15.男の子、女の子

 部屋に戻って着替えながら、舞子は自己嫌悪で押しつぶされそうだった。


(ああ、もう、私、なにやっているのよ)


 あのケン・トとかいうヤツがムカついたのは事実だ。

 だが、それ以上に、自分をかばったソラが気にくわない。

 苛々と頭を掻きむしる。ロングストレートの髪がぐちゃぐちゃになるが、そんなこと気にもならない。


(ソラのヤツ、むかつく)


 いや、違う。そうじゃない。

 別にソラは悪くない。理屈ではそんなことわかっている。

 舞子がムカつくのは、ソラにかばわれた自分自身だ。そして、トモ・エやソラに当たり散らした自分も許せない。


「はぁ」


 大きくため息をつく。


(私、どうしちゃったのかしら)


 舞子は自分の感情の正体がいまいち解らなかった。


 ---------------


 ソラは自室のベットの中で、悶々としていた。

 夜中にたたき起こされて、あれだけのことがあったのだから、疲れてはいた。眠気も感じる。だが、どうしても眠れない。


(舞子、なんで怒っているんだろう?)


 あの、ケン・トとかいう男に腹が立つのはわかる。それは自分も同じだ。

 だが、舞子はそれだけではなく、ソラにも怒っていた。その理由がわからない。

 謝るべきなのかもしれないが、何が悪いのかもわからないのでは謝りようがない。


(こまったなぁ)


 この船に乗っているのは自分と舞子とトモ・エだけだ。

 人間は自分と舞子だけ。だったら喧嘩などするべきではないだろう。

 そうは思うのだが、どうしたらいいのかわからない。


 ---------------


 ソラと同じようにトモ・エも困惑していた。


(こまりましたねぇ)


 部屋の中はソラに言われてから観察していないが、廊下での2人の様子はわかっている。

 ケン・トにレランパゴを奪われたことは誤算だったが、それはすんだことだ。

 それよりも、問題はソラと舞子の心である。2人だけの乗組員に喧嘩などをされてはこの先立ち行かない。

 そもそも、なんで、今回舞子がソラに怒ったのか、トモ・エにも理解できなかった。


(地球人の感情は複雑ですね)


 そう考えるしかないトモ・エであった。


 ---------------


 ソラは自室のベッドの中で悶々として、ほとんど眠らないまま朝を迎えた。

 レランパゴのこと、ケン・トのこと、そして舞子のこと。

 なんとなく溜息をつく。


(とりあえず舞子に謝るか)


 ソラはそう決意しベッドから起き上がった。


(舞子、まだ怒っているかなぁ?)


 そんなことを考えながら部屋を出る。


(舞子やトモ・エはどこだろう?)


 とりあえず会議室に向かって歩いた。

 会議室の扉を開くと、中にはトモ・エがいた。


「おはようございます。ソラさん」

「おはよう、トモ・エ。舞子は?」

「さあ、まだお部屋から出てきませんので寝てらっしゃると思いますが?」

「そっか」


 さすがに今日はトモ・エも舞子の寝坊を見逃しているらしい。


「あの、ソラさん、昨日の舞子さんとのことですが……」

「わかってる。ああいうのはよくないよね。仲直りしないと」

「ソラさんが悪いわけではないと思いますが、たったですから、仲良くしていただかないと」

「うん、そうだよね。だもんね」


 ソラは意図的に3人というのを強調して言った。トモ・エがアンドロイドである自分を乗組員の人数から省いたことに気が付いたからだ。


「ありがとうございます」


 そのトモ・エの言葉が、舞子と仲直りするつもりと伝えたことに対するものか、それとも自分を乗組員に数えてくれたことに対するものなのか、ソラには解らなかった。


「ねえ、これからどうするの?」

「実はここから70光年ほどの地点に別のレランパゴの反応があります。今度はそこに向かおうと思います」

「70光年……じゃあ、また結構時間がかかるね」

「いえ、1週間かかりません」

「え、なんで?」

「今回は途中で擬似ワープを切らずに行きます。訓練はシミュレーターでおこないましょう」


 そこまで会話した時だった。

 会議室の扉が開き、舞子が現れた。


「あら、2人とも、仲が良さそうなことで」


 どうにもカチンと来る物言いだ。しかし、それを指摘してもしかたがないだろう。


「これからの予定を話していたのです」


 トモ・エが舞子に先ほどソラにしたのと同じ説明をした。


「ふーん、でも、またあのケン・トとか言う奴が現れたらどうするの?」

「そうならないために、擬似ワープを切らず行きます。彼の船と私達の船だと、全力でワープすればこちらのほうがわずかに早いのです。たとえあとを追われたとしても、30分程度の余裕はできるはずです」

「たった30分?」


 ソラが声を出した。


「宇宙の時間の広大な流れの中では短いですが、レランパゴを破壊するには十分な時間でしょう」


 そう言われればその通りだ。


「それじゃあ、今日は夜まで自由行動にしましょう」

「勉強や訓練は良いの?」

「2人には休息が必要だと判断します」


 トモ・エにそう言われ、ソラと舞子は会議室から外に出た。


「ねえ、舞子」


 会議室を出たところで、ソラは言った。


「なによ?」

「昨日はごめんね」

「何を謝っているのよ」

「だってほら、怒らせちゃったみたいだから……、ホント、ごめん」

「ふん、あんたは別に悪くないじゃない。それなのに謝るとか、逆に誠意を疑うわね」


 どうやら、舞子はまだ怒っているようだ。


(どうしたら許してくれるんだろう?)


 わからない。そもそも、ソラは舞子のことをどこまで知っているのだろうか。

 どんな家で育って、どうして宇宙に来ることを承知したのか。


(そういえば、僕らはお互いのこと、ほとんど何も知らないんだよな)


 ソラは舞子に自分自身のことを話そうと決意した。


「ねえ、舞子、僕の部屋に来てくれない?」


 これまで、ソラと舞子はお互いの部屋に入ったことはなかった。別に禁止されているわけでもないが、なんとなく遠慮があったのだ。


「な、何よ、いきなり。まさか中学生がしちゃイケナイことをしようっていうんじゃないでしょうね」

「そんなわけないだろ。そうじゃなくて、ここだとトモ・エに聞かれちゃうからさ」

「わかったわ」


 舞子はプイッと顔を逸らしながらも同意した。


 ---------------


「僕ね、友だちがいなかったんだ」


 2人でソラの部屋に入り床に座ると、ソラはそう切り出した。


「まあ、お友達がたくさんいるタイプには見えないわよね」

「ひっどいなぁ」


 ソラは苦笑しつつ、話を続けた。

 自分は両親と叔父を失ったこと。叔母や従兄弟、クラスメートに虐められて居場所がなかったこと。それから逃げるように宇宙に来たこと。


「ふん、そんな奴ら殴り飛ばしてやればいいのよ」


 ソラの話を聞き終え、舞子はそう言った。


「うん、そうだね、舞子だったらきっとそうするんだろうね。でも僕にはそんな勇気がなかった。だから、いつも空想の世界とゲームの世界で遊んでいた」

「暗い人生ね」


 容赦無い舞子の感想に、ソラは苦笑する。


「何が言いたいのかっていうと、僕は人付き合いが苦手で、だから舞子を怒らせちゃったりとかするんじゃないかとか思って。ごめんねって思って。それに……」

「それに?」

「舞子は……僕にとってはじめてできた友達だから、できれば喧嘩はしたくないんだ」


 ソラはそこまで言った後、なんだかすごく恥ずかしいことを告白したような気分になって、押し黙った。

 舞子もしばらく黙ったままソラを見つめ、2人の間に沈黙が流れる。

 しばしして、舞子がようやく口を開いた。


「ふん、くだらない話ね」


 舞子は立ち上がり、そっぽを向いた。


「そんなぁ」


 こっちはかなり思い切って告白したというのに。

 落ち込むソラに、舞子が言う。


「私も、あんたと同じよ」


 舞子がポツリと言った。


「友達なんかいなかったし。家族から逃げ出して、今、宇宙にいるの」


 ソラから目をそらしたまま舞子はしゃべり続ける。


「私の家はね、舞の一族なの」

「舞?」

「古い踊りみたいなものよ。くだらないと思うけど、伝統があるの。

 長女の私はその跡継ぎとして育てられた。3歳の時にはもう、厳しい稽古をさせられていたわ。5歳で舞台に立たされた。父さんも母さんも、私には舞のことばかり押し付けた。

 学校なんて二の次。というよりも学校を休んでも舞の稽古。かろうじて学校に通えた日でも、放課後はすぐ運転手が迎えに来る。だから友達なんてできるわけもない」

「初めて聞いたよ」

「言ってなかったものね。もしかするとトモ・エは知っているのかもしれないけど。私は嫌で嫌でたまらなかった。なまじっかそれなりに舞の才能があったせいで期待もされちゃってさ。いつも大人に囲まれていて、子供らしく暮らすなんてできなかったわ」


 舞子は立ち上がり、ソラに背を向けた。


「だから、ある日家を飛び出したの。初めて入ったゲーセンでバトル・エスパーダやってみて。

 結局私もゲームの中に逃げ込んだだけよ。

 あの日、トモ・エが宇宙に連れてきてくれた日。私はやっと開放されると思ったわ。舞から、親から、周囲の期待から」


 舞子は吐き捨てるように言った。


「舞子はそれでよかったの?」

「え?」


 舞子がソラの方を振り向いた。


「お父さんもお母さんもいるのに、黙って出てきちゃって、本当に良かったの?」

「……わからないわ。でも、後悔するくらいなら私は前に進む。そう決めた」

「そっか」


 元々違和感はあったのだ。

 舞子はトモ・エの誘いにあっさり乗ったが、普通なら躊躇する話だった。

 現に、ソラだって一晩は考えたのだし。


「だから悔しかったんだ。あの大会で優勝できなかった時。さっきの戦闘中はそのことを思い出しちゃってね。ああ、また私はソラに負けたんだって思っちゃった」

「そんな、さっきのは別に勝ちとか負けとか、そんなこと思ってないよ」

「ありがとう。それにごめんね。年下の子に当たり散らして、私ホント、バカみたいよね」

「ううん、そんなことない」


 ソラはニッコリと笑った。

 舞子も、それに応えるように笑みを見せた。


 ---------------


(まったく、なんなんでしょうね?)


 翌日、運動部屋で仲良くマラソンする2人を見て、トモ・エは困惑していた。

 あれだけ機嫌の悪かったはずの舞子が、今日はどうしてあんなにとても上機嫌なのだろう。

 アンドロイドのトモ・エにはまったく理解できない。


 2人に部屋の中のモニタリングをしないでくれと言われてから、トモ・エはその約束を破ったことはない。

 だから昨日、ソラの部屋で2人が何をしていたのかは分からない。2人の体をスキャンした限りでは特に異常は無いが。

(まあ、仲直りしたならそれにこしたことはありませんね)


 ソラは疑似ワープ航法などのイスラ星の科学技術に頭を悩ませていたようだが、トモ・エに言わせれば地球人の感情の方がよっぽど謎であった。


(もっとも、それは地球人には限りませんけど)


 イスラ星人達だって、トモ・エには理解できないことで怒ったり喜んだりしていたのだ。

 結局、機械である自分には、生物である人の感情は理解できないのだろう。

 そう感じるとトモ・エは少し寂しくも思うのだった。


 ---------------


 トモ・エは気づいていない。

 寂しく感じる気持ちもまた、人の心のひとつであり、感情であるということに。

 イスラ星人達はアンドロイドに心と感情を持たせることを目指していたのだということに。

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