第94話 思いのままに(2)

祖母は


話をするだけして


またコテっと眠ってしまった。



そっと部屋を出て庭の大きな石の上に座った。


見渡す限りの


ブドウ畑。


緑のブドウの葉っぱが鬱蒼としていて。


風にそれがゆれて。



そんな景色をぼんやりと見ていると、


「あれ? 慎吾?」


美咲の母が声を掛けて来た。


「あ・・こんちわ、」


「帰ってきたの? 休み?」


「ん、まあ。」


「美味しい水羊羹もらったんだよ。 ウチで食べていきなよ。」


笑顔で誘われた。




いつも彼女の家でおやつを食べる時は日当たりのいい縁側にちょこっと腰掛けて。


ぱっとやってきて、食べ終わったらパッと帰って。



水羊羹はひえひえでとてもおいしく。


それにしても。


さしだされたスプーンを見て笑いそうになってしまった。



おれが子供のころ、よく使ってたスプーンだ。



まだあるんだなあ。


どっちの家のものかもよくわかんなくなっちゃってっけど。





「そっか。 ばあちゃん、よくないの?」


美咲の母は冷たい麦茶を持ってきた。



「うん。 なんか・・弱っちゃって。 母ちゃんはちょっとボケてるみたいなこと言ってたけど、おれがさっき話したときは普通だった。」



「ばあちゃん、ほんっと慎吾のこと、かわいがってたもんね。」



庭の風景も全然変わらない。



「美咲、明日来るって言ってたけど、」



「おれが電話したから。 ばあちゃん、美咲にも会いたいんじゃないかと思って。 いつどうなるかわかんないし。 2時間もあれば電車でも帰ってこれるし。」



「美咲もね~。 ウチのじいちゃんとばあちゃんは早くに死んじゃったから、あんたんとこのばあちゃんにはホント懐いてたから。」


懐かしそうに言った。



「ばあちゃんにも、安心して欲しいけどねえ。」


イミシンなことを言われて、八神は目だけをおそるおそる美咲の母に向けた。



「・・まあ、本人同士の気持ち次第だから? いいんだけど。 男はいいけどさあ、美咲ももう27じゃない? そろそろって思うんだけど。 いきなり東京に行くとか言い出すし。 実際、あたしは慎吾のトコについに行ったかって思ったもん。」



美咲の母の言葉に脂汗がにじみ出てくる・・



ツクツクホーシの声が


うるさいくらいに聞こえて。


この沈黙をつないでくれているようだった。




ホント


おれたちどう思われてるんだろ。


なんか言ったらヤブヘビになりそうで


なんも言えん・・



あの時


美咲との『関係』を知られてから



全く


家族からはそれに関しての、つっつきはなく。


それは美咲の母が何とか黙ってくれていたからなのだったが。




「ごちそうさま、」


八神は皿とスプーンをそこにおいて立ち上がる。



「いや、別にさあ。 慎吾にプレッシャーを与えてるわけじゃないんだけど~。 まあ、もし、慎吾に他にいい人がいないんだったらさあ。美咲じゃ、不足だろうけど・・」



もう、オブラートに何重にも包んで、カプセルにまで入れたような言い方をされて



ほんっと


汗出る・・



「ふ、不満とかじゃなくって、」


ついに言葉を発してしまった。


そこが風穴になってしまい



美咲の母は目を輝かせてずいっと迫ってきた。



「え? 不満、ない? じゃあさ! なんとかならない? ま、単刀直入に言うと! もらってくんない?」



あんたね・・


仔犬とか仔猫の世界じゃないんだからさ。



八神はその勢いにタジタジになった。

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