20④-⑤:君たちがいたから
リザントに来てから、10日が経った。
セシルは他の皆と毎日、いつ襲いに来るか分からない王妃への対策を考え、そして思いつく限りの武器や罠を作ったり、仕掛けたりしていた。
そんな中、やっとできた休息の時間に、セシルは宿の自室で一人、窓から外の景色を眺めていた。外は夕暮れ時で、傾いた日が、帰路を急ぐ人々の影を濃く映し出していた。
「…ふう」
セシルは窓枠に体を持たれかけさせながら、白い吐息を一つついた。
「…色々と、あったな…」
山に落ちていく日を見ながら、つぶやく。
かつて、自分はずっと、自分の人生に絶望していた。
だけど、マンジュリカ達に振り回され、更に絶望を強める中、レスターと出会い結ばれた。
そんな幸せに自身が出会えるなんて、思った事すらなかった。不幸がきっかけとなって得られたその幸福に、セシルはそれまでの不幸に感謝したことさえあった。
だが、それから後、愛しい我が子を失い、アーベルたちに囚われ、やはり自身の人生には絶望しかないのだと思った。だが、テス―自身の絶望の理解者が現れ、そして、アーベルに囚われた時とホリアンサの時と、二度も自分を救ってくれた。
「本当に色々、あったな…」
セシルは、もう一度つぶやいた。特にここ数年は、思ってもみなかったことの連続の人生だった。
本当に人生、何があるか分からないものだな、と心の底からセシルは思う。
「…ん?」
その時、部屋がノックされた。返事をすれば、テスが「よ」と手を上げ入ってくる。その後ろには、アンリがいた。
「2人して何の用だ?」
「暇だから、かまいに来た。何か面白い話でもしてくれ」
テスは勝手にテーブルに座り、早速と言わんばかりに、置いてあったお茶菓子に手を伸ばした。アンリも、テスに「遠慮なく座れ」と言われて座る。セシルは、ここオレの泊まっている部屋だぞと、心の中でつっこむ。
「かまいに来るのはいいんだが、オレ面白いネタ、何も持ってないぞ…あっ、そうだ」
セシルはふと思い出す。
「リアン、元気になってたけどさ。お前、何言ったの?」
リアンを連れて帰ったあの日、リアンはずっと暗い顔をしていたのに、部屋でテスと話したらしい後には、すっきりとした顔をしてセシルの所へ遊びに来ていたのだ。
あれだけ色々とあって、落ち込んでいる者を、どんな言葉で励ましたのか、セシルは素直に興味があった。
「別に。俺の不幸な人生を話して、世の中はうまくいかないねって意気投合しただけさ」
「…つまり、不幸自慢したってことか」
「自慢したつもりはないんだが。一番の理解者がいるってことを教えてあげるには、負けないぐらい不幸な自分の事を話すのが一番だろう?」
「う~ん、他のやり方もある気がするけど…まあ、それで効果があったんなら、いっか」
セシルは苦笑すると、窓を閉めて、2人のいるテーブルの席に着く。
すると、テスは、セシルの視線をアンリに促すかのように、目くばせをした。
「まあ、実をいうとここへ来たのは、お前に喜ばしい報告をしたくてな。な、アンリ」
「…え、ま、まあ…」
テスに振られて、アンリが「たいした事ではないけど」と、ちょっと照れくさそうに視線を逸らした。
「テスファンと仲直りしたんだ。リザントに来てすぐの事なんだけど、色々と忙しかったから、今日初めてテスに報告して。セシルも、報告が遅れちゃって、ごめん」
「…テスファンって、あの酒飲み場の?」
「そう」
「…お前、あんなに許さないって言ってたのに?」
あれほど怒っていたというのに一体どういう事があったんだ?と、セシルはアンリを見る。すると、アンリは頭を掻きながら、苦笑した。
「実は、双方色々と思いのすれ違いがあったというか…。つまり、僕は色々とテス…あ、こっちのテスじゃなくて、テスファンのことを誤解していて」
そして、アンリは仔細をセシルに説明した。
「…へえ、そういうことだったんだ。…思いやりの行き違いみたいなもんだな」
相手を思っているがために、相手を傷つけてしまったという事なのだろう。セシルは、人間関係の難しさを、つくづくと感じる。
「ありがとう。僕がテスと仲直りできたのは、君達のおかげだよ」
アンリは立ち上がると、2人に1回ずつ、深々と頭を下げた。頭を下げられる覚えのない2人は、「俺たち何もしていないけれど」と不思議そうに首をかしげる。そんな2人に、アンリは「ううん、君たちのおかげだよ」と首を横に振る。
「…君たちと出会えたことで、またここへ戻れて、そしてテスと仲直りをすることができた。君たちがいなければ、僕は本当の事を知ることもないまま、一生テスの事を恨み続けていたと思う」
「だけど、オレ達がここへ来たのは偶然だぜ?たまたまだから、別に礼なんかいらないし」
「偶然でも、きっかけができたのは君たちがいたからだ。君たちと出会えてよかった。そのおかげで僕は、10年もの間抱えていた鬱屈とした気持ちを、すっきりと消すことができたよ」
アンリはふふっと笑って、2人を見た。その笑みは、清々しさの感じられる笑みだった。
「…まあ、そう思いたいのなら、勝手にそう思えばいいけどな」
テスは腕組みをすると、しれっと目を逸らしたが、心なしか頬が照れで赤くなっていた。
「素直じゃないなあ、テスくんよぉ」
セシルが肘でテスの脇を小突くと、「うるさい」とパンチが飛んできたので、セシルはそれをさっと避けた。アンリはそれを見て苦笑すると、居住まいを正し、もう一度頭を下げた。
「とにかく、ありがとう。君たちがいてくれてよかった」
「「……どういたしまして」」
セシルはテスと目を見合わせると、素直にそう言うことにした。
2人は、なんだかとても気恥ずかしかった。だが、自身達の存在が認められたような気がして、嬉しくもあった。
―こんこん
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます