第20章④:真実と本音④

20④-①:労り

「そんなことが…」

 セシルは、少女―リアンを前に、呆然として言う。

 他の者達も何も言えず、ただただ500年前の真実を聞いていた。


『…僕はあの時、死んだと思っていた。だけど、ある時、ぼんやりとした意識の中で夢を見るようになった。そして、ある日、ふと目が覚めたんだ。そしたら、そこには奴―あいつがいて、僕はすべてを理解した。あいつは僕の絶望と怨嗟の感情からできた分身で、今まで見ていた夢は先に目覚めていたあいつがしてきたことなんだって。僕はその時、元々体だった結晶を多く持っていたから、テスに出会った頃の若い姿のままでだけれど、実体化することができた。そして、あいつを倒したんだ。だけど、体が散ってしまった事で、昔より力は弱くなっていたから、封印するのがやっとで…。結局封印は破られてしまって、今度はあいつに負けて、半分の結晶を持っていかれてしまったんだ。それで今度は僕が封印されて。…だけど、どうやらキミがあいつをまた封印して、カイコウに捨ててくれたみたいだね』


「…いや、オレというより、こいつが」


 セシルは、隣にいたテスを指差した。


『…そうだったね。テス・クリスタと言ったっけ。キミはセシルの別人格だった何者かと、同じ人物のようだね。…それに、さっきだってあいつの事を退けてくれて、そのおかげで僕は結晶と力を取り戻せたよ。…一体キミは何者だい?』


 リアンは不思議そうにテスに問うた。しかし、テスがそれに答えようとするのを、ノルンが遮る。


「その話は後にしましょう。まずはあなたに問いたいことがあります。あなたは自身がリトミナの初代王妃だと言っていますが、あなたが話す内容はリトミナの歴史に残っているものとは大きく違います。リトミナ初代国王は王妃と死ぬまでおしどり夫婦で、王妃以外の女には目もくれず、側室など持たなかったという事ですし、王妃が国を捨てたという話など記録には一文字すら残っていません。それに、王家の最悪の事態は、リトミナへの反乱を企てていた小国を攻めた際に、起こったと聞きましたが」


 ノルンが、リアンの表情を、真偽を確かめるかのようにじっと見つめる。


『…どうしてそういう歴史が伝わっているのかは、僕が死んだあとの事だからわからないよ。けど、きっと、シリル達が本当の事を歴史から葬り去ったんだと思うよ。あの子とあの人の事だから、国の恥を隠すためというよりは、きっと僕の復権のためにね。あの子の生きている間じゃ、あの事実は消しきれないだろうから、子孫に命じて何代もかけて消していったんだと思うよ…。そこまでしなくていいのに、まったく母思いの良い子だよ…。それにジークだって、僕たちの事情を知っていたはずなのに、あの事がリトミナの歴史に全く残っていないってことは、あの人もシリルに協力していたか、敢えて残さなかったんだろうね』


 リアンは、大木の梢の先の空を見上げた。そのまま、しばらく黙って空を見ていたが、やがてぽつりと口を開く。


『…もうシリルも、クルトもジークも皆、誰もいないんだね。あれから500年も経つんだもんね。…あの頃はこの木も細かったんだけど…。…ここはテスと僕の思い出の場所だったんだ。僕が名前を与えられえて、思いを伝えあった場所。だからあいつもここへ僕を封じたんだろうね、嫌がらせの意味で』


 リアンは木の幹を撫でると、ふうと物憂げに息をついた。そして続ける。


『僕はテスのことは愛していたよ。クロエに影響される前の、テスの事をね。だから、テスが元のテスに戻って死んでいったとき、僕は憎くて憎くてだけど彼への愛情も思い出して、何が何だか分からなくて、もうどうしていいか分からなくなった。僕は自分の運命を呪ったよ』


 リアンは木の幹に小さく爪を立てた。


『あいつ…僕の分身は、その時の僕の、アイゾウ混じる感情の塊でできた、怨念のようなものだ。だから、リトミナはおろか、世界をメチャクチャにして滅ぼすことしか考えていない。アクシュミなことに、ただ滅ぼすだけじゃなくて、自分を虐げ苦しめた人間達を、今度は同じように嬲り殺したいと思っているんだ』


「……お前はどうなんだ?お前だって、王妃なんだろ?人間も世界も滅びろって思っているんじゃ?」


 セシルが問うた。すると、リアンは寂しい笑みをして、セシルを見た。


『僕はそんな事望んでいないよ。そりゃ、人間達に振り回されて、僕は生きている間に幸せをつかむことはできなかったよ。だけど、今となって思えば、クルトやシリルという僕の居場所は最後まであったし、短かったけど幸せな時もあった。……ただ、あの時はそう思うしかなかった。あまりもの辛さに、誰かを、運命を呪うしかなかったんだ』


 リアンは居住まいを正すと、セシルたちに向かって深々と頭を下げた。


『ごめん。僕の事情に、しかも500年も昔の事情に、キミ達を巻き込んでしまって』

「……」

『本当なら僕が責任を持って、みんな解決しなきゃいけないことなのに、なんにもできなくて、たくさんの人にこんなにも迷惑をかけてしまった…』


 絞り出されたかのような声に涙声が混じり、セシルは彼女の辛さが分かるような心地がして、慌ててリアンの頭を上げさせる。


「いいよ…悪いのはお前だけじゃない。世の中、色々とどうにもならないことだらけだし、それに振り回されるのは仕方がないことだと思う。だから、その結果をお前だけの責任にするのは、ちょっと違うと思うし」

『違う!僕が悪いんだ。だって、だって僕が…』


 リアンはそれ以上言葉を発せられなかった。代わりに新たな涙が、リアンの両目にぷっくりと盛り上がる。セシルは何とか慰めようと、しかし何を言えば一番良いのか分からず、おろおろとするしかなかった。


「…後で少し、俺と二人きりで話をしようか」

 テスは、そんなセシルをずいと後ろへ押しやると、リアンの肩に手を置いた。


『え…?』

「俺なら、お前の事を分かってやれる気がするからさ」

『……』


 リアンは、自身を優しげに見つめるテスの顔を、少しだけぽかんとして見ていた。しかし、ふと、はっとしたような顔をすると、リアンは湧いた疑問を口にした。


「…キミ、昔にどこかで会ったような。分身あいつの記憶の中でじゃなくて、もっと前に」

「それは無いな。たぶん、君の元夫と名前が似ているからだろう。…とにかく、こんな寒い所でいつまでも立ち話をするのは、セシルはともかく、若い女性には酷だ。一端連れて帰ろう。話の続きはそれからだ」

『ちょっと待って、連れて帰るってどこへ?』


 リアンが急に不安な顔になった。何かを懸念しているような表情に、テスは不思議に思いつつも続ける。


「ええと、そうだな。セシルに付いてサーベルンに行くのは、君の心情的に嫌だろうから、俺に付いてリアナのカイゼルの家にくればいい」

『ダメだ!僕は今、リザントを離れちゃいけないんだ!』

「どうしてだ?」


 首をかしげるテスに、リアンは必死になって言う。


『あいつは、次はこの地を破壊するつもりでいるんだ!あの爆弾で!だから、止めなきゃ!』

「え…この場所を、ですか?」

 アンリが絶句した。そんなアンリに、リアンは『そう』と頷いて見せる。


『あいつはここが大嫌いだった。テスとの愛を育んだ土地だから、あいつにとっては忌むべき土地なんだ。だから、ホリアンサの次は、ここを破壊しようと考えているって、僕にはわかるんだ』

「そんな…父さんたちが、危ない」


 アンリは駆けだそうとした。そんなアンリの肩を、テスがつかんで止める。


「テス、離して!父さんたちに逃げてって言わなきゃ!」

「焦るな。そんな風にお前が動転しながら話したところで、誰も信じない。まずは落ち着け」

「…だけど!」

「大丈夫、あいつは弱っていた。だから、すぐに襲いに来る訳がない。それに、襲いに来た時は、俺が返り討ちにしてやるから。それに、今ではあいつの天敵―力を取り戻した王妃様がいることだし」


 テスが「な」とアンリの顔を見る。アンリはまだ不安だったが、何だかテスがそう言うと信じて良いような気がした。だから、頷いた。アンリが頷いたのを見ると、テスは、今度はセシル達に向き直る。


「と言う訳で、あいつを倒すために、しばらくこの地で宿をとることにしたらどうかと思うんだが」

「…まあ、いいと思うけど」

 セシルは頷いた。敵の狙う場所が分かっているのなら、そこで待ち構えていた方がいいと思うからだ。

 だが、ノルンが首を横に振った。


「いいえ、もう我々がこの地にいる必要性はないかと。あの女がこの地を襲う可能性は、今日の一件で限りなく少なくなったと私は考えます。あの女がいくらこの地を破壊したくとも、こちらにはあの女の半身がいる。自分が次はこの地を襲うということぐらい、半身に見抜かれていることは理解しているでしょう。更に、あの女は力を半分失い、弱体化している。身の危険を冒してまで、わざわざこの地を襲いに来るでしょうか?」


「…確かに」

 テスが頷く。だが、リアンは首を横に振った。


『あいつは絶対にここにくる!僕にはわかる。あいつは感情でできた者。理性的な判断をすることよりか、感情のままにこの地にこだわるに違いないんだ!』


「…例え、そうだとしても、我々があなたの言う事に従う義理はない。我々はあいつを倒すために、あなたの協力が必要で、この地まで探しに来ました。ですが、あなたがこの地を離れるのが嫌だというのならば仕方がない。無理やり連れ帰って協力させたくとも、あなたの力にはかなわないでしょうから、我々は大人しく帰ります。一人で、勝手にあいつを倒してください。あなたの言うとおり、本当に奴がリザントを破壊し、ここの人々が死んだところで、サーベルンには全くと言っていいほど関係がないですし」


『……』

 冷たく突き放され、リアンはただただ絶望の表情でノルンの顔を見ていた。…と、


「…と言いたいところですが、リザントの次に、サーベルンが破壊されないとも言えない」

『え』と間抜けた顔をするリアンを、ノルンは、ふうと面倒くさそうな息をつきながら見る。


「だから、襲撃場所がわかっている今こそ、叩かないとですね。テスとカイゼルという切り札に、あなたと言う切り札を得た今なら、こんな情けないことにはならないと思いますし」

 ノルンは自嘲気味に、リアンに肘から先の無い腕を振ってみせた。


『…という事は、キミたち、あいつを倒すのに協力してくれるの?』

「もちろんですよ、王妃様」

『リアンでいいよ。やったあ、僕だけじゃ心細かったんだ!』


 きゃっきゃと跳ねて喜ぶリアンを見つつ、ノルンはやっぱりセシルの先祖だなと思っていた。


「なあ、思ったんだけど。ノルン、お前最近なんだか丸くなったな」

 ロイがノルンの後ろでぼそっと呟く。


「…うるさい。そうと決まったら、さっさと村に行って宿をとりましょう。こんなこともあろうかと、手持ちはかなり多い目に持ってきています」

「ありがとう、ノルン。本当に前より丸くなったな。セシル効果か?」

「テス、あなたもうるさい」

 にやつくテスから、アンリはぷいと顔を背ける。



「おい、テス。さっきの話だけど、オレはともかくってなんだよ」

 話がまとまったらしいので、セシルがテスを睨むと、テスはしれっと目線を逸らした。


「お前は頑丈だから、別に心配しなくとも大丈夫だろうと思って。昔、路地裏で残飯あさって、その脇で寝ていたぐらいだろう?」

「お前、ぼろくそだな!オレの前世のくせに、ちょっとぐらいは労われよ!」

「わかったよ。馬鹿は風邪をひかないから大丈夫だろうけど、万一ひくなどという至極珍妙なことになったら、俺が診てあげるから安心してひいてくれ」

「てめえ!」


 セシルは叫ぶが、テスは素知らぬ風で、自身の上着を脱いでリアンにかける。そんなテスに、アンリがあわてて「テス、君だって今は女性の体なんだから」と、上着を脱いで掛ける。その時、テスが足元に魔方陣を展開させたかと思うと、そのまま浮いて急発進した。リアンと、驚くアンリを乗せたまま、森の外の方へと飛んでいく。


「えっ、ちょっとテス!セシル達を置いていっていいの?」

「いいんだよ」


 そんな2人の会話が聞こえてきて、セシルは「いいわけないだろ!」と怒りのままに駆け出した。しかし、10秒もしないうちに雪に足を取られ、ぼてっと顔面から雪に突っ込んだ。


「…くっそ、あいつ、元オレのくせに生意気すぎる。それに、オレの分身のくせに、オレに対する労わりってものがない。むかつく事至極だ!」

 セシルは腕で上体だけ起こし、既に木々の間に消えてしまったテスに向けて叫ぶ。


「…セシル、口調が移ってるよ」

「移ってない!オレがオリジナルだ!」

 レスターの苦笑交じりの指摘に、セシルは振り返って叫ぶ。だが、レスターはセシルに同意も否定もせず、「ははは…」と苦笑いだけを続けた。

 だから、ノルンがやれやれと呆れながら、セシルの方へと歩みを進めつつ、口を開く。


「気持ちは分かりますが、以前のあなたは、『至極』と言う言葉を頻繁に使ってはおりませんでしたし、あの人が先に生きていた以上、あちらがオリジナルとしか…」

「うるさい!うるさい!」

「もうどうでもいいじゃん。寒いからさっさと行こうぜ。腹も減ったし」


 ロイはセシルの傍に寄ると、腕をつかんでセシルの体を起こした。しかし、セシルの怒りは収まらない。地団太を踏むセシルに、ロイは「しかたないなあ」と言う。


「今回の件が落ち着いたら、オレが飯作ってやるからさ。機嫌直せ」

「うん、直す」

 即座に笑顔で頷いたセシルの頭を、ロイは「お利口お利口」と撫でた。



「…犬か」

 セシルの様子を見ていたカイゼルは、その変わり身の早さに、それでいいのか?と思う。


「なあ、レスターさんよお。お前の奥さん、未だにいつもこんな感じなの?」

「結婚したら、もっと落ち着くものだと思うけれど」と、カイゼルはレスターに、呆れつつ聞いた。


「まあね…はは」

 レスターは苦笑しつつ、頷いた。しかし、「だけど」と続ける。


「ああいうところも全部含めて好きだから」

 レスターは、魔方陣を展開させ「早く行こう!」と急かすセシルに、幸せそうな顔をして手を振りつつ、カイゼルだけに分かるようにつぶやいた。


「惚気ですかい」

 レスターの脇腹を肘でこづきながら、カイゼルは、セシルが惚れた男が良い男だという事を実感していた。カイゼルは、セシルがラングシェリン家の当主に大事にされているという事を、セシルの分身でよく事情を知っているテスから聞いてはいたが、『本当は利用するために、セシルを騙しているのではないか』という不安が、どうしても拭いきれない部分があった。だけど、レスターと実際にこうして話していると、本当に彼がセシルの事を愛していると、カイゼルは心の底から安堵した。


「惚れた弱みというものだよ。ふふ…」

 レスターは、はにかみながら、ぴょんぴょんと跳ねて急かすセシルの元へと、歩みを進めた。

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