第76話 心の距離(2)
昼食も採る気になれず、八神は屋上でぼーっとしていた。
「こんなとこにいたの?」
南がやってきた。
彼女をチラっと見て、
「食欲も・・ないんで。」
腑抜けになってそう言った。
「まあまあ。 ミスなんてさ、誰でもするやんか。」
彼の座るベンチの横に腰掛けた。
「ほんっと・・おれってどーしようもないなあって。」
大きなため息をついた。
「演奏家としても中途半端でやめちゃったし。 仕事すりゃミスばっかだし。 なんでこんなにバカなんだろ、」
かなり落ち込んでいた。
「だから。 ミスは誰でもするもんやん。 あたしだってあるし。 志藤ちゃんに死ぬほど怒られて。 でも、大事なのはそのあとやし。 よし、このミスを取り返してやるっ!って、その根性が。」
とニッコリ笑った。
彼女の笑顔につられて
笑うこともできなかった。
「・・斯波さんにあんなに怒られちゃったし、」
泣きそうだった。
「斯波ちゃんもな~。 あんなにネチネチ、グダグダ怒っちゃってさ。 男はもっとキッパリスッパリ、怒らんと!」
「や、おれのせいなんで。 怒られてもしょうがないッス、」
八神は高くなった秋の空を見上げた。
「も、ほんっとおれって自分でも呆れるくらい、ボケっとしてて。 忘れっぽいし。 大きな仕事も任せてもらってるのに、いっつも足をひっぱるようなことしちゃうし、」
八神のテンションはさらに下がる。
「だからさあ、そんなに下ばっか向いちゃアカンて。」
南は一生懸命彼を引き上げようとするが、話をすればするほど八神は奈落の底に落ちて行きたくなるような気持ちだった。
八神はその日一日精彩を欠いた。
「八神さん、これはあたしがまとめておきます。」
萌香がすっと手を出してファイルを見た。
「え・・」
「仕事、たまってるみたいだし。 これはあたしがパソコンに打ち込んでおきます。」
「栗栖さん、」
少し驚いた。
彼女は自分が入社して2ヶ月後にここにやってきた。
1つ年下だが
本当に美人でスタイルがよくて
だけど
すっごく冷たい雰囲気で。
しゃべることさえ、ほとんどなかった。
その彼女が助けてくれた・・
彼女も色々あったけど・・
そう言われれば最近
表情が少し優しくなったような気がする。
「ありがとう。」
八神は小さな声で萌香に言うと、少し微笑んで会釈を返された。
何とか代わりのホールを探さないとならないのだが、なかなかうまく進めない。
玉田も見ていられずに手助けをしようとするが、斯波にものすごい怖い顔で睨まれてしまう。
「・・まだ、時間はあるから。 焦るなよ、」
そう言うだけで精一杯だった。
「はあ・・」
もう
泣きたい・・
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