを浮かべている。


 ああ、また死ぬんだ、僕は……。


 そう思った瞬間だった。


「ピイィイー!」

「ぎゃあああ?!」


 ヒポグリフの鳴き声が聞こえたと思ったら、男の腕が何か目に見えない力で切り落とされて宙を舞った、そして風が吹き荒れて砂塵が舞い、ボクは思わず目を閉じてしまった。

 再び目を開けた時、目の前に翼を大きく広げて前足を高々と上げるヒポグリフがいた。


「グエ…」


 ヒポグリフはボクを見て小さく鳴いた、まるで安心しろと言っている様だった。

 男に向き直ったヒポグリフは再び威嚇をする。


「な、なんで、魔獣が!?」

「グワ!グワ!!」


 男は動揺していた、小さな柴犬と変わらない大きさのヒポグリフを相手に男は後ずさり距離を取る。

 男が距離を取ってもヒポグリフは翼を広げ威嚇を続ける。

 その翼を大きく広げるヒポグリフの後姿はボクには騎士の様に見えた。


 はっきりと思い出した。


 ヒポグリフ、シャルルマーニュ十二勇士が一人アストルフォの騎馬。

 多くの冒険をアストルフォと駆け抜けた、捕食者と被食者との間に生まれた存在する筈の無い幻馬。

 カッコいい、とてもとてもカッコいい。


「クソ!クソ!!」


 男は悪態をつきながら後ずさり続ける。

 だけど後ろから誰かに頭を掴まれて持ち上げられる。


「あんた、、誰だい?」


 男の頭を掴んだのは女将さんだった。

 普段は気さくな笑顔を浮かべている筈の顔は鬼の形相だった、眼は血走っていて離れていても女将さんに頭を掴まれている男の頭の骨が軋むミシミシという音が響いて来る。


「誰だ?!貴様!?」


 男がそう言うとさらに力を入れられたのか悲鳴を上げる。


「聞いているのは私さね!」


 男の口は悲鳴しか発しない、それでも必死に抵抗しているけど女将さんは微動だにしない。


「答える気はないのかい、ならマリアを痛めつけた事への報いさね。死なない程度に死にな!」


 女将さんはそう叫ぶと、勢いを付けて黒衣の男を顔面から地面に叩きつける。

 地面に叩きつけられた黒衣の男は電気を流された蛙の様に痙攣けいれんする、死んではいない、気を失っているだけだと思う。

 でも、もう動くことはない。

 それを確認するとヒポグリフは翼を畳む。


「マリア!」


 お母さんの声か聞こえた。


「マリア、マリア、返事をして!」


 お母さんが走って来て、僕を抱き締めてくれた。ヒポグリフは空気を読んだのか女将さんの隣に移動していた。


 良かった、僕はまだ生きられる。

 お母さんと皆とまだ一緒にいられる。

 何だか、安心したら体から一気に力だ抜けて僕は意識を手放してしまった。 

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