17-③:異世界の過去①

 とある大国の辺境の地に、テス・クリスタは生を受けた。父は医者で、母は内職で縫製の仕事をして家計を支えていた。



 その当時、その国は世界の覇権を握っていたものの、戦争続きで上層以外の身分の者は皆疲弊し、テス達の住む田舎の者も皆貧しい暮らしをしていた。しかし、テスは両親の愛情を受け、細やかな幸せの中暮らしていた。



 近所には従兄弟のジュリアン・アークライトが住んでいた。彼の父は大きな兵器工場がある街に出稼ぎに出ていて、テスの母の妹である母親も昼間は製糸工場に働きに行っており、ジュリアンはいつも一人ぼっちだった。


 だから、テスが物心つく前から、彼は何かとテスの家に預けられていて、いつの間にか家族のようなものになっていた。テスの父親も母親も、可愛らしい甥っ子を、テスと同じく息子のように可愛がった。


 そして、テスにとってもまた、彼は大事な友達だった。賢すぎたと言えばいいのだろうか、物事を何かと理屈で考えるテスは、同世代の子供達から距離を置かれ、友達と呼べる者がいなかった。だから、そんな自分でも、「テス!テス!」と引っ付いてくるジュリアン―愛称リアンを、「うざったい」と口先では言いながらも、テスは内心うれしかった。テスは気がつけばいつもリアンと一緒にいて、遊び、勉強していた。そして、テスの秘密の場所―近所の教会も、リアンだけには教えて、よく一緒に行っていた。


 その教会―ぼろぼろで手入れが全く為されていない教会は、穴の開いた屋根から礼拝堂に日がさし、祭壇に積もったほこりと土に小さな草木が芽吹いていた。長年誰も訪れがないそこは廃墟となっていて、しかしとても神秘的な領域で、テス達2人の心を引きつけていた。そして、2人は目には見えないけれど、そこにはきっと素敵な神様が居るのだろうと信じていた。


 何故なら、教会で神様に日々の暮らしの感謝と、明日の幸せを願った後には、いつも何かしらちょっとした良いことがあったからだ。おいしいお菓子が手に入っただとか、リアンの父や母の仕事がお休みになっただとか、些細な物ばかりだったが、素直にうれしいものばかりだった。なので、2人は本当に神様がいると信じていた。だからみんなには内緒の、2人だけの秘密の場所となっていた。





 そんなある日、テスとリアンはすべてを失った。『CLOVERの惨劇』で。



 遠く何キロも離れた場所にあった兵器工場の爆発に、テス達の住む町が巻き込まれたのである。普通なら巻き込まれるはずもないその爆発事故は、リアンの父の働く工場―ある爆弾の製造工場で起こったものであった。


 人工的に作られた、特殊な核物質を搭載した爆弾『CLOVER2085』。

 とある小国が、テス達の住む国への復讐を誓って開発していたものだった。しかし、結局その国は爆弾の完成間際にテスの国に侵略されて滅ぼされてしまい、テスの国がその製造方法と技術を奪って完成させた爆弾だった。


 その爆弾は、今までの核爆弾よりも殺傷能力が高く、破壊範囲も広いものだった。そして、特筆するべき特徴が一つあった。それは、その残留放射能は、浴びた者の次世代が銀髪水色の瞳となる可能性が高い事以外、全く人体への健康的被害を与えないというものだった。


 だから、その爆弾は、長引く戦争を一発決着させられると言う今までの核爆弾のメリットに、その地を侵略する際に被爆の心配が要らないというメリットを追加する、画期的な核兵器だった。


 その爆弾の製造方法と技術を奪ったテスの国は、その爆弾を製造し、自身の敵対国に次々と落していった。そうして、世界の覇権を握っていたのだ。




 だが、その日、とうとうテスの国にしっぺ返しが来たのだった。


 爆弾の製造工場に忍び込んだ亡国の人々が、機密文書―特殊な核物質と爆弾の作り方を奪った。そして、工場に置いてあった完成品の内の一発を爆発させたのだ。

 その爆発は工場内すべての爆弾を誘爆させ、工場のあった街を中心とする、テスの国の国土の四分の一を焦土と化したのだった。

 そして、その悲惨な事件は、後々『CLOVERの惨劇』と呼ばれることになった。



 その日、テスとリアンは家族を失った。熱線で焼かれたテスの父は、お化けのような姿になって死んでいった。テスの母親は、瓦礫の下にうもれ、幼いテス達には瓦礫を持ち上げるだけの力はなく、やがて回ってきた火に焼かれて死んでしまった。だが、テスは、まだましだったのかもしれない。


 リアンの母親は死体すら見つからず、彼の父親のいる遠い遠い工場へは子供の足ではたどり着けるわけもなかったし、生存は絶望的だったからだ。


 そして、彼らの住む町で奇跡的に生き残ったのは、テスとリアンだけだった。二人は爆発当時教会の中にいて、不思議なことにその教会だけは、熱線と爆風を受けたにもかかわらず全くの無傷であったためであった。きっと神様が自分達を守ってくれたのだろうと二人は思ったが、できるなら町ごと守ってほしかったと泣きながら、その夜を教会で明かした。




 それから、国土が爆発により荒廃したことで、テスの住む国はさらに疲弊し、覇権を失う。


 すると、世界の情勢は混乱を極めた。大国が力を失ったことは、新たな国々が覇権取得を目指して、権力闘争を開始するきっかけとなったからだ。


 戦争に次ぐ戦争。そして、あちらこちらの国が漏えいした情報を元に、CLOVER2085を作るようになった。唯一の救いはその爆弾が必要とする核物質は合成しにくいため、大量生産ができないという事だった。すると、人々はその核物質を、威力は落ちるものの少量で済む戦車やミサイルなどに搭載し始めた。



 次々と消えていく足元の命に見向きもせず、国々は新たな力を手に覇権を目指して戦争を起こし続ける。その物質を戦争に使わないべきだとどこぞ誰かが言ったこともあったが、それに耳を貸す国等どこ1つとして無く、そう言った誰かも国もろとも消えていったのだった。

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