第168話 絆(2)
「・・でも。 ほんと、大変でね。 なかなか言うことをきかない子だから。 コンクールのような、ああいう減点法の世界はマサには向いてないんだ。 コンクールは楽譜を最大限再現できる人間が高得点をとれるようになっているから。 絵梨沙はその点、コンクールで優勝したり、学校でも首席だったから。 まあ、対照的に優等生で。 マサはピアノ以外の授業が、もうひどくてひどくて。 結局・・まあ、卒業もできなかったんだけどね。」
フェルナンドは笑った。
「なんか・・わかります。 すっごく、」
八神は優しく微笑んだ。
「マサは在学中にずっと街の小さなバーでピアノを弾くバイトをしていたんだ。 私の友人がやっている店でね。 最初はわけのわかんない日本人の学生が弾いてるだけ、って感じだったんだけど。 日に日に・・彼のピアノを聴くのが目当てなお客さんが増えて。 彼が弾く日は狭い店がいっぱいになるくらいだった。」
「へえ・・」
「もう、それが全てだなあと。 マサのピアノは、行き交う人が思わず足を止めてしまうような魅力があって。 この子は天性の演奏家なんだなあと。 留年することになって、私は思い切って彼に学校を辞めて、ピアノで仕事をするように勧めました。 そのほうが、もう向いてると思ってたし。 幸いなことに彼の父親が芸能社の社長をしていたし、日本とウイーンをいったりきたりして活動するようにと。 時間はかかったけど今はウイーンの一流オケとも競演できるようになったし。 こういうの・・カンムリョウって言うんでしょう?」
フェルナンドはいたずらっぽく笑った。
「・・そう、ですね。」
彼の言葉からは
真尋に対する
愛情が
溢れるようで。
「絵梨沙のピアノもマサと出会ってから、本当に変わって。 彼は絵梨沙にないものを本当にたくさん持っていたから。彼と一緒に連弾の課題を与えたりして。 マサには絵梨沙のスキルを学んで欲しかったしね。 まあ・・そうしていくうちに二人は惹かれあっていったんだなあと。 優等生だった絵梨沙は、結局その性格からピアニストとして生きていくことができなくなって。 マサのピアノを全力で支える立場になってしまった。 でも・・今、彼女の顔を見れば、幸せだということがひと目でわかる。 これでよかったんだと、心から思います、」
娘が
ピアニストとして挫折をするなんて
やりきれない思いはあっただろうけど。
それでも
最後は娘の幸せを第一に願う、ただの父親になっていた。
「パパ、もうそろそろ休んだほうがいいわよ。 ベッドの仕度をしておきましたから。」
絵梨沙がそっと声をかけた。
「ああ、ありがとう。」
フェルナンドはニッコリと笑った。
「明日はゲネプロだから。 あたしも特別に観てもいいって言われてるの、」
絵梨沙は嬉しそうに彼にそう言った。
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