18-③:謎の病気

 アンリ達のいる病院でも、得体のしれない病気が発生してはや一週間。その病気は、謎の伝染病として怖れられるようになっていた。


「こんな症例、みたことがないわ…」

 マナの疲れ切った視線の先には、体中に包帯を巻いて、最早誰だかわからなくなりつつあるリリアがいた。その手をリリアの母親が泣きそうな顔で握っている。


「……」

 アンリは黙って、リリアの姿を見ていた。アンリは「もしや」と思うところがあった。


「アンリ先生、どこへ」

「ちょっとね」

 そんなわけはないと思いつつも、数日前より湧いてきたその疑念。おそらくもう確実だろう。だけど、一人ではどうにもならない。アンリはまずは、セシルに相談してみようとその場を後にした。





「セシル!こんなところに居ちゃいけない!俺と一緒に帰ろう!」

 病院の玄関。レスターはセシルの腕をつかんで、病院の外へ引きずり出そうとしていた。しかし、セシルは首を横に振る。


「ごめん、無理だ」

 得体のしれない病気が発生するなり、患者を見捨てて帰るなんて、医療人の風上にも置けない行為だ。それに何よりも、リリアが苦しんでいるのだ。そばにいてあげたい。だから、セシルは首を横に振ったのだ。


「駄目だ。帰るんだ!」

 レスターは、セシルに有無を言わさない口調で言った。見たことの無い切羽詰まった様子のレスターを相手に、セシルは戸惑う。そんなセシルに、レスターは諭すように言う。


「いいかい?セシル。君はテスじゃないんだ。君はセシルなんだ。こんなことを言うのは酷かもしれないけれど、君には君の人生がある。君は医者じゃないんだ。テスの人生に振り回されるんじゃない。そもそも、君がここにいるのも、そのテスが君を振り回した結果だ。望ましいことじゃない」


 その言葉に、セシルは目を少し逡巡させた。しかし、言うべきことは言わないとと、セシルはレスターを見る。


「確かにそうだけど、それは患者さんには関係ない。中身がテスだろうがセシルだろうが、患者さんにとっては、このセシルという肉体を持った一人の医者なんだよ。それに、テスに振り回された結果にしろ、自分だってやりがいを持ってこの仕事をやってきたんだ。なのに、自分が危なくなったからなんて身勝手な理由で、無責任にも患者をほって帰るなんて、そんな真似できない!」


「…君のそういうところは良く知っているよ。俺は、君のそういうお人好しで変に真面目ところも好きだ。だけど、今一度、状況を落ち着いて見てくれ。君がここにいたところで何もできることはない。それどころか君が感染して、お荷物になるどころか死ぬかもしれない。この病気には、あの魔法だって効き目がないんだろう?」


「……」

 セシルは何も言えず、うつむいた。


 今は、セシルは原子魔法を使える。おそらくテスの分霊では、この体で魔法をうまく扱えなかったのだろう。かつてテスは王家の最悪の事態を引き起こしたこともあったが、あの時は自身の分霊と融合し、同化していたから扱えたに違いない。


 とにかく、セシルは原子魔法がこの病気に効かないものかと、こっそりとリリアに試してみたことがあった。だが、この病気にその魔法はまったく効かなかった。一時的に皮膚が綺麗に治っても、30分もしないうちに元通りに傷口が開く。病原菌を倒さない限り駄目だという事だろうが、その病原菌すら得体が知れないのだからどうしようもない。


「だから、帰ろう、ね?…君の気持ちはわかってる。俺も君がテスの後を引き継ぐことを一度は認めておきながら、今更やめろ帰れだなんて身勝手なことを言っているのはわかってる。だけど、俺は君を再び失うのが嫌なんだ」


 レスターは「わかってくれ」と泣きそうな顔をして、セシルの腕をつかむ手に力を込めた。だから、セシルは何も言えなかった。その時だった。



「レスターさん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る