Road to wedding

第103話 涼風(1)

多賀谷家の人々が自宅に戻ってきたのは深夜だった。



「あ~あ。 もう明日帰らなくちゃ。」


美咲は水を飲みながら言った。


「ここを出て行きたかった人がなに言ってるの?」


母は笑った。



「そりゃそうなんだけどさ。 一人でなんでもやらなくちゃいけないのって、けっこう大変、」


本音を口にした。


「掃除とかちゃんとやってるの?」


「え、ちゃんとやってますよ。」


「ほんとに?」


「休みの日・・には。」


と口ごもった。


「怪しいわねえ、」


母は笑った。




「ねえ、お母さん。」


「え?」


「お母さんも驚かなかった? 慎吾があたしと結婚するって言ったとき・・」


「え? うーん・・。 昨日ちょこっと話したから。」


母は寝る仕度をしながら言う。


「え? なんて言ったの?」


美咲は母の前に回りこんだ。


「まあ、遠まわしに。 美咲をもらってくれたらうれしいなあとか。 そんな感じ、」


「え~ そんなこと言ったの?? だから急に慎吾ってばあんなこと言い出したのかな、」


ちょっと心配になってきた。


「いくら慎吾だって。 そんな大事なこと簡単に言わないよ。」


「お父さんも、なんか普通な感じだったし・・」


「なんとなくね。 気づいてたんじゃない? あんたの気持ちとか。 東京に行った本当の理由とか。 その話は別に改まってしたわけじゃないけど。 ていうか、もう自然にって感じかなあ。 ほんと、昔っから冗談で『美咲と慎吾を一緒にさせよう』とか勝手に盛り上がってたし、」


母は軽く笑った。



そして、少し真面目に


「美咲と・・慎吾・・いつからなの?」


母はシーツをきちんと敷きながら美咲に言った。


「え・・ああ。 慎吾がホクトの事業部に就職が決まる、ちょっと前。 こっち戻ってきてたとき、だけど・・」


美咲は恥ずかしそうに本当のことを言った。


「そっか。 慎吾がこっち戻ってきてからはあんた他の人と付き合ってるふうもなかったもんね。」


母はけっこう自分のことをよく見ていた。


「慎吾はあたしのことなんか眼中にないこと。 わかってた。 虚しかったけどやっぱ忘れられなかったってゆーか。 もう慎吾しかいないかなって・・思ったし。」


母はニッコリ笑って美咲を見て、


「お父さんもわかってたと思うよ。 あんたがあんまり慎吾にこだわって、いきおくれたらどうしようってちょっと思っちゃったから縁談の話とかも持ってきたけど。 うん。 ようやくかあってそんな気持ちだと思う。」


「お母さん、」


「まあ、慎吾があんたを養っていけるかって言われたら、正直不安だけど。 慎吾もそれ気にしてたけどさ。 でも、やっぱり親なら大好きな人と一緒になってもらいたいじゃない。 好きな人となら何があっても頑張ってやっていける。 それは基本だし。 美咲は子供のころからずうっとずうっと慎吾のこと好きだったってわかってたし。」


口にしたことはなかったのに。


母は全部わかってた。


ちょっと胸が切なくなった。



「でも。 よく慎吾の家に泊まりに行って小学校6年生まで慎吾とおんなじ部屋で寝てたりしたんだよ? 心配じゃなかった?」


と聞いてみると


「え~? 心配なんか。 ぜんっぜん。」


思いっきり笑われた。


「は?」


「だってさあ。慎吾ってほんっとコドモだったし。 笑えるくらい。」


美咲もそれを聞き、


「そうだね・・」


一緒に笑ってしまった。


「昨日だってねえ、カブトムシいっぱい採って来て・・」


昨日の話でまた盛り上がってしまった。



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