第186話 結婚当日(2)

そのころ・・


「んじゃ、お幸せに~!」


佐々木社長の次男は颯爽と車を走らせた。



八神は時計を見て、式まであと30分しかないことを知り、


「ヤベっ!!」


坂道を全力疾走で走り出した。



ホテルの入り口に


『八神家 多賀谷家 結婚披露宴』


と書いてあるのを見て、



やっぱ、


今日だよな・・



いちおう確認し、ホテルの中に入っていく。




「あ、あのう! 八神家と・・多賀谷家の・・結婚式のっ!」


息を切らせて係員に声を掛ける。


「あ、控え室はこちらですが・・ええっと、参列の方ですか?」


と言われて、



「新郎ですっ!」


思いっきり答えた。




「慎吾! あんた、どこ行って・・」


八神の母が彼の姿を見て、怒ろうとしたが、


「あ、あとにしてくれっ!!」


八神は支度部屋に飛び込んだ。



伸び放題の髪もボサボサで。


ゆうべはヒゲも剃れずに。


「ちょっと・・ヒゲ、剃りましょうか・・」


ヘアメイクの人に半分呆れられて言われた。


「はあ・・」


「髪も・・すごいことになってますけど、」


「なんとかしてくださいっ! 全力でっ!」


振り向いてそう懇願した。




「え? 来たの?」


美咲は八神の母から彼の到着を聞かされて、ほっとした。


「なんっかもう・・式の前から疲れた・・」


美咲は椅子に座り込んだ。



八神は着てきたスーツを脱いでいると、上着のポケットに佐々木社長から別れ際に手渡された封筒に気づいた。


なんだろ・・



開けてみた。



『ゆうべはありがとな。 おめでとう。』



走り書きのメモとともに、なんと10万円もそのまんま封筒に入っていた。


「じゅ、10万!!」


びっくりして、思わず声に出してしまった。


ご祝儀にしてはあまりにも多すぎる・・



ほんと、やること豪快なんだから


八神はふっと微笑んだ。




「ほんとにもう・・どうなることかと思った・・」


八神が仕度をされているところに、両親と姉たちがやって来た。


「・・ごめん、」


大きな鏡の前でタキシードを着る八神は鏡越しにみんなに謝った。



そして


「えっ? なんで? ピンク? ベストが?」


ベビーピンクのベストを着せられて、唖然とした。


「あんたが一回も衣装合わせに来ないから。 美咲と二人で勝手に決めちゃったよ、」


三番目の姉、朋が言った。



「勝手にって・・なんかも~、恥ずかしいなあ、こんなの。」


「文句言わないの。 結局、式のリハもできなかったじゃない。 大丈夫なの?」


二番目の姉、悠が言う。



「まあ・・なんとかなるって・・」


八神はシャツの腕のボタンをはめながら言った。



そして、


ふっと


ゆうべ佐々木社長に言われたことを思い出す。




『ほんっと親には感謝しろよ。 ここまで育てるのにどんだけ大変だったか。』



「・・父ちゃん、母ちゃん・・姉ちゃんたちも。 ほんと、ありがとな。」


うつむきながら言った。


「慎吾、」


「音大まで出してもらって。 好きなことさせてもらって。 でも・・もう、美咲と二人で頑張るから。 迷惑かけないように、」



その言葉に


「もー、慎吾ってば・・」


長姉、涼は涙ぐんでしまった。


「涼ちゃん、」


「なんか信じられないよ。 あのビービー泣いてばっかだった慎吾が。 結婚するなんて。 生まれたばっかりのころ・・かわいくって。 お風呂に入れてやったり。 抱っこして散歩に連れてったり・・」


13も年が離れている涼はまるで母親気分だった。



ちょっとしんみりして、母はそっと風呂敷に包まれた小さな祖母の写真を取り出す。



「・・ほんとは。 ばあちゃんに線香あげてから行って欲しかったんだけどね。 ばあちゃんにもちゃんと言いなさい、」


祖母の笑顔の写真を出されて、


八神はじわっと涙が溢れてきた。



「・・うん、うん・・」


手で涙を拭った。


「ばあちゃん・・ほんっと・・ありがとな、」



小さな声でつぶやいた。

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