20④-②:恋バナ
その夜、セシルはリザントの宿街に泊まることになった。ただ、リアンを入れ、8人という大人数で泊まると、何をしに来た者達だろうかと不審に思われるため、数人ずつに別れて別々の宿に泊まることになった。そして、セシルは、レスターと同じ部屋に泊まることになったのだが…
『僕もそうだけど、世の中には不思議なことがあるものなんだねえ。前世が分身となって、今世と同時に存在しているなんて』
テスから励ましついでに前世の説明を受けたらしいリアンは、ベッドに腰掛けしみじみとセシルを見ながら言った。彼女はテスと同じ宿なのだが、レスターが風呂に入っている間に、窓から『お邪魔します』とセシルの部屋に遊びに来ていた。
「……」
その前のベッドに腰掛けながら、セシルは奇妙な心地になっていた。500年も昔のご先祖様が、こうやって目の前にいて、会話しているのはなんだか不思議で変な心地がしたからだ。
『そう言えば、キミの体、ちゃんとなってるね。よかった』
リアンが、セシルの体を頭からつま先まで見て、嬉しそうに言った。セシルはその言葉で、前に思っていた疑問を思いだし、口に出した。
『そう言えば、一体どうやって、オレを生き返らせたんだ?』
すると、リアンは得意げに胸を張った。
『原子魔法の魔術式を刻んだ神の涙で、キミの砂になった体を組み立てたんだよ』
「原子魔法でって…それって500年前からあったのか?」
幼い頃のセシルが、マンジュリカの元で考案した原子魔法。だから、あっちの王妃が知っていても、この王妃が知っているはずがない。以前からあったのだろうか、とセシルは首をかしげる。
『ううん。あのバカ野郎の方の僕が、マンジュリカから教えてもらったのを、夢を通じて知ってね』
「ああ、そうだったな…お前、あいつの方の記憶もあるんだな」
『うん。あいつ、何かに利用できるかもしれないと、キミの王家の最悪の事態に巻き込まれて、砂になったマンジュリカを瓶に入れて保管していたんだ。マンジュリカの場合、巻き込まれた段階で既に死体だったはずなんだけど、どうしてか砂の中に意識が残っていてね。…とにかく、瓶の中からマンジュリカが毎日のように肉体を欲しがって、ある時、マンジュリカは原子魔法で器を作る事を、あいつに提案したんだよ。…あいつも元のような肉体が欲しいという、利害の一致があったからね。あいつはマンジュリカの提案に乗ると共に、マンジュリカを支配下に置いた。…結局、器づくりは、マンジュリカが原子魔法がへたくそで、あいつも微妙にへたくそだったおかげで、アーベルが協力するまでは強度の高い物は完成しなかったんだけどさ。…とにかく、サーベルンの祭りの日、キミがあいつらのせいで死んじゃったってことを知って、責任感じて僕は、原子魔法で何とかできないものかとシコウサクゴしたんだよ。ちゃんと魔術式が働いてくれるか不安だったけど、どうやら大丈夫みたいだね。一度、キミが大きな猿になっちゃったときは、もうダメだと思ったけど、こうして生きてくれているし』
リアンはもう一度セシルの体を上から下まで見ると、ほっと息をついて、ベッドにころんと仰向けになった。
『…にしても、テスさんに聞いたけど、神の涙ってあんな成り立ちがあったんだね。異世界の物質トリフォリウムか…僕が生きていた頃には、北の地には異世界の物質の話なんて、まったく残っていなかったよ。だから、神の涙が何かの作用で変性した魔晶石だってことは分かっていても、その原因が神の瞳だなんて伝わってなかったし。それどころか、女神様も、僕が生きていた頃には、畏怖の対象になっていたよ。みんな、世界に災厄を振りまく邪神だって、忌み嫌っていたんだから。ジークだって、そんな異世界の記録があるなんて教えてくれなかったもの』
「じゃあ、あいつはどうしてあの爆弾を作れたんだ?」
神の瞳の爆発と、魔晶石を神の涙にする効能を知っていなければ、あの爆弾を作ろうと思いつくはずがない。セシルは、不思議そうに首をかしげた。
『ああ、あれはね…』
リアンはひょいと起き上がると、忌々しそうに口を開く。
『あれは全くの偶然の産物だよ。ゴミとして神の瞳をためていたのを、捨てに行くのも面倒だから散らそうと、あいつ火薬で爆発させたんだよ。マンジュリカが居た頃はマンジュリカが毎日捨ててくれていたんだけどさ…いなくなった途端こうだとは自分の一部ながら聞いて呆れるよ。…まあとにかく、そしたらすさまじい爆発が起こってね、あいつは殺傷能力が高いキバク物質だという事に気づいたんだよ。…アメリアを使った器を大量生産しつつ、アーベルと一緒にそれで爆弾を作ることを予定していたんだけど、アーベルはああなって、あいつもテスさんに封印されて。…そして、目覚めるなりあいつは、爆弾を試作し、テスの祖国を実験台にして威力を試した。…結果はあいつが思っていた想像以上。だから、ホリアンサを壊滅させた後、あいつはかつてマンジュリカと居たアジト…北の地の洞窟で、せっせと神の瞳で爆弾をつくっていたよ』
「……」
『更にあいつは、爆弾の副産物…神の涙を広範囲に発生させて、その地の人間を魔物化させられるという事にも気づいてしまった。街の人々が魔物化した時、テスさんたちがすぐに対処してくれたと聞いたけれど、あいつはその事を噂で知ってしまったんだ。…今は、あいつの力が弱くなったせいなのか、遠い所にいるせいなのか、あいつの精神がのぞけないけど、きっと更にセイコンを込めて爆弾を作っているはずだ。アジトの場所は、さすがに変えているだろうけれど』
「そうか」
セシルは、軽い調子で頷く。あんな兵器を持つ者を相手に、セシルは不安と恐怖がない訳ではない。しかし、テスとカイゼルがホリアンサで見せてくれた魔法に、テスのウイルス銃、そしてあの女の天敵であるリアンがいる今、何とかなるような気がしていた。
それに、何と言ったって、自身は今、1人ではない。自身は2人いるのだ。不幸と絶望を共にしたテスが傍にいるというだけで、セシルはこれから先、どんな絶望が来ても耐えられる勇気さえ湧いてきていた。
「セシルー、お風呂あがったよ」
その時、がちゃりとドアが開き、レスターが、タオルで頭を拭き拭き部屋に入ってくる。
「あれっ!王妃様!」
しかし、部屋にいるリアンに気づくと、レスターは慌てて居住まいを正した。
『別にリアンでいいって』
リアンは可笑しそうに、くすくすと笑う。
『それにしてもセシル。前から思っていたけど、キミの夫の髪の毛、とてもきれいだねえ。夕焼け色だよ』
「ああ、そうだろ?レスターは顔に特徴がないから、せめて髪だけでも特徴がないと、何も良いところがな「セシル」
レスターに頭を軽く殴られたので、セシルはリアンに、ペロッと舌を出しておどけてみせた。
『ふふっ』
リアンは、幸せそうで何よりだと小さく笑った。それと同時に、昔の事―テスファンと自身のふざけ合いを思い出して、羨ましさと切なさを感じる。
『…ねえ、夜は長いんだし、キミ達のおのろけ話、いっぱい聞かせてよ』
だから、リアンは身を乗り出してそう言った。セシル達の幸せな話をたくさん聞いて、羨ましいを通り越して、こちらも甘々な気分になれば、もの寂しい気持ちを忘れられると思ったからだ。
「ええ~、恥ずかしいな~。別にいいけど~」
セシルは照れつつも、レスターとのことを話しだす。レスターもセシルの隣に腰掛け、照れつつもセシルとのことを話し、時にはふざけたセシルを小突いていた。
「…で、その時レスターが急にキスしてきて!」
『きゃあ、はずかし!』
「で、目の前にあるレスターの顔を見てたら、オレ、ふと「ん?」って思ったんだ。オレ、今までよっぽど目が悪かったのかなって。こいつの顔は、傍で見たらこんなに地味だったんだって、何だか幻滅して」
「こら、セシル」
「冗談だって…きゃあ!わき腹、くすぐるな!」
最初は気を紛らわせるために振ったはずの話題。しかし、いつしかリアンも、年頃の女の子に戻ったかのように話を聞くのに夢中になり、きゃっきゃとセシルと共にはしゃいでいた。
そうしてしばらくした時、部屋がノックされた。リアンが返事をすると、入ってきたのはテスだった。
「なんだ?この部屋に籠る、桃色のむわむわの空気は…」
テスは、部屋に入るなりけげんそうな顔をすると、けむったいと、顔の前で手を本気で振った。
セシルとリアンは、そんなテスが何だかおかしくて、顔を見合わせるとくすくすと笑う。
「…?何笑ってんだ?お前達…」
テスは笑われた理由が分からず、首を傾げる。
「別に。ただ、テスって、恋バナとかとは一生無縁だろうなあって、思っただけ」
「恋バナ?…ああ、道理で部屋がこんなにむわむわしている訳だな」
テスは、部屋がけむい理由に思い当たり、「換気換気」と窓に向かう。だから、セシルは慌てて止める。
「テスのバカ!せっかくのムードをぶち壊す気か?!空気読めよ」
「空気を読む前に、こんな変な空気を吸ったら、精神的に重大な害悪となる」
「ならねえし!」
セシルは、それでも窓を開けに行こうとするテスを、無理やりベッドに腰掛けさせ、話の輪に入れようとする。
「お前だって、恋バナすればその良さがきっと分かるぜ。さあ、何か話せ」
「何か話せって…俺、そんな話題のネタ、全く持っていないんだが…」
「うそこけ。お前、前の世界で彼女いただろ?あの
「惚気まくるなんて、そんな理性的でない事など、したくもない」
テスは、相手にしていられないと、立ち上がった。
「待てよ!たまにはその鉄仮面の顔を、鼻の下伸ばしてだらしなくしてくれよ」
「絶対嫌だ。そんな情けない自分の姿、想像したくもない。第一俺は、リアンが見当たらないから、お前の部屋にいるかもしれないと探しに来ただけだ。恋バナをしに来たんじゃない。リアンも居たし、もう用はない」
テスは、「という事で帰る」と、ドアを開ける。バンと音を立てて後ろ手にドアを閉めると、部屋の中から「ケチい」とセシルの喚く声がしたが、テスは知らん顔をして外へと向かった。
「…恋か」
宿への道のりを歩きながら、ふとテスは呟き、立ち止まった。そして、思い出す。かつての彼女とのことを。
―彼女は、今はどうしているのだろうか?
自分はこうしてもう一度生きているが、死んでしまった彼女は、今はきっと誰かの守護をする者となって、その誰かを見守っているに違いない。自身の縁者や、自身の来世を。
―彼女の、来世か…
テスは、ふと思う。もしかしたら、この世界に今、彼女の来世が生きているのかもしれないと。
そう思うと、テスは自身の心の中に、『会いたい』という心地がわき上がってくるのを感じた。しかし、すぐに冷静になると、首を横に振る。
―彼女には、もう会えないんだ
確かに、彼女の来世が今、この世界に存在していたとしても、その来世は彼女であって彼女ではない。彼女と同質の物を持つだけで、違う存在。
テスは、その事を身を以って知っていた。自分はセシルに生まれ変わった。しかし、セシルはセシルであって、自分ではない。よく似ている所もあるが、それだけだ。
人は死ねば生まれ変われるとは言え、自分という存在は一度きり。だから、この世で彼女に会う事は、もう出来ないのだ。
―だけど、
「会ってみたいな…」
彼女の来世は、一体どんな人生を送っているのだろうか?幸せに生きていてくれているだろうか?
―もし会えたら…
「前世ではお前を守ってやれなかったから、今度こそ守ってやりたいな…」
その人が自分の事を覚えていなくても。その人に全く彼女の名残が残っていなくても。
俺は、その人を襲おうとする不幸から、その人を守ってやりたい。その人の人生を奪おうとする禍から、その人を守り続けてやりたい。前はできなかったから、今度こそきっと。
テスは自分の両掌を見る。
前世では、自分はあまりにも無力だった。しかし、今は非科学的で、強い力を持っている。
今度こそは、何があろうとも、きっとその人を守りきることができる。彼女をあんな目にあわせた運命を、その人のために捻じ曲げることだってできるような気さえする。
その人が不幸であれば、必ずその人を幸せにしてみせる。
例え、自身の身がどうなろうとも。
その人の未来に地獄が待っていれば、必ずその地獄を天国に変えてみせる。
例え、自身の命をかけることになろうとも。
―まあ、きっと、会えるわけもないだろうけれど
テスは、寂しい自嘲の笑いを零すと、空を見上げた。
澄んだ冬の空は、美しい星々をちりばめていた。
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