第95話 思いのままに(3)

もう


暑いからではなく



いろんな汗が


いろんなところから噴出した。



「もう、なんでみんなは平気なんだよ。 こんな家族がシャッフルしてもよくわかんないようなトコで育ってきてんのに! 親子も兄弟も。 もう、ぜんぶごちゃまぜな感じで。 なんで、そんなこと平気で言えるの?」


思わず言ってしまった。



「兄弟みたいに知り尽くしてるほうが話、早いじゃない。 全然知らない人よりも。」


美咲の母は平気な顔でそう言った。



「だからさあ、」


もう、なにを言い返していいかわからない。



「それに。 おれ・・今、結婚とか考えられない。まだまだ安月給だし、自分が暮らしていくだけで精一杯だし。 すごく忙しくて余裕もないし。 とっても結婚して相手を養ってなんかいけないよ、」


もう泣き言に近かった。



「養ってもらおうだなんて、美咲は思ってないよ、」


「え?」


「ただあんたと一緒にいたいだけじゃない? 自分の生活くらい自分でなんとかするでしょ。 そのためにあの子だって働いてるんだから。 慎吾の気持ちが知りたいだけなんだよ。 あたしだってね、今すぐ結婚して欲しいなんて思ってないし。」


満面の笑みで言われてしまった。



美咲は


勝沼で、いや日本でも有名なワイナリーの娘で。


何不自由なく育ってきて。


おれみたいな


しがないサラリーマンの男なんか


どこがいいんだ。



贅沢なんか絶対にさせてやれないのに。




おれなんか


4人姉弟の末っ子で。


長男つったって、涼ちゃんのダンナの雄二さんがほとんど仕切ってるし。


おれだって


この農園を継ぎたいとか手伝いたいとか


これっぽっちも思ってないし。


だから


財産だって、ほぼないのに。


美咲の母ちゃんもどうかしてる。


美咲ならいっくらでも、いい縁談あるだろうに。



八神は何だか落ち込んでしまい、そこからスっといなくなってしまった。


美咲の母は、彼の後姿に


大きくため息をついた。



おばちゃんだって


おれと美咲の関係知ってるくせに。


ちょっとは責めてくれれば気が楽なのに・・


なんも言われないと


余計につらいじゃん。




「あ~~あ、もう。」


目の前の大きな木にどんっと背中をつけると頭の上から何かが落っこちてきた。


「わ・・」


びっくりして見ると、すごく大きくて立派なカブトムシだった。


「う、お~~~! すっげー! こんなでっかいの!」


捕まえて上を見上げた。



そうか、ここは雑木林で。


クヌギやクリの木がたくさんあったっけ。


よくここで美咲の兄ちゃんたちとカブトムシ捕ったりしたっけ。



まだいるかも、


八神は今、猛烈に悩んでいたことも忘れて木を脚で蹴っ飛ばしたりしてカブトムシを探し始めた。



「おばちゃーん!! ちょっと!」


たった今落ち込んで帰ったばかりだと思った八神が大声で入ってきたので、美咲の母は驚いて出てきた。



「虫かご! 虫かごない? ほら、見て! 今、10分くらい探しただけで、こんなにカブトムシ!」


オスとメスを合わせて10匹ほどTシャツの裾に包むようにして持ってきた。


「はあ? 虫かご?」


彼の行動が理解できぬまま奥に入って行った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る